ランプの妖精と同居始めます。

冬弥雫津

第1話 俺は妖精に告白をした。




「じゃあ俺の彼女になって」

 


 そう言ったら妖精は唖然とした顔をした。出会って数秒で告白されるという奇跡的体験は妖精でも滅多にないことらしい。俺もこんなことするのは初めてだ、というか告白という行為そのものが初めてだ。

「えっ……え!?アンタ何言って……」

「だめ?だめなら別に」

「だっだめなんて言ってないでしょ!?いいわよ、それがあんたの望みなら叶えてあげるわ!」

「お、やった。じゃあよろしく」

「ええ!よろしく!」

 この妖精、意外にチョロい。チョロすぎる。そういうところも可愛いと思う。告白してよかった。

「それで、アンタ名前は何ていうの?」

三崎和衣みさきかずい。お前はのことはなんて呼べばいい?」

「ナリア。ナリアって呼んで」

「わかった。ナリア、いい名前だね」

「……褒めたって何も出ないから」





 大学からの帰り道、いつもと同じように一人で歩いていた。たまたま路地裏に目を向けると、鈍色にの何かが端っこに落ちているのが目についた。ゴミがその辺に落ちているのは特に珍しいわけでもないのに、俺は何故かそれが気になってふらふらと路地裏に入っていった。

 手に取ってみると若干の重量を感じる古びたランプ。これが何でこんなところに捨てられているのかはよくわからなかったけど、なんとなくそれを家に持ち帰った。ランプの落とし物なんて滅多にないし、万が一持ち主が現れたら返せばいい。そんな軽い気持ちだった。

 家に帰ってリュックから取り出して、改めて拾ったランプを眺めてみた。装飾もなく、ただ鈍色のランプ。特別高価には見えないけど古そう。特に知識を持っているわけでもない俺に正しい目利きができるはずもなく。

 思い出したのは、ランプの妖精が出てくるあの有名な話。三回とランプの妖精が現れ、三つだけ何でも願いを叶えてくれる。家にいるから人目を気にすることもない……試しにランプを三回、少し音を出しながらこすってみた。

 すると、だ。ランプの蓋が勝手に開いてもくもくと煙が出てきた。中にマッチでも入っていたのかと一瞬あせったけど、そんなことはなかった。煙が薄れて見えてきたのは――小さい女の子だった。

 斜め下で黄色い髪の毛を結い、白いワンピースのようなモノに身をつつんだ妖精。可愛い。

 女の子が目を開けたと思ったら不敵に笑い、俺に言い放った。



「……アタシは、ランプの妖精。アンタの願いを叶えてあげるわ!」

「えっじゃあ俺の彼女になって」







 ということがあって、現在に至る。

「……ちょっと!アタシ願いの数とか諸々アンタに説明しそびれちゃったじゃないの!」

「三つだけ願いを叶えてくれるってやつ?」

「そうよ!ていうか今の願い事三つのうちの一つに入ってるから!取り消しとか効かないからね!あと、願いを叶える数を増やしてくれとかはナシ。世界征服とか人類滅亡とか、そういうスケールが大きすぎたりもダメ。他にも叶えられない願いはあるからもしアタシが叶えられないって言ったら諦めて別の願いを考えなさい」

「なるほどなあ……一緒にいてくれる期間とかは?」

「アンタの三つの願いを叶え終えるまで。それまでは基本的にアンタの側にいるわ」

「十年とか二十年とかでも?」

「……ないとは思うけど。アタシの気分次第ね」

 じゃあ何も願わなければ俺の側にいてくれるってことか。最高の彼女だ。

「で!何でアンタいきなりあんなこと言ったわけ?」

「あんなこと?どんなこと?」

「彼女になってくださいってヤツよ!もうランプの妖精何百年はやってるけど、出会ってすぐに告白なんてされたこと初めてよ!」

「何百年!?お前今何歳だよ!?」

「女性に歳を聞くんじゃないわよ!じゃなくてまず私の質問に答えなさいよ!」

 怒られてしまった……確かに年齢を聞くのは失礼だった。反省しなくては。それで何の質問だっけ?ああ、告白した理由か。

「そりゃ当然、ひとめぼれってやつでしょ。いきなり可愛い女の子が出てきて願い叶えてくれるって言われたら彼女になってって言うしかなくない?言ったらなってくれんでしょ?」

「え?……そういうもの?」

 正直に答えたらなんだか困った顔をさせてしまった。確かに稀有な体験をしたし、させた意識はある。出会い頭に告白なんて今の御時勢あまりないだろう。

「……まあ、ランプの妖精を呼び出す人間なんて変わり者ばかりよね。考えるだけムダね」

 何か今ものすごく失礼なことを言われた気がする。

「それで、ちょっと確認したいんだけど。ここは日本、でいいのよね?」

「そう、日本」

「……日本ってこんな場所だったかしら?今は何年?」

 タイムトラベラーの質問みたいだ。実際似たようなものなんだろうな。

「西暦二〇一九年の五月だよ」

「西暦……二千……!?そんなに……いや、呼ばれる間隔としては妥当ね……」

 妖精――ナリアはもう二千年代かあ、とため息をつく。さっきランプの妖精やって何百年みたいな発言してたけど、本当は千年越えてるんじゃないかな。

「前から日本にいたの?」

「いえ、前回は……ヨーロッパのどこかね。何て国だったかは忘れちゃったわ。アタシ、結構いろんなとこ行ってたのよ?ジャングルにいたこともあったし、雪国にもいたわね。砂漠にいたこともあったわ、だいぶ昔だけどね。日本には……一回だけ来たことがあったけど、いつだったかしらね。こんな西洋の建物なんてなかったと思う」

「あー、日本がだいぶ変わったのは……確か二百年くらい?前からだから」

「なるほど。アタシが寝てる間に色々あったワケね。まあいつものことだわ」

「えっと、何で日本語喋れんの?」

「喋れるっていうか、魔法でアンタに合わせてる感じね。そうじゃなかったら、まずアタシ呼び出された国の言葉を覚えることから始めなくちゃいけないじゃない」

「確かに……」

 魔法。魔法かあ。そういえば妖精とかファンタジーの産物だった。そういえばナリアは手のひらサイズの小人だ。俺はこの数分でもうナリアという存在に慣れてしまったらしい。我ながら適応力が高いと思う。脳みそが動いてないだけかもしれないけど。

「言っとくけど、魔法を大っぴらに使ったりしないわよ。使わなくていい時に使うとかないから」

「ああ、それはいいけど」

「そ。じゃあ何かあったら呼んで」

「ああ、わか――待て待て待て!」

 ランプの蓋が勝手に開いてナリアが中に帰ろうとするのを必死で止める。ナリアは胡乱げな目をしながらも、一旦帰るのをやめてくれた。

「なによ。次の願いでも決まったわけ?」

「いや、そうじゃないけど。そうじゃないけど!一緒にいてくれるんじゃないの?」

「一緒にいるわよ、ランプの中にいるんだから」

「そういう感じなの!?なんか、他の人から見えないように周りをふよふよ飛んで……」

「しないわよ、疲れるじゃない」

「疲れ……いやでも彼女になってくれるって」

「アンタ、付き合い始めた瞬間に同居始めるワケ?」

「それは……しないけど……妖精ってなんか側にいつもいてくれるイメージあんじゃん?」

「あくまでイメージでしょ?そんなのいちいち付き合ってたらキリないわよ。羽生やしたりしないし、青いオッサンになったりもしないから」

 この妖精、次から次へと正論を突きつけてくる。誰だ妖精チョロいとか言ったやつ。

「え……え……用がないと出てきてくれないの?彼女ってそういうモンなの?」

「アンタに女性経験が全くないのはよくわかったわ」

 呆れられた……めっちゃ呆れられた……確かに経験値全然ないけど……

 ナリアはめっちゃでかい溜息をついて、仕方ないと言いたげな顔をした。

「……アタシの気分次第よ。今は外にいてあげるけど、気が向かなくなったらランプの中に帰るから」

「え、ありがとう!めっちゃ嬉しい!」

 俺の経験のなさがナリアを外に引き留めてくれることになった。ありがとう神様!!



こうして、俺とナリアの同居が始まった。ランプの妖精と平凡な俺の、何か不思議なことが起こるわけでもないけれど、ちょっとだけ特別な日常が。





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