33話 駄菓子屋と兄

「安い、安い、安い、安い安い安いやすいやすいヤスイヤスイヤスイヤスイ……」


 お菓子の値段を見て、永久は壊れた蓄音機のように同じ言葉を発していた。


『永久ちゃん、バグってると変人に見られるのですよー。なのですよー』


「ヤスイヤスイヤスイヤスイヤスイヤスイヤスイヤスイヤスイヤスイヤスイヤスイ……」


『聞こえてないのです!? というか、駄菓子もスーパーにあるのですよ!? 永久ちゃーん!?』


「おんや、お嬢さんが爺さんがいっとた子かいね?」


 優しそうなおばあさんがバグった永久に話しかけるも、無反応で呟き続けていた。

 見かねたミラーがおばあさんのスマホに電話を掛ける。


「はいはい、毒島ですよ」


『バグってしまわれた主人に代わって、挨拶をするのです。なのですー』


「随分と可愛らしい声だねぇ。……おんや? なんで電話なんじゃろか?」


『あっ! えーっと、そのですね。姿を現せない事情が在るのですが、なんと言えばいいのか皆目検討もつかない状況なのです?』


 何故か疑問系の返答となっており、思わずおばあさんは静かに笑っていた。


「事情があるのなら、しょうが無いねぇ。お嬢さんに、なにもないけど楽しんでいっとくれ。と伝えてくれるかい」


 そう言って、おばあさんは他の客に目線をむける。

 狭い店内はまばらにお客がおり、うちほとんどが成人男性客であった。


『分かったのです。なのですー』


「ありがとう。……お嬢さんにも、おじいさんの"依頼"を受けてくれてありがとう。と伝えておいて頂戴」


 ミラーからの返事を聞く前におばあさんは電話を切り、仕事へと戻っていく。


『優しそうなお人なのです。なのです。……永久ちゃーん、いい加減バグを解消して欲しいのです~』


「っは、どうしたんですか安い雌豚さん」


『合体してただの侮辱になってるのです!? いや、元からってそうじゃなくて、おばあさんが、買い物を楽しんで言ってくれと、依頼を受けてくれてありがとう。と言っていたのです。なのです』


 永久は目線を会計へと向け、笑顔で接客をしているおばあさんを見る。


「依頼、知ってる……」


 おじいさんが話したのだろう。だが、お礼を述べたという事は怒っているとは考えにくい。


「関係、壊れてなくて良かった」


 にしても、なぜ子供より成人男性のお客のほうが多いのだろうか。と永久は思っていた。子供時代を思いだすから? 他の理由?

 聞こうかとも考えたが、今は好奇心より買い物を優先する事にした。

 ミラーの事を呼びスマホを取り出す。


「なのです、なのです♪ 何時も貴方の心を写す鏡、ミラーちゃんなのです♪」


「電卓を表示して下さい」


 ガン無視しした彼女の口元は笑っていた。


「永久ちゃん。こういう所、ほんとボスそっくりなのです。……で、電卓で何を?」


 言われた通り電卓を表示し、隅にミラー自作アイコンが表示される。


「何を言っているのですか。主婦に買い物、電卓ときたら切り詰めるための計算に決まってるでしょう。腕がなります。ふふふ……」


「色々とツッコミ所がある気がするのですが、楽しそうなのでなによりなのです。なのですー」



 白い息を吐き寒空の下、五郎は小さなレジ袋を片手に浮かない顔で歩を進ませていた。

 予想より早く用事が終わったのでジャンク屋へと足を伸ばし、買い物を済ませていた帰り道であった。

 店に置かれていたラジオから流れていたあるニュースを思い出しながら。


 内容は2年前に置きたとある事件の続報であった。

 その事件というは、とあるデスゲームが行われ参加者のほとんどが死亡した。という悲惨な事件。そして今回の事件内容は、数少ない生存者の1人が何者かに殺された。目的は不明、手口から電脳力者であると断定。首謀者の仕業では? と言った感じだ。


「あいつ、大丈夫かな」


 実はこの事件、以前生き残りから依頼があった案件であり首謀者は既に死亡している。何故ならその首謀者というのが、二重脳力者である九条廉太郎と言う人物であったからだ。

 戦って、眼の前で死んだ。よって首謀者の仕業の線はありえない。こういう時、情報屋のチクさんと連絡が取れればと思わずには居られなかった。


 連絡を入れようにも、事が事なので終わったら連絡先を変えるように勧めており、事務所にも記録として残してはいるが、連絡先は破棄している。

 よって、向うからコンタクトがない限り、現状を知るには時間と費用をかけて足跡を辿っていく必要がある。


 信号に引っかかり、立ち止まると空を見上げる。


「……気にはなる」


 気にはなるが、果たしてそんな余裕があるのだろうか。果たして、依頼以外で他人の事を気にかけているほど、心に余裕があるのだろうか。

 などと考えているうちに、信号機が変わり音楽が流れ始める。

 歩を進めようと目線を前方に戻すと、人形の黒いモヤのようなモノが存在していた。

 周囲の人々のざわめき、スマホで写メを取る人も現れ始めていた。


「アッ……ハァ、ヤット」


 一瞬消え、五郎の眼の前に現れると口のようなモノが、釣り上がり笑顔を作り出していた。

 シェリーが態々能力を使ってまで移動したのは。


「見ツケタゾ。探偵」


 こいつから距離を置くため。そして恐らくは。

━━監視カメラ等に影が対象を殺す様子しか映らず、此方は影人間なんて呼ばれてる奴でな。

 以前、菊地が言っていた殺し屋。百面相の相棒の疑いがある殺し屋。

 モヤの剣のような物体が生成され、スッと振り抜かれた。すると、スマホを片手に写メを取っていた女性のスマホが真っ二つに切れ、胴体から首から上がズレ落ち、地面へと落下し少し遅れて身体もその場に倒れ込んだ。


 一服の間を置き、叫び声と共に周囲の人間が走って散っていく。


「やめろ。お前の目的は俺だろ」


 今ある武器で影に対抗出来るモノは? 何で対抗すればいい? どうやって対抗すればいい?

 スタングレネードの閃光ならば? いや、手元にあるのは音だけの未完成品。今し方買ってきたモノがそのスタングレネードに使う部品であり、完成品は現在切らしている。ならばどうする?

 

「ソウダナ。……要ラヌ騒動ヲ起コス事ハナイ」


 どうすれば、この状況を打破できる?


「ダガ、野次ハ嫌イ……ナノデナ」


 ゆっくりと影が広がり、五郎の身体を包んでいく。

 どうすれば……いい。永久。

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