蛍と夜空の川

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蛍と夜空の川




 せっかく夏は日が長いのに私が寝坊なので、仕事を終えてあなたへ手紙を書こうと思ったらもう日が暮れてしまいました。そして私の迂闊なことに、灯りに使う油も切らしてしまっていたものですから、食事を済ませてから外へ出て、蛍を集めてきました。いまこの手紙は、蛍の光で書いているのです。

 私が勉学ができませんのはあなたもご存知のとおりですから、こうして蛍の光で文字を書いているなど不思議な気分です。秋が暮れたらそのときは、今度は雪の光であなたにまた手紙でも書いてみます。


 夏に冬のことを考えると、それだけで少し涼しくなったような気がします。とくにさいきんは暑いですが、お元気に暮らしているでしょうか。できることならあなたには、涼しいところにいて、木の影にそっと座っていて、そうしていつまでも笑っていてほしいのです。.......


 こんな大層なことを言いながら、あなたに何もしてやれない私は、不甲斐なくていけませんね。せめて私が最近みつけた、あなたに見せたい美しいものを書きます。

 それは夜空に瞬く夏の星空です。

 私は星座に明るくないので、急拵えの知識で失礼します。

 一等輝く白い星が見えますでしょうか。夏の空を支配するように光る美しい星、あれが織姫星です。

 では彦星はどこかといいますと、これはかなり織姫星から離れており、ずっと右下のあたりにあります。

 ふたつの星は蛍の光が飛びかうような天の川で隔てられており、このままほとんど近づきません。

 ですから七月七日にふたりが夜空に出逢うことがありませんので、昔のひとは、水にうつしたふたつの星をかきまぜて、ひとつの光にしたんだそうです。

 いつか私もあなたのたましいと、二つの星と同じようにまざりあって二度と別れぬようにと星に願います。


 それにしても、よく小さいときには、人は死んだら星になるんだよ、などと教わりましたが、もしかしたらあなたもこの夜空のどこかに居るのでしょうか。

 もしそうならば、私はあなたを見つけることが果たしてできるのでしょうか。私のいま生きる世界よりひと回りも大きい空のなか、あなたと混ざりあえるような、同じ星空の一片に住む星になることができるでしょうか。……


 私がこんなに弱気では、あなたに笑われてしまいますね。もっとしっかりしなければ、たとえ同じ空に行くことができたとしても、あなたは私を選ばないかもしれないですから。私だからあなたに選ばれるのではなく、私のような人間だから、とあなたに選んでもらえるように、その高い空からどうか見ていてください。


 いつもより手紙が長くなってしまいました。夜に手紙を書くとどうも感傷的になっていけませんね。蛍の光も先ほどから少し弱くなってしまいました。早く放してやらなければ。……


 もしあなたが、いま私の見上げるこの空にいるのならば、あなたはどの星でしょうか。

 今夜は星が綺麗ですね、もしかしてあの天の川に飛びかう蛍の一匹があなたでしょうか。そうしてもしかして、いま私の手もとを照らしている、この蛍は、空から落ちてきたあなたでしょうか。私のさびしがって寝付けず、とうとう今日の朝寝坊した情けないのを見て、あなたがやってきてくれたのですか。


 それならなおさら私はこの蛍をすぐに放してやらなくてはいけません。先ほどの宣言と重ねて、私はこの手紙に誓います、あなたにたとえすぐには会えなかったとしても、私は私の生をしっかりと全うして、さみしさに死なないように、あなたに情けない姿を今後見せないように、しっかりと生きていきます。


 お手紙、また書きます。明日はきっと早く起きてみせます。

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