4部

ファイル19

56話 依頼と虚像

 五郎が退院してから1週間が経った。

 この間、少々ギクシャクはしていたが以前と似たような生活に戻っていた。

 学校への通学は、一応の事件の終息は迎えたものの三学期いっぱいは通う。という事で、嫌がる彼女を無理矢理行かせた昼下がりの出来事であった。


「は、はぁ……」


 1名の変わった女性の依頼者が訪れた。風貌は至って普通。強いて言うなら少し露出が高い。と言ったぐらいなのだが、問題は内容であった。

 肝心の依頼内容はというと、簡単に言えば勝負だそうだ。

 しかも、ご指名は五郎でも永久でもない。


『ミラーなのですか!? ですか!?』


 ミラーであった。

 そうよ。勝負よミラー。と依頼者は一方的に彼女を知っているような口ぶりで啖呵を切るが、肝心の本人はと言うと、誰だコイツ。といった表情で困惑していた。


「……え? なんでそんな顔してるのよ! 私よ私! この顔忘れたって言うの!?」


『私々詐欺なのですか? ですか?』


「そうそう……オレオレ、詐欺じゃないわよ! え、ウソ本当に忘れてる!?」


「あー、漫才師の方ですか」


「そうそう、突っ込み役でこの子がボケでって、んなわけないでしょ!」


『あ、思い出したのです! なのです』


 彼女の頭の上に1つの電球が画面に表示される。


「本当!?」


『以前お財布の回収を依頼した人なのです! なのです♪』


「あー、永久に行かせたっていう」


「その節はどうもありがとうございまいた。……じゃなくて!!!」


 ダンッ、と息を切らしながらテーブルを叩く。


「私は━━━━」



「で、その自称アイドルとライブ対決になったと。私とゴローは警備員という形で依頼されて」


 学校から返ってきた永久に、今日の依頼内容を掻い摘んで話していた。

 依頼者の名前は愛沢あいわざ 歩美あゆみ。アイドルとしては[ゆーみん]として活躍しているネットアイドルだ。

 ミラーと同じ電脳力を持ち、精神をネットに落とし込む事で成立している。しかし彼女と違って、電脳力者である事を公表していた。


 そのせいか、ミラーも電脳力者であると囁かれる事が多かったそうだ。

 事実ではあるのだが愛沢曰く、それは違う。同じ電脳力だったとしてもあの演出は私には絶対に無理。だそうだ。


 永久は制服の上からエプロンを付け、キッチンへと向かう。


「羽振りは良さげですし、一応電脳力関係ではありますし私は受けても良いと思いますよ」


「良かった。既に受けてんだこれが」


「でしょうね。私のせいで家計火の車に逆戻りですし」


 冷蔵庫を開け、食材を確認すると必要なものを出していく。


「だから気にすんなって」


「そう言われましてもね。それはそうと、泥棒猫さん」


 いつの間にか現れていたシェリーが、コップに水を入れて口を付けていた。


「お、あたしオムライスがいいー」


「此処は定食屋でも小汚いレストランでもありません。と、何度言えば分かるんですかね……?」


 まるで自分の家のような寛ぎようは健在であり、今に至っては至極当然のように夕飯を食べに来ている始末である。


「いーじゃん、いーじゃん。減るもんじゃなし。あたし楽だし」


「食材が減ってるのですが? エブリデイ減ってるのですが? 私の手間が増えただけなんですが!? うちは泥棒猫を買った覚えも飼った覚えすらないのですが!!」


「野良怪盗だにゃん♪」


「黙って出てけこの妖怪タダ飯喰らい!」


 口ではあぁ言っているが、しっかり3人分作っている辺り多少は温情を感じているのだろうか。

 それともただ折れただけなのだろうか。本人にしか分からないが。


「そーんなケチケチしないの~♪ 猫又怪盗が憑いちゃうぞ~♪」


「あーもー! 此方寄るな! 近寄るなァ!!!」


 ブンブンと包丁を振り回す光景が五郎の瞳に映り、お茶を啜る。


「ま、もう大丈夫そうか」


『どこが!?』


 ミラーの突っ込みを他所に、騒がしくかつ要領を得ない調理が行われ、夕飯が出来上がった時には22時を回っていた。

 同じ事はコレまでも数度起きていた。無論、五郎は止めに入ったりしていた。が、能力を使われあしらわれ、口出ししてものらりくらりと逃げられる始末。どうにも手に追える相手ではなく諦めるほかなかった分けである。


 チャンネルを回す手を止め、テレビに映し出されているニュースでは別のアイドルの報道をしており、露骨に永久が嫌な顔をした。


「ゴロー……貴方はやっぱり」


「暇でミラーの話聞いてたら出てきたもんで気になっただけだよ」


 そのアイドルというのは、みかるん。と呼ばれ一部のオタクから熱狂的な支持を受けているそうだ。

 何より活動はネットにある体ではなく生身の人間であり初めての電脳力者のアイドル。能力を使って演出を行う事も多くその評価も高いとされている。


「と言うか、興味あったら既に知って……」


 テーブルにグラタンとサラダ、スープとパンが置かれていく。

 昨日はカレーうどんであり、あぁそろそろうどん生活か。などと考えていた彼は驚いた表情をした。


「なんですか。そんな顔をして。うどんが良かったんですか? エブリデイうどん。いい響きですね」


「いや、そういうんじゃなくてな。火の車って言う割には豪華だなっと」


「買いだめしてた安いうどんの麺がなかったんですよ。使うはずだった食材も、ちょっかい入れられ続けられるおかげで使い忘れましたし。どこぞの泥棒猫のお陰で予定が狂いっぱなしです」


「じゃぁ作らなきゃいいじゃん。はむっ」


 諸悪の根源がスープを一口運びながらそう言い、永久は呆れ声でこう言い返す。


「せめて言動と行動を一致させて下さい。このアバズレ」


「一致してるしてる。出されなければ食べないし」


「そりゃ食べれませんからね? ……はぁ、全くもうこの野良猫はあぁ言えばこう言います」


 並べ終えると、彼女はエプロンを脱ぎ床に座った。


「いただきます。それで、気になったと言いましたがそれだけですか?」


『対決のコンサートで司会として呼ぶ。って話なのでボスはそれ含めてだと思うのです。なのです』


 スマホスタンドに置かれたスマホの画面に映ったミラーが解答する。

 彼女の言う通り、どのような人物か念の為に軽く調べておこう。という目算も兼ねていた。


「へー、あのみかるがねー。あの子、目立つの大好きだしさ。自分がメインじゃない仕事おいそれと受けるって思えないけど、便利子ちゃんその辺どうなん?」


『ラインでやり取りした感じなのですが、大分交渉に苦戦したようなのですよ』


「やっぱりねぇ。それでも受けたって相当うざかったか他に魅力を感じたか」


『うざかったに一票なのです。なんでも事務所NG食らう一歩手前までしつこく交渉したとかで』


 このやり取りを聞き、一つの疑問が五郎の中で生まれる。


「……ちょっと待て、シェリーお前なんか知ってるような口ぶりだが知り合いか?」


「知ってるも何も、あの子も二重能力者よ? ある意味仲間だし、ある意味敵だし。裏の顔なんて、そりゃもう一杯知ってるわよ」


 一服置き、3人の驚いた声が事務所に響くのだった。

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