66話 開戦と狼

 十数分前、綾瀬宅の一室。 

 そこには猫に囲まれた凜の姿があった。

 彼女を戦闘に参加させるわけにはいかない。囮にする事もしない。

 一番良いのは遠くへ一時的に逃がす事であるが、凜本人が承諾せず五郎は彼女の意向を汲むでこのような形となっていた。

 厳密に言えば、意見を汲むと同時に無駄に行動力があるが故に返って危険だという判断であった。

 だが、それはこの街に残していても変わりはしない。


 凜は猫を撫でていた手を離し無言で立ち上がると、ドアを開けて外の様子を伺う。

 人は愚か猫の姿も見えず、安堵のため息を付くと廊下へと出てゆっくりとドアを閉めた。

 抜き足差し足忍び足と独り言をいいつつ、玄関へと向かうと靴に手を伸ばした。

 故に、五郎はこの家に預けたのだ。


「話は聞いている。家出娘でこっそり抜け出すと、お付きからな」


 背後から声が聞こえ、手が止まるとゆっくりと目線を向ける。


「ボ……タンちゃんだっけ。あーしを止めに?」


 先には1匹の黒猫が居た。

 妙に落ち着いた雰囲気を醸し出し、例え喋らなかったとしても普通の猫とは思えないほどに。


「我としては、そうしたい所であったのだが、生憎と頼まれたのは貴殿の意向に沿う事。これは我が主も了承、いや賛同している事だ。連中の根城に行くのであろう? ならば同行しよう」


 ボタンは駆け寄ると彼女の隣に立ち見上げる。


「邪魔者は全員噛み殺してやろう。何、心配はするな我は獣ゆえ、罪には問われはせん」


「つ、付いてきてくれるのは嬉しいんだけど、殺すのは勘弁ね?」


「殺すなと申すか。加減が難しい故、守れんかもしれんぞ」


 そう言うと、引きつった顔で目を逸らして凜は何やら考え始めていた。

 彼女の様子を見て、ボタンはため息混じりでこう続ける。


「冗談だ。ちゃんと殺さずに守ってやる。行くぞ」


 家を後にし、走ってある場所へと向かっていく。

 人通りは少なく、すれ違う人もほとんどいなかった。すると、遠くで一つの破裂音は耳に届き彼女は思わず足を止めて爆発音がした方へと目線を向ける。


「ボタンちゃん、これって」


「戦闘開始のモノだろう。気になるか?」


「……ちょっちね」


 彼女は再び足を動かし始めボタンもそれについていく。


「質問がある。貴殿、向かうのは良いとしてなんの意味がある? 奴らは決して止まらんぞ?」


 何処に向かうのか。何をしようとしているのか。なんとなくの予測を五郎から事前に聞いていた。

 そして、同じ質問をぶつけていたが、返答は本人に聞け。


「あーしだって分かってる」


 多分、馬鹿かお前って思うから、と。 


「でもわんちゃん連中止めれたら嬉しいし、ダメでも囮になるっしょ? 此方にいるぞーって」


「……なるほど。確かに馬鹿だの」



 現在、大通り。

 警察署の襲撃により、大衆の意識がそちらへと向き現場へと向かった人間が多いせいか、人は少なくがらんとしていた。

 おかげで走りやすいと考えつつ移動する永久の姿があった。


 今朝の仕込みは大成功。しかし、怪しいと踏み予め瀬木川組員を配置していた箇所は、全て空振り。

 直前で怪しい動きがあったと言う場所には、シェリーが向かった。確かに当たりではあったが、これは貧乏くじ。

 五郎は完全にマークされて命がけの鬼ごっこ中。二重能力者の来るかもしれない増援とやらは、未だ接触はなし。アイドルは信用出来ない。


「残りは3つ。間に合うんですかね、これ」


 実質フリーなのは永久1人であった。当初の予定通りと言ってしまえばそれまでだが、些かこの形になるのが早すぎる。


「ゴロー、やっぱりもう片方の目も潰さないと厳しいですか?」


 彼女の言う目は、所謂レーダー役の事を指している。

 1つは既に潰している探査系の能力者。もう一人は上空に陣取っている能力者だ。

 能力自体は空を飛ぶものだが、上空から監視し逐一報告しているらしい。更に足が止まれば狙撃。支援としては申し分ないだろう。


『みたいだ。煙幕で撒こうにも撒けんし、そもそも連中に回り込まれるッ!』


 浮足立ってる様子もない。寧ろ浮いているのは此方の方かも知れない。

 そう思ってしまうほどには相手の動きが落ち着いているように思える。狙われるのを予測されていた?


「了解です。……一度向うの援護に、いやそれじゃ別れた意味が」


 これからの行動を考えていると、にゃーと猫の鳴き声が耳届き、足を止めて目線を聞こえた方向へと向ける。


「まさか」


 方向を転換し鳴き声がした方へと走って向かう。

 ボタンが参加している。しかし、凜の保護を頼み綾瀬の護衛もある。それ故に協力は諦めていた。彼女はないものとして勝手に考えていたのだ。


 丁字路の塀の上に居る猫の姿が見え、その猫は見知った茶トラ柄の毛並みに見知った首輪を付けていた。

 猫は永久と目を合わせた後、誘導するようにしてとあるビルに目線を送る。意図を理解した彼女もまた目線をビルへと向け口元が笑い、丁字路を曲がりつつこう叫ぶ。


「ラオ、ありがとうございます! 終わったらまた遊びましょう!」


「にゃー」 


 応答するように鳴き声が耳へと届き、永久はビルへと急いだ。

 数分後、ビルの入り口へと到着すると見かけは立派なビルではあったが、建設途中に付き立入禁止の看板があり、なるほど。と声を漏らす。

 目的はどうあれ、人的被害が出る箇所を選ぶと仮定し重点的に探していた。だが、どうやらそうではないらしい。


 ビルを囲っていた仮囲いを飛び越え敷居内へと足を踏み入れる。

 人気はなく閑散としており、作業員や警備員の姿すらも確認する事ができない。建設予定が書かれた看板にはホテルと書かれていた。


「……ふむ」


 目線を駐車場代わりとしている広場へと向ける。そこには複数の乗用車が停まっていた。

 時間が時間なため、作業を終え帰宅した。とも考えられるが些か可笑しい。

 歩を進ませ、薄暗いビル内部へと足を踏み入れると、ピチャと水が跳ねる音が聞こえ目線を落とす。

 すると、赤い液体が広がっており周囲を見渡すと半開きのドアから伸びる一筋の赤い線と、はみ出た腕が見え通信機のスイッチを入れ直す。


「五郎、恐らく当たりを引きました。後でキャットフードをお願いします」


『わ、分かった。気をつけろよ!』


「分かってます」


 手早くビル内部を調べ始め、階段を上り5階に差し掛かった所で物音が聞こえ、息を殺してゆっくりと周囲を見渡す。

 何も居ない事を確認し、一室ずつ確認して行く。


「……っと、なんですかあれ」

 

 発見したモノに思わずそう呟いてしまっていた。

 土のような、粘土のようなものでできた人形ひとがたの創作物に出てくるようなゴーレムが立っていたのだ。しかも、周囲を警戒するように首を動かしている。


 電脳力で作られたモノだということは想像に難くない。操作系の能力であり、以前戦った影を人の形にして戦った殺し屋と同じように、電脳力者は別にいる。

 見た目は弱そうではあるが戦闘能力が、見た目通りとも限らない。更に言ってしまえばアレを倒せば能力者にもダメージが通る可能性は確かにあるが、確実ではないのだ。


「このタイプは面倒なんでよね。弱くて無尽蔵に出すタイプもあれば、強くて1体だけのタイプもあったり、複数操作も━━━━」


 背後でパキッ、と何かを踏むような音が聞こえ永久は咄嗟にその場から離れように大きく跳ぶ。

 そして、隔てるようにバリアを展開してから顔を後方へと向けた。

 目線の先には先程と同じ人形のゴーレムが存在し、ゆっくりと歩いてきていた。


「っち、気配がないのは本当にやりにくい」


 着地と同時に身構え更にもう1つの花びらが光る。

 見る限り動きは緩慢、このタイプは珍しく早々同じ能力者が居るとは思えない。だが、万が一があるため一度探りを入れてから判断し、無尽蔵に出てくるタイプそうなら戦闘はさけ爆弾のみを狙う。強く再構築が不可能もしくは異様に遅い場合はさっさと倒して探す。

 などと思考していると、先程まで緩慢だったゴーレムはまるで魂が宿ったかのように俊敏に動き出した。


 危険。そう体が察知し、頭が初動の攻撃手順を組み立て戦闘に入ろうとした矢先の事であった。


「……は?」


 突然ゴーレムは内股になり、首を必死に横に振って手で☓のマークを何度も作り始めた。

 かと思ったらジャンプして土下座し始める。

 永久の顔が引きつるも、此方を油断させるためだと考えるが。


「えぇ……」


 今度は泣くようなジェスチャーをし始め、先程部屋に居たゴーレムが勢いよく出てくると、協力者と書かれた布をバッと広げる。が、勢い余って破り捨ててしまい絶望したように膝をつきよつん這いとなる。


 警戒するのがバカバカしくなりため息と共にバリアを解き、こう問いかける。


「協力者、とは言いますが此方の味方と考えて差し支えないですか?」


 すると、連中は顔を見合わせると両手をサムズアップした状態で首を激しく縦に振り小躍りをし始める。

 どうやらそうだ。と言いたいようだが、さぞこいつらを操ってる奴は馬鹿なのだろうと、永久は考えてしまっていた。


「小野々瀬さん、ゴーレムを2体ほど操る2重能力者って居ますか? 例えば、増援に来る方の能力とか」


『あー? いない事はないんやけど、此方の要請に答えるような奴じゃないで』


「そうですか。ありがとうございます」


 となると、コレは更に別途の電能力者の可能性が高いと考えられるが、正体がまるで見えない。

 警戒するのは馬鹿らしいが、到底信用はできない。

 少し目を離した隙にゴーレム達はなぜか、ゴールパフォーマンスをし始めていた。

 本当に馬鹿らしい。そう考えているとふとある可能性に気がつく。


 疑いがあり、馬鹿らしい奴。


「そういえば、明日で学校行くのやめようと思うのですが」


 わざとらしくそう言ってやると、連中は驚いた素振りを見せ土下座をし首を降ってまるで止めようとしてるような仕草を見せる。


「ふーん、嘘ですよ。以前言った通りの日数は登校します」


 そう言ってやると安堵したような素振りと共に、永久を指差してブンブンと怒ったように手を振り地団駄を踏んでいた。


「ほーん、なるほど、なるほど? 五郎。十中八九こいつだ。って人っぽいのですが信用してもいいと思います?」


『は!? うわっ! お前が信用できるって思えるなら信用していいんじゃないか!? どわっ!?』


 向うは相当大変な状況なようで、返事と共に微かに戦闘音が聞こえてくる。


「分かりました。ありがとうございます」


 通信を切り、今度はこう叫ぶ。


「ほんと、貴方はわかりやすいですね。薬の時もそうですが、言われるまで気が付かないんですか?」


 アレだけ騒いでいたゴーレムは急に静止し、ゆっくりと直立すると首を横に降る。


「ではわざと、と?」


 今度は首を縦に振り、思わず永久は鼻で笑ってしまっていた。


「違いますね。あの時は絶対に素の反応でしたよ」


 するとゴーレムの首が高速回転し始める。恐らくだが違うと強く主張しているのだろう。


「必死すぎます。まぁ、そのおかげで要らない警戒が不要になったので助かっ━━━━」


 突然、ゴーレムの背後から近づいていた見覚えのある狼男が2体のうち1つを切り裂き、勢いそのまま永久へと近づいていく。

 舌打ちと共にバリアを張るが、コレも切り裂かれ間合いに踏み込まれていまい、驚いた表情を"わざと"浮かべてみせ防衛するような素振りを見せた。


 次の瞬間、銃声が鳴り響き事前に体を傾けていた狼男の鼻先を銃弾が駆け抜け天井に到達する。そして、永久のコートには一つの丸い穴が空き、一つの空薬莢が足元に音を立てて落ちた。


「っち、面倒くさい」


 一服遅れて腕が振るわれたが、彼女は即座に後方へと跳び距離を取り鋭い爪は空を斬る。

 同時に右手に握られた拳銃の引き金を数度引くが、液体窒素の壁が2人を隔てるように生成され攻撃をすべて阻む。


「狼とおばさんですね!!!」


「あぁ?」


 不機嫌そうな表情と共に佐々木美代子が姿を現す。彼女の反応とは打って変わり、狼男は上機嫌に喉を鳴らした。


「っは、おばさんだとよ」


「あぁん!?」


 不機嫌そうな声を荒げ、液体窒素の壁から無数の針のようなモノが"両面"から生え攻撃を仕掛けた。

 永久はバリアを張り防ぐと左手を背中へと回す。狼男側は、彼を攻撃した分けではなく、襲いかかろうとしていたゴーレムを的確に串刺しにし破壊していた。


「誰がおばさんって?」


「貴方ですよ、おばさん」


 1本のサバイバルナイフを引き抜くと改めて身構えた。



 同時刻、瀬木川組事務所。

 ソファーに腰掛ける年配老人が腰掛けていた。彼は組長であり、瀬木川せきがわ 大次郎だいじろう。他には彼の護衛として数人の組員がいるのみであった。

 武装した護衛と言えば聞こえは良いもの、実質的には肉壁にはなるものの戦力にはならない。

 

 組長がゆっくりと腰を上げ、飾り付けてある刀に目線を向ける。


「組長……? まさかカチコミだなて考えてないすよね!?」


「なんじゃい、悪いんか。永久ちゃんが戦っとるんぞ。あの小童も戦っとるんぞ。堂島が連中の鉄砲玉にタマ取られたんじゃぞ! このわしがイモ引いてどうするんじゃ」


「今組長に死なれると組がマジでまずいんすよ! 凜のお嬢にまだ全ては任せられないでしょう!?」


 静止に入る組員を諸共もせず、ゆっくりと刀の所まで歩いていき刀の鞘を力強く握り締める。


「安心せー。わしゃ、死なん」


「そりゃうちの組のもんなら強いのは知ってますよ!? けど、もしもって場合が」


「もしもがあってたまるか!」


 止めに入っていた組員を投げ飛ばし、ドアノブを捻り部屋を後にする。


「うぇ!? 組長!?」


 ドアの前で見張っていた連中は刀を片手にまるで鬼の形相をして出てきた組長に驚き、咄嗟に止めに入るが華麗に投げ飛ばされ止めることが叶わなかった。

 階段を降り1階に差し掛かった所で、轟音と共にドアが外を見張っていた組員の青年と共に吹き飛んで来る。

 ソレに目線を落とし、一階に足を着けると白い息を吐きつつゆっくりと外へと歩を進めていく。


「く、組長、にげ……」


「おんどりゃぁは、そこで休んどれ」


 外に出ると、もう1人外に見張りとして置いていた青年が血溜まりを作って倒れている姿を確認する。

 そして、更にそのさきには十数人の集団が倒れている青年を指差し笑っていた。


「おやおやー、アレが組長さん?」


 集団の1人が事務所から出てきた大次郎に気が付き、問いかける。すると、東國会の幹部と思しき男性が短く答え、よぼよぼじゃん。弱そー。ジジイじゃん。と笑い蔑む光景が広がっていた。

 連中の顔には一様にタトゥーが浮かび上がっており、電能力者である事を察するには十分であった。


「ほいで? 言い残すことはそんだけか。ど畜生共が、生きて帰えれるっちゅー甘い考えは捨てぇよ」


 ヒュー、格好いい。渋い。と言ったおちょくったような歓声が上がる中、無視して刀を鞘から抜き身構える。


「はぁ、相手は辻斬りだ。そんな調子じゃ━━━━」


「大丈夫、大丈夫、全盛期は40年以上前っしょ? それに此方は全員電能力者」


 手を翳すと氷の球体が生成され大次郎に向けて射出される。


「すぐ終わるって」


 この攻撃で即死、もくしは大ダメージを与えられるという浅い考えは即座に否定される事となった。

 氷の弾は難なく一刀両断され、彼を避けるように事務所の壁に激突していた。


「すっげ、すっげー! こりゃ本腰を入れて!」


 冷や汗が頬を伝い、再び攻撃をしようと氷を再生成しようとするがトスッ。と額になにか刺さったような感覚を感じたと同時に彼の視界はブラックアウトしその場に倒れ込んだ。


「そげな腰なんざ持ち合わせとらんやろがい。ほれ、他の連中もはよ来いや。相手しちゃるけぇ」


 隠し持っていたナイフを投擲していた彼は、刀を肩に携えそう言ってのける。

 しかし次の瞬間、逆上した連中の一斉攻撃により多種多様な攻撃が彼を襲い、爆発音と共に煙が立ち込めていた。


「……んだよ、やっぱり簡単」


「警戒は解くな。何か来たぞ」


 煙が薄っすらと晴れると、巨人のような体格の何かのシルエットが1団の瞳に映る。


「我が割って入らなければどうする気だったのだ?」


「知れた事。おんどりゃぁがどちらにもつかないも向う側も勝ち目はないけぇ、どっちにしろ三途の川渡る羽目になるじゃろうからな。それに試すにゃちょうどええ塩梅じゃった。それだけじゃよ」


 そして、巨人の後ろには守られる形で、大二郎の姿があった。

 事務所から出た時には、この巨人の存在には気が付いていたのだ。そして、味方であれば形はどうあれ庇うだろう事を予測しあのような行動に出ていた。


「呆れるほどの胆力だのう。瀬木川大次郎氏、助太刀する」


「何処の堅気かは知らんが、助かるわい。ほいなら、永久ちゃんらーに心配させんよう……きっちりと連中にゃ落とし前付けてもらおうかのう」


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