雨の花

黒猫亭

紫陽花

貴方が亡くなって一人で過ごす

初めての梅雨


ぽつぽつ ぽつぽつ

傘で跳ねて雨は唄う


じんわりした湿度が

亡くした悲しみに似た気配が

身を包んで密かに焦がす


咲き乱れた傘の下


歩き慣れた街道で


居る筈もないのに

似た人を目で追う度

心の柔らかい場所が

針で刺されたように

じくじくと痛む


よく似た服装が

背格好が

髪型が


違うと解っていても

追うことを止めれなくて


想い出は

映写機のように

雨音に紛れて映し出す


「この傘、綺麗!」


「こっちのも似合いそう」


「これで雨の日も楽しくなるね!」


二人で選んだ

花のように美しい傘は

埃を被った


「雨の日って、この曲聴きたくなる」


「雨の唄だもんね」


「今度は、どの傘持って行こうか」


くるくる くるくる

傘が

貴方の表情が回って


「次は紫の使うの!」


「あれも綺麗だもんね」


「ねぇ次は何処に行こう?」


ぽつぽつ ぽつぽつ

軽く傘を叩いていた雨は


ぽつっ・・・たったったっ

リズムを変えて

バケツを引っくり返したみたいに

ざぁぁあと降り注ぐ


このまま

このまま

溶けてしまえば良い


果たせなかった約束も

この想いも


「あっ・・・」


街道の脇

ひっそりと青い紫陽花が

雨に揺れる


「もう咲いてたのか」


梅雨に入ると

この一画だけ紫陽花が

咲き誇って


「見て見て!紫陽花!」


「こんな所に咲いてたんだね」


紫陽花に似た

青色の傘を、くるりと回した貴方が


「なんだか、この傘みたい」


そう言って嬉しそうに笑うから


「本当だ」


釣られて笑って


「今度は一緒に合わせて見に来よう!」


「傘の色を?」


「そう!」


約束をして


笑い合った記憶に

貴方の笑顔に

忘れたと思っていた痛みに

胸は締め付けられる


「っ・・・ふっ・・・うぅ・・・」


傘の下に雨が降る。


ねぇ紫陽花が咲いたよ


きっと、これから雨の日が増えて

青 紫 白の紫陽花が沢山咲いて

もっと綺麗になって


「約束・・・し・・・たじゃな・・いか・・・」


なのに、なんで貴方が居ないんだ。


このまま


このまま

果たせなかった約束も

二度と叶わない願いも


亡くした痛みすら


溢れて胸を灼く想いすら


哀しく降る雨すら


傘の外に降る雨と共に


全部、溶けて流れてしまえ。

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雨の花 黒猫亭 @kuronekotonocturne

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