七人の妹 第四章 七人の妹 2
* 2 *
――頑張ってくれよ、みんな。
手を後ろで縛られてて上手く動けない俺は、グラウンドの見えるガラスの側まで膝でにじり寄って、ユニアと、羽月と紗月と、バーニアの戦いを見ていた。
見ていることしかできないことが歯がゆい。
魔法力が高い訳でも、魔術を扱うのに長けてるわけでもなく、運動神経も頭の回転も普通の俺には、できることなんてなかった。
芒原さんの方は、バーニアに言い負かされて椅子から立ち上がった後、VIPルームの隅で、何かをしているようだった。
――姫乃はさっき見えたが、美縁と遥奈はどこだ?
美縁も俺と同じで、グラウンドで行われているような戦いに混ざれるような力はない。遥奈もハルーナの能力は持っているが、戦いに向いたものじゃない。
――姫乃と一緒に隠れててくれればいいんだが。
そんな予感にも近い不安は、現実のものとなった。
「兄さん!」
芒原さんがいるのとは反対側の、もうひとつの扉を開けてそんな声を上げたのは、美縁。
彼女の後ろには、不安そうな顔を見せている遥奈の姿もある。
「来るな!」
身体を振り向かせ、俺はふたりに叫ぶ。
芒原さんはまだ、何か企んでる。遥奈を使って世界を変える方法なんてどうすればいいのかまったくわからないが、彼女が捕まってしまうのは問題だ。
「助けに来たのに来るなって何?! 私たちがどれだけ心配したと思ってるの!」
「……済まん」
「佳弥さん! ご無事ですか?!」
「俺は怪我もしてない。それよりも――」
俺が向けた視線の先にいるのは、芒原さん。
薄笑いを浮かべながら俺に近づいてきた彼は、思いのほか強い力で首をつかんで、無理矢理立たせた。足は縛られていないから逃げ出そうと思った瞬間、俺の首筋に冷たいものが押し当てられた。
見ると、芒原さんは俺の首筋に小型の日本刀――脇差だろうか――を沿えている。
「これは斬り裂き丸の相方だ。防御魔術では防げない。さて、そこのハルーナを引き渡してもらおう。佳弥君と引き替えだ」
「さっきも言った通り、家族を貴方に渡すわけにはいきません」
身体を震わせている遥奈を押さえるように、左腕を水平に伸ばした美縁は、芒原さんを睨みつけながら言った。
そんな美縁に俺は小さく頷き、彼女も頷きを返してくる。
「彼の命と引き替えにするほど、寄生生物が大事だと言うのか?」
「遥奈のことは兄さんが妹のひとりと認めています。そうである以上、寄生生物だったとしても、彼女は大切な家族のひとりです」
芒原さんの言葉に一歩も引かず、美縁は言い放った。
けれどもそれはぎりぎりの交渉だ。
泣きそうに顔を歪めている遥奈を止めている左腕はしっかりしてるが、反対の右腕は、握りしめられ細かに震えている。
俺にとって妹全員が大事なように、自分でそう思うのもなんだが、美縁にとって俺は大事な存在だろう。
時間を稼げば、外で戦ってるユニアたちがどうにかしてくれるかも知れない、とも思う。
けれど剣客の強さは、ユニアが一度負けていることからも明らかだし、宇宙竜は正直バーニアひとりの手に余る。ファントムについてはその力は未知数だ。
ユニアたちが負けるとは思いたくないが、ここで上手いこと立ち回って、戦いを止めた方がいいかも知れないくらいには、ぎりぎりなはずだ。
「貴方は、遥奈を使って何をするつもりなんだ?」
脇差に気をつけながら、俺のことを押さえ込んでる芒原さんに振り向き、そう問うた。
「なに、いつも思っていることと変わりないさ。僕は地球人類のために、できる最善のことをしたいだけだ」
「最善のことって言っても、貴方はこれまでも充分のことをしてきただろう。ハルーナの、世界を変える力なんてのを使って、ヘタしたら人類社会がとんでもないことになりかねない宇宙竜まで持ち出して、やりたいことってなんなんだよ。……それに、遥奈の能力ってのは、なんなんだ?」
さっき話していたときははっきりと聞けなかったことを、改めて訊いてみる。
彼の成したいことが、こんな強硬手段を使ってまでやりたいことなのかどうか、俺にはわからなかった。
「……地球人類が、あと一〇〇〇年ほどで滅びるという話は知っているだろう?」
「もちろん、エジソナの予言は知ってる。だけどそうならないよう、貴方はいろいろなことをしてきたんだろう?」
「してきたさ。だが、あの予言を覆すことは難しい。最初は僕もあまり信じずに、念のための対策をしてきただけだった。だが時が経つ内、その予言は確かに現実になることがわかってきた」
芒原さんは悲しげに目を細める。
俺には一〇〇〇年後のことなんて遠い時間にしか思えないが、エンシェントエイジとして、三世紀半を生きている彼には、そう遠い未来ではないのかも知れない。近い将来起こる現実として、捉えているのだろうか。
「地球人類が滅ぶことになる根本的な原因は何なのか、わかるか?」
「……いまの余裕ある社会が、人類の意欲を奪うから、とされているって聞いていますが」
本人もエンシェントエイジであり、この世界を魔導世界へと導いたエジソナという女性の唱えた予言は、様々なデータに基づいた検証がされたものだ。
生活水準が大幅に上がり、生きるだけならほとんど寝ていても大丈夫になったいまの時代、地球の活気はずいぶん小さくなっていると言われている。
宇宙から様々な地球外人類が訪れてるし、ファントムとか月下人とかもたくさんいる。日々新しい魔術が多数配信され始めたりして、ニュースを見れば良いものも悪いものも様々な事件で世の中は騒がしい。
けれどそれは、ごく小さな活気に過ぎない。
地球人類の人口は減り始めているし、経済の停滞はもう慢性化していると言っていい。不慮な原因による死者はほとんどいなくなったが、尊厳死による死者は増え続けている。
そんな社会になった根本的な原因は、それこそひとつだ。
「君もわかっているだろう。魔導、魔術の普及、何よりその発見こそが、人類の寿命を一〇〇〇年にした原因だ」
「それは……、そうかも知れませんが、でもいまさら魔導科学をなかったことにはできないですよね?」
「それができるとしたら、どうする?」
「そんなことが――」
瞳に光を宿している芒原さんが、不確かな可能性で話をしている様子はない。
確信があって、言ってる気がする。
「そんなこと、できるわけがないじゃないですか!」
「できるのだよ。そこの、ハルーナの力を使えば、ね」
反論の声を上げた美縁に微笑みを返す芒原さん。
「……わたしに、そんな力が?」
「あぁ。本人すら認識はしていないだろう。だが可能なのだ。この地球を滅びから救うために色々調べているときに見つけたのだよ。地球ではないある星で、ハルーナの中間宿主となった者の観察記録を。五百年以上前の記録であったが、観察者が記録したところによると、ハルーナは本人も認識していない、凄まじい能力があることがわかった」
「それは、どんな力、なのですか?」
声を震わせる遥奈が問う。
彼女を見つめて薄く笑う芒原さんは、答えた。
「因果律操作能力」
聞いた途端、俺は合点がいった。
高度なセキュリティが施され、改変が難しい自治体の住民登録情報。それに付随する生徒として登録されていた学校でのこと。
電子情報への干渉能力ではなく、現実をねじ曲げるという、因果律を改変する能力があるなら、それは可能だ。本当だとしたら、ハルーナは自分の居所をつくるために、現実そのものを改変していることになる。
そして武速が俺にハルーナの能力について話さなかった理由もわかった。
もし、因果律を操作できれば、一年前に消えた結奈を、時間を巻き戻して取り戻すことができるかも知れないからだ。
「ハルーナがその能力を得た原因はわからない。神であるファントムですら、宇宙の中に顕現していては因果律を操作し、過去を改変することは不可能だ。ハルーナはもしかしたら、エーテル場に主体を持つファントムよりさらに上位の、超高次元の存在か何かに起因して宇宙に存在しているものなのかも知れない。ただ、それが可能であることは、すでにそこの遥奈君でも観測できている」
唇の片端をつり上げ、芒原さんはニヤリと笑う。
「僕は因果律操作能力を使い、この地球を旧世界に戻す」
「そんなことしたところで――」
「あぁ、そうだ。わかっているさ。そもそも地球人類が堕落する生き物であるからこそ、魔導を得たことで滅びることになったのだ。魔導自体も、旧世界から魔法少女たちがいたのだ、科学が発展していく以上、魔導はいつか発見される。けれど三〇〇年前、あのときエジソナが魔導を世に広めなければ、地球人類の寿命は一〇〇〇年と言わず、五〇〇〇年、一〇〇〇〇年にでもできる。いまの記憶を持ったまま三〇〇年前に戻った僕がそれを実現する。時間はかかるが、人類の性質を変えてみせる」
壮大すぎる計画に、頭がくらくらしてくる。
確かに芒原さんの計画は、地球人類のためを想ってのものだろう。
だけど因果律を操作し、魔導世界を消失させるということは、エンシェントエイジの芒原さんはともかく、俺たちは皆消えることになる。
運良くもう一度生まれることができたとしても、それはいまの俺とは違う存在だ。
そんなことを、実現させるわけにはいかない。
「美縁! 絶対に遥奈を渡すな!!」
「う、うんっ」
「いまのこの場で、佳弥君の死に様を見ることになっても、渡さないつもりかな? 因果律を操作して過去を改変すると言っても、確実に成功させるためには実験が必要になる。数十年かかるかも知れない。それまでの時間だけでも、元の平穏な生活を送りたいと思うなら、ハルーナを引き渡せ」
芒原さんは言いながら、首筋に当てた脇差をわずかに引く。
防御魔術は発動したのに、それが効果を示すことはなく、皮膚が切れて血が流れ出す。
「兄さんっ!」
「佳弥さんっ!」
「大丈夫だ。少し切れただけだ」
そうは言ったが、慰めにもならない。
もう少し強く刃を引いたら、俺の首は切れる。俺は死ぬ。
「まぁ、遥奈君を引き渡してもらわなければならないのだが、因果律操作を行うためにはいくつかの条件があることがわかっていてね。三百年もの時間を改変するためには、強大な魔導エネルギーが必要なのだ。それともうひとつ、因果律操作能力は幼体のハルーナにしかないものだ。成体となったハルーナは、その能力を失う。それ以上、現実をの改変が不要になるからだろうね。そしていまの遥奈君は、最終宿主を見つけ、成体となっている」
「え?」
意外なことを言われて、俺は遥奈のことを見つめてしまっていた。
――最終宿主を見つけた?
ということは、遥奈にとって一番大切な人が見つかったということだ。
それが誰なのか、俺にはわからない。
一番大切な人を、恋する相手を見つけたというのに、俺を助けに来る理由もわからない。
寂しくはあるけど、遥奈にとってそれは本能で望んでいたことだ。遥奈自身も、望んでいたことのはずだ。
だったら、俺は素直に祝福すべきだろう。
「そっか……。遥奈、よかったな。おめでとう」
「ち、違うっ。兄さん!」
「佳弥さん! わたしは……、わたしは!」
「くっくっくっくっ。この期に及んで、面白いな、佳弥君は」
脇差の刃を首筋から離して右手で顔を覆い、窒息するほどじゃないけど左手で俺の首をつかんだ芒原さんは、楽しそうな笑い声を上げる。
「何がおかしい!」
「いや、まぁ。それがたぶん、君たち兄妹が円満である理由なのかな、とね。それはともかくだ、成体となったハルーナを幼体に戻す方法があることもわかっている。成体になった後も、繁殖行為前のハルーナは、幼体に戻せるのだよ」
「……なんでそんなことまで、俺たちに話すんだ?」
「なに、冥土の土産という奴だよ」
「どういうことだ?」
「こういうことさ」
何かが、胸に差し込まれてきた。
鋭く、冷たいそれが、胸の奥に突き刺さっているのを、俺は感じていた。
「成体となったハルーナを幼体に戻すためには、最終宿主の死をはっきりと認識させる必要がある。それを観察するために、僕が見つけたハルーナの行動記録に登場した、中間宿主から最終宿主となった男は、観察者の手によって殺されたのだよ」
「兄さん!」
「佳弥さんっ!」
美縁と遥奈の声がさっきより近く聞こえる。
「な、んで――」
喉に押し寄せてきて、口から吐き出された熱いもので、はっきりと喋ることができない。
――これは、ダメだ。
脇差を心臓に突き刺されたことはわかった。
死ぬ。
まだどうにか動いている頭でそれを認識する。
それだけじゃなく、俺の中の何かが、断ち斬られるのを感じる。
死んだ直後であれば、治療魔術を使えば復活だって可能だ。この世界の医療技術は、医療魔術はそこまで発展してる。
でも、俺はたぶん無理だ。
冷たさが熱さになった胸に突き刺さる脇差が断ち斬っているのは、俺の身体でも、俺の命でもなく、それよりももっと深い、何かであることを、朧気ながら認識する。
――死ぬ。
暗くなっていく視界の中で、泣き叫んでいる美縁と遥奈のことを見ながら、俺はそう感じていた。
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