ファイル12

34話 帰り道と誘拐

「むっふっふー。大収穫です」


 溢れんばかりの駄菓子が入ったレジ袋を片手に、永久は軽い足取りで事務所近くまで戻ってきていた。

 文字通り大収穫と言って遜色ないほどに、おまけも多く貰っていた。


『ま、まさか千円きっかりになるように、色々手に取るとは思わなかったのです。なのです』


「これで当分は間食の心配はなし~♪ 折角行ったのですから存分に買って帰らないと」


「でもボス文句いわないのですか? なのですか?」


 普段はせんべいや饅頭を中心に、余裕がある時は永久の手作りのケーキやお菓子としていた。


「ゴローなら数ヶ月ずっと、とかでもない限りは大丈夫ですよ。お客様用の茶菓子は勿論別ですし」


 ポストを確認すると一通の封筒が入っていた。

 宛名も宛先も書かれて居らず、透かしてみると手紙が入っている様子であった。


「糞ほど怪しい」


 階段を登り、ドアノブを捻るが鍵が掛かっていた。首をかしげつつポケットから合鍵を取り出し鍵を開け中に入る。


『鍵なんていつの間に持っていたのですか? なのですか?』


「ほぼ常備ですよ。今回のように出かけてる事がありますし」


 中へと入り、テーブルに袋置くとエアコンを付ける。続いて五郎の工作室にハサミを取りに行き、ソレを使い封筒切ってを中に入っていた三つ折りの手紙を取り出した。


「さてさて、何が……」


 中にかかれている事を読み勧めていき、彼女の目が見開き舌打ちをする。


「最低のタイミングですね」


『えーっと、何が?』


「五郎がさらわれました。目的は恐らく私」


 手紙を破り、こう吐き捨てる。


「呆れるほど頻繁に襲われますね。ホントゴローは糞ほど運がない」


『えっと、ヒロイン体質って奴なのです?』


「阿呆な事言わないで下さい。中年男性のヒロインとか嫌すぎますよ」


 エアコンを切り、事務所を後にすると考えながら歩を進めていく。

 手紙の内容はさらった事実と場所の指定。それと、警察には連絡した場合は五郎を殺す。この3点であった。

 襲われる事が慣れっ子のはずの彼が捕まった。という事は、何か従う必要があった。もしくは逃げ切る手立てがなかった。この2つ。


 となれば、相手は手練か卑怯者の何方か。動くとしたら前者で動く。

 この前提で考えるとすれば五郎は人質ではなく、おびき出すための単なる餌。殺されている可能性も視野に入ってくる。そして、現状保有能力が2つ"欠けている"状態でかつ残りの"使用数"を加味しどう動くかを決め、目が据わった永久はミラーに指示を出す。


「このまま真正面から行っても、対応力に欠けるので応援を呼びます」


『応援を呼ぶって、旦那様達に連絡したら……』


「誰が糞駄犬に頼むと言ったんですか。こういう時は、文字通り暴力です」


 ミラーは彼女が言わんとしている事に気がつき、声のトーンが下がる。


『ま、まさかー……』


「はい。そのまさかです。口答えはいいので、早くして下さい。今は非常に腹が立っているので」



「……んっ」


 五郎は手足が縛られた状態で、薄暗いコンテナ所の中で目を覚まし急いで周囲の状況を確認する。

 ドアは開いており、外は暗く天井にはランプが吊り下げられそれが明かりとなっている。ドア付近には身につけていた護身用の道具が全て乱雑に置かれていた。

 一陣の風が吹きランプが揺れ、寒さに目線を落とすとコートを着ていない事に気がつく。


「くそ」


 かじかんで手足の感覚も鈍く、この時点で気がつくべきであった。遠くから足音が聞こえ次第に大きくなり、彼の元へと近づいていた。

 程なくして、1人の顔にタトゥーが入った外人男性が五郎のコートを腕にかけ現れる。


「気がついたか」


「……コート、返せ」


「ん? 恋人とかにも━━」


「寒いんだよ!」


 なるほどな。と彼は呟きコートを放り投げ、目の前にコートがゆっくりと揺れるように落ちた。

 突如、縄がほどかれ五郎は驚きの表情を浮かべ振り向いた。すると、日中彼を連れ去った影が佇んでおり、数瞬後に消滅する。


「にしても、随分と慣れた奴だ」


 折り畳みナイフを蹴り上げるとキャッチし、それを展開する。


「畏怖の念すらないとは」


「この状態で慌てても、怖がっても何も始まらんからな。一寸先の問題はこの寒さ」


 コートを手に取り、急いでそれを羽織る。

 開放したという事は戦力として脅威ではない。と判断されたと見てまず間違いない。

 

「だからと言って、そのような態度が取れる人間はそうは居ないと思うのだがな」


「お前より、こわーい相手と幾度か戦った事あるからな」


 そう言ってやると、彼は笑いナイフを投擲した。ソレは五郎の頬を掠めコンテナの壁に激突し音を立てて床に落ちる。


「……顔色1つ変えんとはな。なるほど、なるほど。第一世代とやらを近くに置いているだけはある」


 そう言って四隅に置いてあった木箱に彼は腰掛けた。

 言動から奴のクライアントが、二重脳力者もしくは彼らに近い存在だと確信する。


「で? 俺を攫って何しようってんだ?」


「運搬とおびき出す餌だ」


 こうもあっさりと話されると考えておらず、五郎は思わず目を見開いていた。

 逆に嘘かもしれないとも考えていたが、状況や諸々を加味すると合点がいってしまう。


「……何故、そんなに簡単に話すんだこの野郎。とでも言いたげな顔をするな。ただの気まぐれだ。ちょっとした気まぐれと興味だ」


「お前もか」


 流れる血を拭い、おもむろにコンテナの壁にもたれ掛かる。


「お前も? ……あぁ、昼間のか。そうか。あいつが。俺がお前に興味を持ったのは、弟からの話だ。完璧に変装したはずなのに勘づかれた。ってな」


 弟。恐らく百面相のことだろう。


「そして、2度に渡っての失敗の末、3度目の正直とならずに死体としてこの国のニュースで晒し者。なんとも無様だな。だが、俺達にはお似合い……いや、ましだな。人知れず豚の餌や魚の餌にならないだけまだましだ」


 奴は目線を落とすとスタンガンを踏みつけ破壊し、目線を五郎に戻した。


「俺達は殺してはないぞ」


「だろうな。だから殺していない。甚振ってもいない。まだ、少し時間がある。このまま暇潰しに付き合って貰おうか。……そうだな。なぜ、抵抗しなかった?」


「……しなかったんじゃない。出来なかったんだ。あんなん見せつけられたら無駄に被害広がるし、何よりどうやって抗うってんだ。どうにかする手段も一応考えたが、なんも浮かばなかった」


 彼は静かに笑った後、口を開く。


「そうか。まぁ、そうだな。アレは普通の奴は逃げるか諦めるかの2択だ。打って変わって俺のほうはただ……ただ、一方的な虐殺。機械を使って殺しをしている奴の気持ちが分かる。殺したという実感が何もない」


 一服置き、彼はさげすむような口調でこう続ける。


「殺し屋風情が何を言っている。そう言いたげだな。だがな、殺し屋だからこそ分かる事もある。感触の有無。匂いの有無。危機感の有無。次第に訪れる虚無感。……次第に冷めてくる。ゲームでもしてる感覚になる。最初は生きるためだった。最初こそは必死だった。選択肢がなかった。殺すしか、道がなかった。……だが今はなんだ? 今のこの様はなんだ? 捨て駒のように好きがってに使われ、いざ俺達の命が脅かされると切り捨てようとしやがる。殺し屋らしい末路と言われればそれまでだ。末端の末路と言われればそれまでだ。必死に他人を殺し、蹴落とし、騙し、自分の手を血で染め、力を手に生き抜いた結果がこの様だ。なぁ、お前はどう思う?」


「どう思うってな。……最初に言っとくが、怒るなよ?」


 五郎は咳払いをし、意を決して話し始める。


「俺はあんたじゃないし、あんたの人生を歩んだ分けじゃない。故に気持ちなんぞ分からんし知らん。ただ、あんたは運が悪かった。何もかも、運が悪かった。そんな口調で、あんな話おっぱじめるほどに追い詰めらてた。そんだけの話だろ」


 奴は満足げで上機嫌に笑い始めた。


「くははは、運か。そうか、運か。……似た質問は幾度かしてきたが、そんなバッサリと切り捨てたのはお前が始めてだ。他の連中ときたら道を間違えただの、俺の気持ちが分かるだの。抗弁並べて御高説ときたもんだ。話を合わせれば付け上がって、今からでも遅くはないから罪を償いましょうだの、保身に走る。気持ちは分からんでもない。だが、見え見え過ぎて吐き気がする。その点、そうやって切り捨てられた方が"殺す気"が失せて助かる」


「そりゃどうも」


「褒めちゃいない。くくく、最後がお前で良かった。……気分が良くなった所で1つ良い事を教えてやる。お前の持っているそのカード」


 咄嗟にコートのポケットに手を入れ、カードがある事を確認すると彼の言葉に耳を傾ける。


「精々大切にして、使い方を誤らないよう事だな」


 言っている意味がわからない。使い方も検討がつかない。

 だが、お守りとして渡されたコレは、相当ヤバそうな代物だと言う事は五郎にも伝わって来ていた。

 彼の口元が笑い、ゆっくりと立ち上がる。


「さて、時間だな。いい暇つぶしになった。後は好きにしろ。逃げるなり、自害するなり、隠れるなり、俺を最期まで組織に従順な犬で終わらせるもよし、最後の最後で裏切った畜生にするもよしお前の自由だ」


 歩を進ませ外にでると、ドアに手を掛ける。


「ご丁寧に釘を刺す割りには、随分とずぼらだな」


「くく、そう言うな。自分でセッティングし、自分で選んだ最初で最期の小さな舞台だ。鬼さんが来るまで楽しまないと嘘ってもんだろ? それに俺はこういった。お前はおびき出すための餌だと。俺は切り捨てられる寸前だと。次、俺の姿を見る事があるとしたら死体か、ニュースの顔写真だろうさ」


 そう言い残し、コンテナのドアを閉めた。が、鍵を掛けられた音も様子もなく、遠ざかる足音だけが耳に入って来る。


「此処に残るのも外に出るのも、文字通り好きにしろってか」


 ちぐはぐで、とてもプロとは言えない仕事っぷり。

 恐らく最低限の仕事をしつつ自分の意思に従った結果の行動だろう。

 自身の死を察して、追ってから逃げられないと察して、当て馬だと察して。


 密かに拾っていたナイフを取り出し目線を落とす。


「これも、わざと……だろうな」


 五郎がどう動くか、どう反応をみせるか。それを見て時間を潰すための行動。そして、これからどう動くかも奴の言う小さな舞台上の出来事。

 まるで奴の掌で弄ばれている。そのような気分であった。

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