ファイル22
67話 狼と2重能力者
少し寂れた商店街。
一見すると何時もと変わらぬ風景が広がっている。が、警察署での爆発、SNSでの情報拡散により人はまばらに居るものの、不安そうな会話や表情が見て取れる状態であった。
その様子を眺めつつ焼き鳥を片手に歩く1人の青年が居た。
「はー、彩乃に向う行くって啖呵切ったは良いけど、どうやって合流すりゃいいんだ?」
騒動が起きれば戦闘が起きる。つまり居場所がすぐに分かる。俺天才! と言った具合に考えていたのだが、まず爆発が起きた警察署に向かうも知った顔は誰もおらず、ブルーローズも居ない。
次にSNSを頼りに移動するも、一向に見つからない状況であった。
完全に予定が狂っている。作戦が破綻しているが、今更彩乃の元へと行くわけにも行かず途方に暮れてとりあえず焼き鳥を買って現状。と言った足運びであった。
「あれー? 圏外ってなんで?」
スマホの画面を見てつぶやく女子高生を横目に見つつ焼き鳥を頬張る。
「んぐ、まぁシェリーなら平気だろうし、急ぐ必要も━━━━」
すると、彼の独り言をかき消すように真後ろで爆発が起き、彼の口元が笑う。
「飛んで火に入る冬の虫ってか」
焼き鳥の串を投げ捨て、薬を指で弾き噛み砕く。
すると、煙の中から1人の中年男性と見知った女性が1人現れる。目的の人物ではなく、驚きの表情を浮かべるが即座に表情は元へと戻った。
「おろ? ま、いっか」
片目の瞳が赤く染まり、頬にイルカのタトゥーが浮かび上がり、両手から雷が迸り始めた。
「どうせシェリーと繋がってんだろ!」
前へと出ると、2人とその追っ手の間に割って入り薄い雷の壁を整形、飛来してきたメダルを見事防いで見せる。
「っと、馬鹿担当やないか!」
咄嗟に向けた銃口を下ろし、小野々瀬達は立ち止まる。
「っよ、久しぶり。つか、馬鹿担当はやめろっつの。……あん? そっちのどっかで見た顔だな」
五郎の顔を見つつ彼は顔を
「うーむ、わからん!」
「はぁ……はぁ……は、博物館の時だ」
乱れた呼吸を整えつつ五郎が答えると、あー。と分かったような相槌を取るが、鬼神と東上の事しか覚えてない。と言われ肩を落とす。
「ならいい」
「せやから言ったやろ。馬鹿担当やって」
銃口を上空へと向け引き金を一度引き銃声が周囲に鳴り響く。
周囲で悲鳴が上がり、遅れるようにして1つの銃弾がアスファルトへと到達した。
「馬鹿、次は下やで」
そう言うと、跳びつつ五郎の首根っこを掴みその場を飛び退けるように移動する。
「ガッ!?」
「あーはいはい」
首が締まり短く小さな悲鳴が五郎から漏れ、状況を察したが避ける気のない戒斗は軽く流し地面から生えた複数の剣に腹部や足が貫かれる。そして、雷の盾が消え去り彼のだらりと腕が垂れ下がった。
「どうせ俺は殺せねぇ」
手の平から生成された電撃が鞭のような形状を象る。次の瞬間、まるで自我を持つ蛇のように動くと、周囲の土で整形された剣を破壊し主人の自由を取り戻した。
「……戒斗か。まずいな」
その光景を見ていた秀一は、攻撃が来る事を予測し手を地面に着け土の壁を生成し盾のように扱った。
彼の予想は的中し、雷でできた蛇は壁にぶつかり1本の亀裂を作り出す。
「21位……準上位陣常連だぎゃーってヤツだっけが?」
「そうだけど、最大の問題はアイツの伏せてる相方だよ。バード、今すぐ降りて来て。死ぬよ」
無線で連絡を取ろうとするも、故障でもしたのかうんともすんとも言わなかった。
「此方もダメだぎゃ。通信遮断? 日本で?」
「っち、三栖坂だな。かなり面倒だ」
日本を転覆させる気か? そう言っても良いほどの戦力が揃っているように彼には映っていた。
上位陣が"3人"、準上位陣ないし同レベルの実力者が4人、単体では劣るが特定の相方と組む事で半数近くの上位陣を食いかねないヤツが1人。更に此処に標的の護衛が加わる事となる。
全員が全員同じ勢力という分けではないのだろうが、敵対している。という一点では一致しており、うまく立ち回らなければ最悪全員を相手取る可能性すらある状況だ。
そのような状態下で電波ジャックにより連携が取りづらい。更に対峙している二人に対し接近戦は基本的にご法度。挑むのであれば何かしらの対策が必須である。
なのに接近戦に強く、中距離戦もある程度はこなせるときている。
「どちらにせを、バードはもう死んだモノと扱ったほうがよろしくて?」
「いいだろうね。ついでに暴力団連中も思うように使えない。こんなことなら遊撃連中を向うのカバーに向かわせるんじゃなかったか。……ストーンツリー、リング。先回りしたスネークと連携じゃなく目の前の戒斗との戦闘だけを考えて」
故に狂弌ととある人物以外の人員は、寄らせた時点で敗北が確定してしまう。この場の戦況だけを見ても劣勢は確実であった。
「ゲホッ、ゲホ! く、首が締まった」
着地し手が離されていた五郎は咳き込み、つらそうな表情を浮かべていた。
「めんごめんご。けど、死ぬよかましやろ」
彼女は振り向きつつ、腕を振り一つの棒付きキャンディを出現させる。
「分かってる、ありがと。それで彼は味方なのか?」
「せやで、十中八九のりちゃんが寄越した戦力や。運が良かったら、守りたいっちゅー暴力団も勝手に守ってくれるで。良かったな一番の当たり枠やで」
彼女は飴を口に咥えると、数メートル先に着地する腰に複数のチェーンが尻尾のようにぶら下がっている男性に目線を向ける。
「で、あんさんが此方来るちゅーことは、もう鬼ごっこはしまいなんやな」
「勝手に逃げていたのはそちらだろう」
先端に銅鎖がついたチェーンが2つほど伸び彼女に迫るが、2度の銃声と共にそれらの軌道はそれアスファルトを傷つける。
「そういや、せやったな」
しかしチェーンは円を描くようにして2人の周りを駆け抜け始め、徐々に円は小さく、分厚くなっていく。
このまま締め上げる気だ。と、五郎は思惑に気がつくもどうする事も出来ない。
「だが、これで終いだ」
「それは、どうやろなぁ」
彼女は右手を天高く上げ、手の平を開く。すると、鞘に収まった1本の刀が落下し彼女の手に収まった。
「チク、ナイスパス」
十分な分厚さとなり、急激に締め上げるように円が縮まっていく。
同時に彼女は拳銃を上空に放り投げ、柄を握ると一気に引き抜きチェーンを切断する。
両断されたそれらは能力使用範囲外となり、急激に元の形へと戻りボロボロとなった破片が周囲に落下して行く。
「僕はな、1位ほどの剣撃が放てる分けでも、弱い能力をまるで別の能力に見せかける事も出来へんけど」
鞘を投げ捨て放り投げた拳銃をキャッチし刀を担ぎ、チェーンの男に銃口を向けこう続ける。
「少なくとも、自分1人で止めれるような人間ちゃうで」
「百も承知だ」
◇
「あぁもう!」
永久はナイフで狼男の攻撃を射なし防ぎ、防壁は全て液体窒素の防衛に宛てがえている状況であった。
新たなに入手している能力は2つ。
一方は強いが使用回数が少なく、もう一方は使用回数はそれなりにありはする。が、予備動作が必要で不要に使っても"移動"され避けられやすい。
使いやすい能力を絡め上手い事戦闘を運びたい所であった。
狼男は跳躍し、壁、天井と足場にして永久の頭上に移動すると落下しつつ、タイミングを見計らって強靭な爪を携える腕を振り下ろす。
彼女は咄嗟に足に瞬間的に筋力を上昇させる能力を使用し、後方へと大きく飛び攻撃を回避する。
「っと」
回避したまでは良かったのだが、勢い良く非常口にぶつかってしまっていた。左右に繋がる通路はなく、これ以上後退するには非常口を使うか、左右のどちらかの壁を破壊する必要が出てきていた。
そして彼女の相方はと言うと生成されど即座に破壊されてしまい、さほど頼れるような状態ではない。
永久は足掻くように引き金を引いていき、次の手を考えていく。
非常階段を上手く使って2人を引き離す作戦はアリだが、同時に彼女から奇襲される危険性がある。そして何より、狼男が乗ってくるかも不透明だ。
索敵能力は十中八九彼らの方が上であり、2人して奇襲に回られたのでは勝てるものも勝てない。よってやる事は1つ。
永久の花びらが3つ光り、彼女の目と鼻の先に黒い小さい1つの球体が生成されていく。
「何をする気だ?」
異変に気が付き警戒し、足を止め彼は守りを固めた。
やる事は何も変わらない。コレまで通りに、通用しようがしまいが。
「懸命ですが、この場面は攻めるべきでしたよ!」
今ある能力を駆使し相手の虚を付き、一気に狩り切るのみ!
拳銃を投げつけると同時に黒い球体が広がっていき、永久を飲み込み周囲を黒い空間で覆っていく。
投げつけられたソレを弾くと彼は急いで前に出る。
「くそ、ただの目くらましか!!」
次の瞬間、ドアが壁に激突するような音が鳴り響き、呼応するようにして壁が破壊されるような音が響く。
永久が取った行動は目と潰した上で、非常口に逃げたか壁を破壊したて逃げたか。その2択を迫るものであった。
普通ならば、どちらに逃げたか、どちらが正解か外れか。思考し一手次の行動が遅れる所だが。
「小賢しい手を!」
狼男は方向転換すると、一直線にとある場所へ向け走り出す。
直後に壁が破壊される音がし、少し間隔が空き再び重低音が響く。
そして、音と彼の進行方向と重なりその先には。
「ルーク! 逃げろ!」
佐々木美代子の姿があった。
「はぁ!? ちょ、嘘でしょ!?」
彼女は攻撃に使用していた液体窒素を防衛のため周囲に集め、その場から逃げ始める。
声では焦ってみせていたが、何処かのタイミングで狙ってくる事は予想済み。冷静に防御の準備と攻撃のタイミングを見計らっていた。
通路と部屋を隔てる壁が破壊され、砂煙と共に永久の姿が現れる。
「ドンピシャの所に出てきてくれるなんてね!!!!」
彼女の周囲の液体窒素の一部が、針のように細く先は鋭い形状となり、小さい華奢な身体に目掛け殺到していく。
バリアが張られ甲高い音と共に貫通したそれらは中腹辺りで止まっていく。
「それで防いだつもり!?」
だが、液体窒素は更に細く形状を変え防壁をすり抜けると、再整形しなおし丸い球体へと姿を変えていく。
同時に狼男も迫り、永久は彼らに行動を読まれ挟まれた形となっていた。
「いえ、別に」
そういった彼女の光っている花びらが2枚から5枚となり、後頭部から黒い球体が再び広がり周囲の空間を暗闇で満たしていく。
「また同じ手を!」
「目くらまし!!!」
球体となった液体窒素が暗闇の中で射出され、甲高い音が周囲に響き渡る。
その音を聞いた途端狼男は足を瞬時に止め、後ろへと跳躍する。
「ッ! 距離を取れ!」
一服遅れる形で佐々木美代子も後退を始め、同時に狼男側へと永久は突進していた。
彼は、此方だと? と考えつつ突き出されたナイフを射なし腕を薙ぐ。すると、光のようなものが彼女の右腕へと集中し盾のような形状を型取り攻撃を防いでいた。
硬い物質というより、何か見えない壁のようなモノに阻まれるような感覚が襲い、先程の甲高い音もこの盾と液体窒素がぶつかった際に生じた音だと確信する。
「そういう事か」
先程の目くらましはどちらかに逃げたかの選択。そして、今回はどちらに永久が攻めるかの選択。そして使用能力を隠蔽しつつ、距離を詰めた際の液体窒素による攻撃を確実に防ぐためにも機能している。
もし、液体窒素のほとんどを攻撃に回した際は彼女を。様子見をした際には彼へと、標的を柔軟に変えれるように。
体勢を立て直そうとし、距離を取ろうとする狼男の背中に半透明の壁がぶつかり、彼は舌打ちをする。
「多彩な能力に高い身体能力、更には搦め手。やはり」
彼は腕を振り上げ床に目線を落とす。
「太地さんか、狂弌さんじゃないと相手にならんか!」
腕を振り下ろそうとした瞬間、投擲されたナイフが尋常ではない速さで駆け抜ける。彼の腕に突き刺さると彼の身体がよろめくほどの衝撃と共に防壁に深く突き刺さった。
そして、持ち手の部分に小さい黒い球体がくっついている事に、目を永久から離していない彼は気がついていなかった。
一度見せた攻撃は警戒される。その警戒を利用して戦闘を足運ぶ手も良いが、伏せているカードと想定していない手段を駆使し相手の虚を付く。
自分の強みを押し付け、自分のペースに持っていく。それだけに注力する。ただ、それだけ。何も変わらない。
黒い球体が広がり、狼男の視界を奪った。
一瞬ばかり狼男は混乱したが、状況を飲み込み冷静に腕をナイフ事引き抜き、守りを固めつつ退路を確保しようとした瞬間の出来事であった。
永久の飛び蹴りが暗闇の先から飛来し、狼男の腹部を直撃。蹴りの衝撃により防壁が蜘蛛の巣のようにひび割れていく。
そして、足には先程防御にまわしていた光が纏われており、攻撃に転用されていたのだ。
「がっ!?」
目くらましは永久の攻撃箇所を絞らせないのと同時に、一瞬だけ思考を逸し攻撃の対応を遅らせるためのものであった。
戦闘慣れしている者ほど、焦らずに冷静に見極め次の行動を決める志向にある。それに加え咄嗟の判断と直感が合わさる形となるのだが、それを逆手に取っていた。
咄嗟の判断をしようにも視力を奪われ腕は貼り付けとなっており難しい状況にも陥っていたのだった。
ガラスのように防壁が割れ、音を立てて狼男は倒れると転がっていき永久が着地したと同時に止る。動かない事を確認すると、目線を背後に向けるが不気味なほどの静けさに覆われていた。
「っと、逃げられた?」
狼男を防壁で覆い、光の集合体を盾にし周囲を警戒しつつ歩を進めていく。
曲がり角に差し掛かり覗き込むように確認すると、大量の土人形の部位が散乱していた。その中に1体だけ五体満足で土下座をしている個体が確認出来たが、佐々木美代子の姿はなかった。
「その様子ですと、おばさんは逃げたんですか?」
ため息を付きつつ人形の前に、呆れ口調でそう問いかけると首を高速で縦に振り始める。
「一々大げさですから……」
逃げたという事は対応不可。と判断されたか、此処の爆弾がそもそも偽物か。そう考えていると、外で大きな爆発が一つ置き建物が数瞬ほど揺れ砂埃が降ってくる。
「えっと、今のは?」
引きつった顔で永久がそう問いかけると、こう書かれた紙が広げられる。
「解除したよ。物理的に、ですか。……ほんっとうに馬鹿ですね貴方は!!!!」
◇
同時刻、東國会総本山前。
発生した爆発音の方向へと、凜の目線が吸い寄せられるように向けられる。
「えっ、何また爆発……?」
「失敗したか。それとも……何れにせを、貴殿が今気にした所で意味はない」
「わ、分かってるケド。ケドさ、やっぱり心配じゃん?」
「安心しろ。姫も御付きも貴殿が思っているより、多くの修羅場をくぐり抜けている」
彼女も承知の上であった。だが、それだとしても心配な事に変わりはなかった。
「それより、そこの2重能力者。貴殿は敵か? 味方か?」
ボタンは臨戦態勢を取り、じっと出入り口を見つめ始める。
すると、コートを来た1人のオッドアイの女性が現れ目線を1人と一匹に向けた。
「此方の台詞、それは。東國会の人? 貴方達は」
「違う、違う! あーしらは瀬木川組の━━━━」
そう凜が言いかけた瞬間、鋭い眼光がボタンから飛ばされ小さい悲鳴が上がっていた。
戦闘になる。そう考え薬を投与する準備に入ろうとしたが、オッドアイの女性の返答は別のものであった。
「……良かった。味方、瀬木川組なら」
「信用しろと?」
「してもらうしかない。とは言え、貴方達も怪しいし、獣個体の時点で。何者?」
「答えると思うか?」
「いいや? だけどつけるべき、折り合いは。違う?」
「かもしれんな。だが、なぜ中から出てきたのだ?」
「あー、潰そうとした、頭を。けど、もう遅かった。皆死んでる、中の人」
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