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63話 JKと暴力団

 五郎達は路地へと入り、追手から付かず離れずの距離を保って逃げていた。

 ただ逃げるだけならば簡単だ。なぜならシェリーの能力を使えばすぐに離脱する事ができるからだ。


 小野々瀬はビルの壁を足場に跳びつつ移動し、五郎達に向けて放たれる銃弾を撃ち落としつつ周囲の状況を確認する。


「んー、10位。人気の無い所には誘導したんはええんやけど、はよせんと僕1人じゃ守りきれへんかもしれへんで」


 リロードタイミングを見計らい、腰に差している小太刀に手をかけると急降下し追手達の眼の前に着地する。


「んなっ━━━━」


 刃が丸められた小太刀を振り抜き、拳銃を握っている両手の骨を叩き折ると蹴り飛ばした。


「定岡!? おんどりゃぁああ!」


 雄叫びと共に別の男が銃口を彼女に向け、引き金を引いた。

 放たれた銃弾は振るわれた小太刀により軌道を無理矢理変えられ、ビルの壁に傷をつける。


「威勢がええやっちゃなぁ」


 クルッと"拳銃"を逆手に持ち替え、続けて放たれる銃弾全ての軌道をずらし懐に潜り込む。次の瞬間、拳銃を持った手を男の腹部に目掛けてアッパーをするように振り上げた。

 彼の身体はふわりと宙を浮き、意識が一瞬で持っていかれる。


「せやけど」


 続けて小野々瀬は咥えていた棒を後方に居た別の男性に吹き飛ばして怯ませた。

 隙を作った彼女は、マガジンのリリースボタンに手をかけつつ、半回転して腕を振るう。そして、タイミングを見計らってボタンを押しマガジン"投げ"飛ばした。

 飛んでいくソレは、前を走る2人を追い越し曲がり角から顔が見えた別働隊の男の顔面へと吸い込まれるようにして激突する。


「煩いだけじゃぁ、意味あらへんで」


 先程気絶させた男が音を立てて地面に倒れ込み、彼女は彼の腕を足場にして思い切り上空へと飛び上がった。

 その際、折れるような鈍い音が奏でられる。


 悪態と共に撃ち放たれる銃弾を小太刀で弾きつつ、拳銃の引かれたスライド部分を口に咥えるとマガジンを取り出し装填する。そのまま、口でスライドを引き壁を蹴って護衛対象の方へと方向転換した。

 先程攻撃して牽制しておいた男は、五郎の持つスタンガンできっちりと気絶させられており彼女は口笛を吹く。


「チクにも見習わせんとな」


 トリガーを数度引き、2人に迫る弾丸を弾き飛ばす。

 直後、拳銃が淡く光り次に撃ち出された銃弾は注射筒であり、男の1人の首元に突き刺さるとものの数秒で眠ってしまった。

 

「まだなんかー? 10位!」


 通信機で呼びかけつつ、先程と同じ要量で追手の数を確実に減らしていく。


『おっけーよ。小野ちゃんはそのまま頃合いまで五郎の護衛についてて』


『了解やでー。ちゅーっても思ったよりな。なんちゅーか捨て駒充てがわれるようなー? 第3世代が見えへんのが気になるんよなー』


 ビルの屋上、空間に切れ込みが入りペラリと布のように垂れ下がった。

 別の空間と繋がり、繋がった先はシェリーの自室であった。永久が潜り抜けビルの屋上に足を下ろす。

 2人を即座に回収しなかった理由は至極単純で、先んじて敵の戦力を削っておこうという魂胆であった。ついでに事件を起こして、警察も巻き込めるとの算段もある。宛にならないと釘は刺されていたが、全く役にたたない事はないだろうと五郎は考えていた。


 永久は反対していたが、本人である五郎に押し切られ決行する形となっていた。

 シェリーが表立って戦わないのも、敵が即座に撤退を決めるとの予想からである。


「捨て駒ならそれはそれでいいじゃないですか」


 彼女にとっては好都合であった。

 すると、ほこが付いた複数のチェーンが彼女を取り囲むように襲いかかる。が、周囲に張られた防壁に阻まれ金属音と共に火花が飛び散る。


「本命が、此方に来るんですから」


 攻撃タイミングが早すぎる。先読みされていたと考え、ポケットから鉄の棒を数本取り出す。

 垂れていた空間が元へと戻り、通信機からシェリーの声が聞こえる。


『んじゃ、ちみっ子が囮やる感じ?』


「それでいいのでゴロー達はさっさと回収してください。邪魔なので」


 獲物を締め上げる蛇のようにチェーンが周囲を囲い、防壁が軋み次第にひび割れていく。

 耐久限界を迎え、ガラスのように割れ砕け散ったと同時に花びらの一つが光り永久は大きく上空へとジャンプする。


『追い立てたぞ。れ』


 永久の視界にチラリとマズルフラッシュが入り、花びらが一つ光ると取り出した鉄の棒全てを光った方へと射出する。

 そのうちの1つが銃弾と接触し甲高い音を奏で、残りはビルの一室へと吸い込まれるようにして飛んでいった。


「……やるな。損害は?」


 尻尾のように、背面のベルト部分からチェーンが伸びる男性が現れ、伸びていたチェーンがゆっくりと元の形状へと戻っていく。


『ホッパー生存、得物は木っ端微塵。援護は不可です。どうぞ』


「だそうだぞ。ルーク」


 着地し、鎖を操っていた電能力者を視界に捉え鉄の棒を1本取り出し射出しようとした瞬間、別の方向から湯気を発生させている液体が迫っていた。

 急いで防壁を展開し防ぐと、薄っすらと表面が結露していた。そして、液体のの先には見覚えのある1人の女性の姿が目に映る。


「ッ! 佐々木美代子!?」


 ミラーの本体が殺された事件で、実行犯であった人物だ。

 施設輸送中に襲撃、姿を眩ませた。と、永久達は聞いていたが、よもやブルーローズと繋がっているとは考えても居なかった。


「久しぶり。探偵の小倅こせがれちゃん……」


 パリーンとビルの窓ガラスが割れような音と同時に、通信機から声が聞こえた。


『上やで! 助手ちゃん!』


 咄嗟に上空の確認をすることなく、展開していたバリアを屋根のように引き伸ばす。

 次の瞬間、銃声と共に銃弾が防壁へと殺到しひび割れていく。


「っち、四面楚歌っていうんですよね。こういうの」


 お次は液体窒素が防壁を迂回し、永久へと襲いかかるが、紙一重で躱していく。

 防壁が割れる直前、距離を取るようにして跳び隣のビルへと移り上部に再度バリアを張り直す。


「ウルフ、ガールは移動した。右手のビルだ。バード、揺さぶってやれ」


『うぐ……了解ッ』『バード、了解』


 空中を飛んでいる男は、ライフルの銃口を遠目に逃げている五郎達に向け引き金を引いた。

 しかし、瞬時に防壁が隔てるように展開され、銃弾をひび割れながら防いでいく。

 トリガーから手を離し、防壁が周囲から消えた永久に銃口を向けるが、射出された鉄の棒が迫っており回避行動を取らされ叶わない。


 チェーンを操る男がその隙に同じビルに飛び移り鎖を1本伸ばして攻撃するも、紙一重で避けられる。

 

「その歳で、よくもまぁやる」


 日本語? そう思いつつ永久は状況を整理しながら適当に応答する。


「場数踏んでますので」


 一方下の路地では、出張っていた暴力団の数が順調に減っていた。

 途中から付き合ってられるか。と逃げる者も出ており、指揮はもう崩壊していると考えても差し支えない状況であった。


「助手ちゃん健気やなー。で、10位回収せーへんの? 流石にこれ以上待ちぼうけ食らうのは嫌やで」


 攻撃が止み、小太刀を鞘に収め息を深く吐きつつマガジンの交換を行う。


『回収したいんだけどさ、座標がねー……たーっく、移動しすぎよ』


 土地勘があまりなく、シェリーの能力は知っている場所でなければ繋げられない。

 距離の成約や生成の成約もあり、便利そうに見えて以外と使いにくいそうだ。

 五郎は周囲を見渡し位置を確認して口を開く。


「すまん。この辺りは、4地区の━━━━」


 場所を教えようとした時、ものすごい速さで小野々瀬に近づく男性の姿があった。

 しかし、繰り出された拳は安々と避けられ、足を引っ掛けられ転倒する。

 棒付きキャンディの包みを剥がし口に咥えつつ、立ち上がろうとする男性に近づいていく。


「あ、山下!? ちょ、まっ!」


「は?」


 凜の静止も虚しく繰り出された蹴りは、立ち上がろうと立っていた腕にヒットし、ボキッと鈍い音が鳴響て再び彼は転倒する。


「いっつぇええええええ!」


「━━━━ビル群抜けて、秦野薬局って所の近くだ。ついでに、ミラーに救急車も呼ぶように言っておいてくれ」


『よく分からないけど、両方了解』 


 彼の腕は完全にあらぬ方向へと折り曲がっていた。2人の反応に仲間であることに気がついた小野々瀬が、焦って謝り始めていた。


「ほんま、ごめん! ごめんって! 飴ちゃんあるで? あげるで? 飴ちゃん食うか??」


「お、俺が襲いかかったのが悪いんで、お嬢さんのせいじゃないで……す。お、お嬢、無事で何よりです」


 顔面蒼白の状態で無理矢理笑顔を作り、ソレを見た凜の顔が引きつっていた。


「あんた、あーしよりテメーの心配しろっての」


「だ、大丈夫っすよ。また、入院するだけなんで」


「自分それ大丈夫とは言わへんやろ……?」


 緊迫感の一切ない会話を聞き、昔にも似た事があったな。と、五郎は考えていた。


「ほんで」


 微かに足音が聞こえ、銃口を路地に向けると2度トリガーを引く。

 タイミングよく現れた男性2人にそれぞれ麻酔針が突き刺さり、攻撃の間もなくその場に倒れ込む。


「そっちの戦力ってどないなもんなん? ぎょーさんあらへんのは知ってるんやけど」


「チャカがそこそこある程度で、電脳力者は俺ともう一人……って、言いたいんすけど、残念ながらお勤めで今九州に居やす」


「あー、うん。しもうたな。これ地味に━━━━」


 急にその場に居た4人は一切の身動きが取れなくなり、カツッカツッと足音だけが耳に届いていた。

 何かの電能力による攻撃。ということはすぐに分かったが、締め付けられる感覚がなく念能力とは違う。

 五郎が廃旅館で受けた能力とも違い、また違う能力なのだろう。


「はっは、女の子が2人はいいね。しかもストライクゾーンど真ん中。ラッキー」


 若い男性の声。

 喋り方といい、暴力団関係者というよりかは、集めていた"兵隊"の側の人間だろうか。


「連中に渡す前に楽しまないと、ね」


 まずい。このままじゃ……。そう五郎が考えた矢先、急に体の自由が戻りよろけてしまった。


「へー、どう楽しむっちゅーんや?」


「そりゃぁ……へ?」


 能力を過信し、完全に油断していた男性に銃口が向けられていた。


「なんで、動けてんの?」


「アンラッキーやったっちゅーこっちゃ」


 1発の銃声が響き、彼はその場に倒れ込む。小野々瀬は両手両足の骨を折り蹴り飛ばした。

 空間の一部が布のように垂れ下がり、顔を出したシェリーが状況を悟ってなるほど。と呟く。


「遅いで10位。お詫びにサブマシくれや」 


「めんごめんご、オーダーは?」


「スコーピオン」 


 拳銃をホルスターに仕舞い、両手を上げると二挺の短機関銃が生成されグリップを握る。


「弾頭はゴム弾に"なる"ように、装弾数はざっと100発ぐらいにしてるから。此方の援護もちゃんとしてよね」


「100発やな。んで、そっちの要望も了解や」


 小野々瀬は飛び上がると、壁を蹴って屋上へと向かっていった。


「……あれ、そんな入るのか?」


「いーや? 普通ならせいぜい30発とかよ。それより、早く入って」


 ビルの屋上で戦う永久は防戦一方の状態であった。

 主に攻撃を仕掛けてくる3名が一定の距離を保ち、寄ろうものならカバーに入り距離を取るまでの時間を稼がれる。

 手練であるうえに、未だに兵を伏せている。派手に動こうにも動きにくい状況だ。


『レーダーから各員へ。狂弌さんの旧友さんが向かってる。注意してね』


『バード了解。確か31位の人でしたっけ』


 逃げる素振りを見せた永久の行き先を斉射し牽制する。すると、カウンターするようにして飛んでくる鉄の棒を旋回し避け、マガジンを取り外す。


『なーんだ。弱そうじゃない』


 隙が出来たと踏み、液体窒素を操って取り囲もうとするが薄く広く展開されたバリアに阻まれ数刻の時間を稼がれる。その間に範囲から抜け、手の持つ拳銃の銃口が佐々木美代子を捉えた。

 銃声が鳴り響き飛んでいく銃弾は、蛇のようにうねるチェーンにより弾かれる。


「それなら楽なんだがな。……寄るなよ」


 路地から銃撃が上空へとなされ、空を飛んでいるバードと呼ばれる青年を襲い緊急回避を強いられており、陣取っていた場所を大きく移動する事となっていた。


「もってかれるぞ」


 下から何かが飛び出し、液体窒素が反応し襲いかかるも人ではなくサブマシンガン"だけ"であった。


『ッ! ルークさん逃げて!』


 先程の射撃は攻撃が目的ではなかった。避けられるのは承知の上であり、上空の敵から屋上へと向かう彼女自身の姿を視覚情報から外すためであった。

 銃を囮として使うために。


 一服遅れて屋上に"過剰投与"した小野々瀬が姿を表し、液体窒素を操る女性に銃口を向けトリガーを引く。


「っち、ウルフ!」


 雄叫びと共に地面が爆発したかのように貫かれ、下の階から狼男のような巨漢の男性が飛び出した。彼女を庇うように立ちはだかると、銃弾全てをその身で受け止める。


「た、助かった」


「阿呆が!! 俺を使わされたんだぞ!!!」


「伏兵がやっと顔を出しましたね」


『ほな、次いこか』


 身動きを間接的に抑制していた者が姿を表し、その結果として永久を動きを鈍らせていた成約が無くなったのだ。彼女の花びらが2つ光り、低く鋭く足が止まった1人と1体に詰め寄っていく。

 呼応するように、小野々瀬もワイヤーでスコーピオンを手繰り寄せ援護へと回っていた。連中は接近する彼女を阻もうとするも銃撃は相殺され、チェーンは全て逸らされる。

 急いで液体窒素を戻そうとするが、十分距離を詰めたと判断した彼女は、1人と1体ごと防壁で包み込み阻害していた。


「んなっ!?」


 咄嗟に狼男が地面を突き破り脱出を試みるが急所を狙った銃撃で妨害され、その隙に地面を蹴り勢いそのままで放たれた飛び蹴りが彼を襲った。

 なんとか食いしばって踏ん張り、腕を振るって永久を弾き飛ばす。


「ッ!」


 しかし、飛ばされる最中向けられた銃口から放たれた弾丸が彼の左目を掠め鮮血が吹き出していた。


「がっ! くそ!」


 左手で傷口を抑え後ずさりしつつ残った右目で敵を捉え、後続の射撃を右腕で防いでいく。

 この場で目を離してしまえばソレこそ、敗北を意味していたからだ。


『あかんオロチが完全に此方きよった。上の圧力もよわーなったし、そろそろそっちに攻撃行くで』


 永久は横目で彼女の戦闘を見ると、四方八方から襲ってくるチェーンを銃撃とボロボロの小太刀で攻撃を防ぎ、移動しつつ戦っている姿が映る。

 しかも二挺あるサブマシンガンのうち一挺を上空に放り投げ、まるでお手玉をするように持ち替えつつの戦闘を行っていたのだ。


 銃に向かう攻撃も往なし、一見すると手間が増えているようにも思う。だが、自身の周囲の攻撃も捌き、銃をお釈迦にせず、隙あらば倒し切る素振りを見せ、永久の援護をするにはこうする他なかったのだろう。

 彼女の一部の空間が少しだけ垂れ下がり、空間の裂け目からシェリーの援護射撃がなされていた。


「分かりました」


 着地しそのまま距離を取るように後方へとジャンプする。程なくして防壁に届いた銃撃と圧を掛けていた液体窒素により、周囲のバリアが砕け散る。


「次はどうしますか? 連携して片っ端から片付けますか?」


 枝分かれし迫ってくる液体窒素を、周囲に防壁を張り直して防ぎつつ通信を飛ばす。

 返ってきた答えはイエスでもノーでもなく、別の提案でもなかった。


『あー……いんや、恐らくもう撤退すると思うで』


 と、彼女が言った矢先に空を飛んでいた男が急降下し、佐々木美代子を抱きかかえ再び飛翔する。

 同時に狼男は床を突き破ってビル内部へ。オロチと呼ばれた男も飛び降りるとチェーンを駆使し、蜘蛛のようにビルの壁面を移動してそれぞれ撤退を開始していた。


「ほんとですね。何度か手合わせを?」


「何度かな。それに10位が後衛突いたってのもあるわ」


 そう言って、小太刀を手早く鞘に収め落下してくるサブマシンガンをキャッチすると、簡単にガンアクションをして更にこう続ける。


「どやった? 結構強かったやろ」


「確かに手強い相手でしたね。でも、倒せない相手じゃないです」

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