64話 暴力団とブルーローズ
空間の裂け目を通り、永久と小野々瀬の回収も済み前哨戦は終了を迎えた。
成果としては、かなりの人数の東國会の人員及びその関係者を戦闘不能に持ち込んでいる。当初の目的を考えれば十分な成功を収めたと言っていい。
出張っていたブルーローズの人員を削る事は叶わなかったが、此方の方が都合が良いとの事。
応急処置を済ませ救急車で運ばれていく山下を見送り、シェリーの家の居間で一旦の休息を取っていた。
「そういや、探知側の方って守り硬かったんか?」
「結構エグかったわよ。バリア持ちに離脱用に足がバッタみたいになる自己強化系配置して、迎撃にメダルスロットルと剣山みたいに剣生やすヤツ。それでさ、すーぐ引き上げるもんだからびっくりよほんと。ま、間接的に狂弌にあたしが居るって情報渡したんだし、本番じゃ"誘い"に乗ってくるでしょ。仕掛けもしたしさ」
連携し迎撃、防御。即座に離脱行動に移ったのだろう。
「うわー、53位が配置しそうな感じやわぁ。やらしーやっちゃな~」
「それ、秀一が聞いたらキレるわよ」
「今回敵なんやし平気やろ。なー、じょ~しゅちゃん」
「私に振らないでください」
「ええやんええやん、減るもんやなし。ちゅーかなんや不機嫌やな?」
すると、露骨に顔を背けお茶を啜る。
『何かあったのです? なのです?』
「いえ特に何も。強いて言えばとてつもなくイラッとした出来事があったぐらいで、鏡さんは一切関係ないので安心してください」
『それは一安心なのです♪ ってぇ! それは何かあったと言うのですよ、なのですよ!』
「ちょい待てや! 僕ら何かしたっちゅーんか!?」
「自分の心に聞いてみるといいですよ。泥棒猫と一緒に」
一連の会話を少し距離を置いて五郎が聞いていると、凜に服を引っ張られ彼女に目線を向ける。
「どうかしたか?」
「五郎のおじさん、いつの間にこんなに女の子侍らせたの?」
「……誤解を招くからその言い回しはやめような」
◇
東國会、本部。
「や、やめろ! 儂らは手を組んだ仲ではなかったのか!!!」
老人が3人の青年を前に、腰を抜かして後ずさりをしていた。
周囲は戦闘の後のような荒れようであり、幾人もの組員の死体が転がっていた。
彼らに裏切る素振りがあったのは知っていた。彼らが裏切るだろう事は予測して手を組んでいた。
「ぼ、僕達を裏切ろうと、して……や、やめろ。だなんて。て、手を組んだ仲? や、やめてよね」
故に、先に動いてしまえばいい。そう考えたのだ。
一筋の閃光が駆け抜け、老人の頭部を貫通すると鮮血を吹き出しながら物言わぬ肉塊へと変わり果てた。
「よし、これでいいな。ボイス、頼む」
青年の1人が薬を噛み砕き、マイクテストするように声を出す。すると、少しづつ声色が代わり、声そのものが変化していく。
最終的には先程殺害した老人と瓜二つの声へと変貌していた。
「どうですか」
「完璧だ。後は連中の若頭に作戦の変更と評して」
「邪魔にならないように動かすんでしたね。了解です」
死体の懐からスマホを取り出すと、声を変えた男性へと投げ渡し受け取った彼は部屋を後にする。
『此方スネーク。損耗ゼロ。作戦は失敗、目的は達成。と言った所です』
通信機から声が聞こえ、指示出しをしている男性が応答する。
「了解した。相手は?」
『小野々瀬という女性と、この国で怪盗をしているという女性。それと標的の護衛ですね』
報告を受け、彼は流れ出る鼻血を拭う相棒に目線を向ける。すると、口元が笑っており内心ため息を付いた。
「武器子まで居るのは面倒だな……」
『レーダーですよー。とりあえず、狂弌さん抜きでの作戦に方向転換になるのかな?』
『そうなるだろうな』
ウルフが答え、続いてバードがこう付け加える。
『配置を変えた方がいいですね。特に爆弾、ダミー設置より迎撃に重点を置いたほうが良いかと』
『ホッパーだが、ダミー含め1人から2人で担当でいいんじゃないか? これでもうまくやればなんとか』
『あたちもそれでいいと思う』
「向うも人手不足だろうが、此方も人のことは言えない。だな。何人か引き抜いて小野々瀬の迎撃に回すからそのつもりで居てくれ」
通信機を切り、耳から外すと彼にこう問いかける。
「どう思う? 態々武器子が此方に姿を見せたって事は、何か裏があると踏んでるが」
戦闘もそうだが、ブルーローズにリスクはあるがメリットはあっても、デメリットは薄い。
逆に連中はメリットは薄いが、デメリットが大きい。
標的の護衛と戦闘出来た点もそうだが、シェリーも紀子経由での派遣の線は薄い。だが、猪上死亡関連の隠蔽の手際の良さで関与している事はおおよその察しがついていた。しかし、それは仮定であった。それが確証に変わったのだ。この情報は特に大きい。大きすぎる。
「た、たたた単純に街を、は、破壊されたくないんじゃないかな? ご、魂ちゃんがいるし此方のやり方は踏まえてるはずだから……」
彼の意見を聞き思考を巡らせ、とある答えを導きだし口を動かす。
「なるほど、作戦中はどうあがいても俺が司令塔だ。狂弌は多少無茶はするが結局の所は、俺の指示通りに動く。そして、場所を移動させようものなら」
「の、ののの乗らない選択をする。よね……」
そうなれば、この街は確実に火の海になる。下手をすれば、街という存在そのものが消えてなくなるだろう。
「そう。だが、事前に存在を示しておけば狂弌が乗ってくる。そう考えた。作戦外なら、お前がトップだからね」
「じゃぁ……の、乗らない方がいい?」
「いいや、乗ってもらうよ。武器子に好き勝手動かれたんじゃ、此方の作戦が間違いなく破綻する」
あの2人相手じゃ、相当無理をする必要がある。だが、それは向うも"同じ"だ。
「だから、狂弌には武器子の相手をしてもらうよ。戦闘は好き勝手にしていい。墓標にするっていうなら、俺はそれに従う。だが……出来れば戻ってきてくれ」
「わ、分かった。け、けけけど、皆の指示はどうする? ほ、ほとんど変わらずだろうけど」
「狂弌はこう言ったろ? 向うは此方のやり口を踏まえてるって。なら奴が遠くに逃げようものなら街を破壊するように指示するだけだよ。更地になるのは此方としても"勘弁"だけど、多少火の海になる程度じゃ問題ないからね」
「な、なるほど、街を人質に取るのか。こ、こここ小物が使いそうな手だね」
「苦肉の策だからね。もう形振り構ってられないんだから。多分コレも小野々瀬なら読んでくるから、少なくとも標的が遠くに行く事はない。そう考えると遊撃に3人ほどだそうか。ルーク、ウルフ、ヒートの3人」
「レ、レーダーちゃんに指揮譲渡して、きききき切り離しからの追い込み漁だね」
「半分正解。恐らく小野々瀬か標的の護衛の奴が側にいるだろうからね。後者ならば、3人で連携して殺し切るだけ。とは言え、早々うまくは行かないだろうから、場合によっては傀儡にしてる暴力団を使うって感じかな。もしかしたら爆弾の護衛に回すかもしれないし、3人には爆弾の方に回ってもらうかもしれない。故の遊撃だよ」
一応の方針は出来たものの、シェリーがレーダーを狙ったにも関わらず"あっさり"と引いた点が少しばかり気になっていた。
◇
正午、とある廃ビル。
洗濯物が干され小さなテレビやガスコンロが置かれ、窓際で1人の男性が珈琲を飲み外を眺めていた。
一陣の風が吹き、仲間が帰還した事を悟る。
「彩乃お帰り。正の奴はなんて?」
「澤田探偵事務所? って所の手伝いでヤクザ抗争に介入する流れ。このまま別れてそれぞれで」
彼女はテーブルにコンビニ袋を置き、背伸びをする。
「あいよ。それで、噂のラストナンバー片割れさんは手伝ってくれる流れになったん?」
問いかけられ困った表情をし、静かにうなり始めた。
ラストナンバー。
2重能力者にはそれぞれ"被検体番号"が振られている。成功体は男59名、女46名で番号の前にはPPPX-もしくはPPPY-という文字列が入る。
例として戒斗はPPPY-043、彩乃はPPPX-034となる。
そして、このナンバリングが振られていない、最後の被検体である2重能力者を指していた。便宜上ラストナンバーと呼ばれているだけに過ぎず、男女にそれぞれ1名ずつ存在している。
なお、ナンバリングが振られている面々は、存在こそ知っているものの面識は一切ない。
「してくれるみたい、協力は。……けど、条件があって、姿は見せない。基本連携はしないって」
「なるほどね。飽く迄で別勢力って分けか。ま、姿晒して百害あって百里なしってな」
「一理なし、それは」
「そうとも言う」
「こうしか言わない。うちらも一緒、人のことは言えない。別勢力として動くから」
彼らもまたシェリー達に密かに協力はするものの、利害の一致という形であり味方というわけではない。
「ぐ、何にしても……俺らはオフェンス、正がディフェンス。攻撃ってんだから、ちゃんと潰さないとな。そう、ちゃんと確実に、な」
彼は不敵に笑い、彼女は何かを感じ取る。
あぁ、これは面倒臭い事をやる顔だと。
「まさかと思うけど、戒斗」
「まーまー、皆まで言うな。折角シェリーに恩を着せる大チャンスだ。そのチャンスをバットに振るんじゃ勿体ない」
「棒に振る。そうだけど……」
彩乃は複雑そうな顔をして、何かを諦めたかのように大きなため息をつく。
「もう、好きにして良いよ。分かったから」
「さっすが彩乃は話が分かるぜ」
「うち知らんからね。正くんに怒られても。……にしても、シェリーのイベントで勝って食事しときたかった、こんな事ならさ」
「あん時さ、面白そうだったから言わんかったけどよ。お前の頼みならあいつ絶対に断らんと思うぞ?」
「……へっ?」
◇
あれから五郎は1人抜け出し、事務所に戻ると工作室に籠もっていた。
しかし、既に戦闘で使うかもしれない道具は調達済みだ。何かを作っている分けでも、何かを修理している分けでもなかった。
彼が抜け出してから十数分後、工作室のドアが音を立ててゆっくりと開き目線を向ける。と、そこにはマグカップを2つ持った永久が立っていた。
「"また"何か作ってるんですか?」
ドアを閉め、彼の元に歩いていくと手元には数々の工具と一挺の拳銃が置かれていた。
「残念。あいつの能力で出来た拳銃バラそうとしてただけだ。けど、駄目だこりゃバラせやしない」
応答しつつ彼女からマグカップを受け取りテーブルに置く。
シェリーから拳銃を二挺ほど作り出して貰い、うち一挺を使用していた。
事前にバラし方は小野々瀬から聞いていたのだが、パーツが完全に接合されており分解だなんだと言う以前の問題であった。
ので、工具を使って半ば破壊する形を取ろうとしたのだが、今度は形状が保てなくなると消滅してしまっていた。
「何が不思議かって、消えるのでもなんでもなくて接合されてるってのに、トリガーを引けばスライドは引いて撃鉄も叩くし排莢口から空薬莢が出てきて、弾がチャンバーに送られる。けど、手でやろうとしてもスライドはびくともしない」
そう言って手でスライドを引いてみせようとするが、動く気配はない。
「撃鉄は手で起こせるんですか?」
近場にあった椅子を移動させ、五郎の隣に腰掛ける。
そして、まるで興味があるかのように手元を覗き込む。
「さっき言ったろ? 接合してるって。玩具見たいにくっついってんだから無理無理」
拳銃をテーブルに置くと、マグカップを手に取り珈琲を一口飲む。
「まぁ、確かに朝使ってみた感じ、玩具って表現が一番近かったですが……撃った感触としては本物のソレでしたね」
「だろ? ほんと、どうなってんだか。電能力ってより魔法とかのが近いんじゃないのか」
「それで、なんでこのような時に? 平静を保つためですか?」
五郎の動きが一瞬止まり、彼女に目線を落とすと両手でマグカップを持ち彼を見上げている視線と合う。
「よく分かってるじゃないか。今だからこそだよ」
2人は同時に目線を外す。
「やっぱり。でも、変に焦っているようり全然マシですが、どうせ戦闘中はあまり役に立ちませんので気楽に居ていいんですよ」
「うっせぇ。今の俺はか弱いおじさんなの。怖くて怖くて内心震えてんの」
「それ、私の台詞では? 普通こういう場合って、か弱い幼気な少女を守る勇敢なおじさん。とかじゃないんですか?」
「出来てりゃやってら」
「知ってます。出来ないので自衛してるわけですし」
「進んで戦闘する癖して何言ってんだよ。俺の気持ちにもなってみろ」
「嫌ですよ。それならゴローが私の気持ちを読み取ってみればいいのではないですか?」
「無茶言うな」
「ほら見なさい。私だって無理なんですから言わないでください」
「すみません。って、なんて俺が謝る必要あるんだよ!」
一頻り言い合い終え、2人は同時にマグカップに口を付けた。
「あー、このなんのためにもならん会話久々な気がする」
「つい先日にもしたと思いますが、まさか記憶障害を?」
「おじさん最近物忘れが、って大きなお世話だよ」
とは言うものの、したような記憶がない。
確かに普通に会話は交わしていた。だが、そのほとんどが何処と無くギクシャクしていたり、仕事に関する事、ミラーやシェリーと言った第三者を交えてのモノであった。
認識の違いか? 本当に記憶が無くなってるのか? などと五郎が考えていると永久が何かを言い掛けるが言い留まった。
「どうかしたか?」
「いえ、此方から攻めれたら楽なのにな、って思いまして」
攻める事自体は簡単である。だが、小野々瀬の言う五位。中村狂弌という存在でそう簡単にはいかないそうだ。ただし、この周辺を更地に変えても良いのなら別だが。
言ってしまえばこの街自体を人質……街質? にされているようなものだ。よって後手に回ってまずは人気のない場所に誘い出す必要がある。奇襲して何処かに移動させようにも、ほぼ確実に避けられてしまう。
故に彼を誘い出すために、シェリーの存在を仄めかす必要があった。ただ姿を表すだけではその場で戦闘もしくは暴れる可能性や、変に勘ぐられボタンが聞いていた情報の作戦を大幅に修正される恐れがあった。
そのための前段階が問題であったが、今朝の戦闘でクリアされたとの事。
変わりに、五郎が遠くに逃げた場合にも適用される恐れが出てきた。
要は彼が遠くに逃げたら、街を破壊するかもしれない。という程度なのだが、此方に無理をさせるため、逃げたら後悔するように仕向けるために講じそうな手だと言う。
「確かにな。シェリーの能力で一網打尽。とか出来れば楽なんだろうけど」
「それが出来ない無能ですからね」
「言ってやんな。俺達が思ってるほど連中もアホじゃないってこったろ。それに確実にお前より格上だぞ」
「ソレが気に入りません。泥棒猫なら盗人らしく、戦闘能力は慎ましやかになってればいいものを」
「どういう理屈だよ。あ、分かった。嫉妬だな」
五郎は冗談混じりで口走ると、鋭い視線が飛ん出来て内心焦ってしまう。
どうやら図星だったらしい。
「じょ、冗談だよ」
「分かってますよ。でも、言って良いことと悪い事があると思いませんか?」
「自分の事棚上げにしてないか? お前も結構言っちゃ悪い事言ってると思うんだがね」
「私はいいんです。なにせ怒られるのはゴローですし」
「俺をまるで肉壁扱いにすんなよ……! それは置いといて、無理はすんなよ。なんなら待っててもいいんだぞ」
「その言葉、そっくりそのまま返します。無理をするのはいつもゴローなんですから。ゴローこそ、待っててもいいんですよ」
本当に自分の事は棚に上げる。先に無茶をするのはどっちだよ。
そう考えつつ不服そうに珈琲を啜る五郎であった。
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