ファイル11

31話 休日と怪盗

 特に依頼もなく平穏な日々が半月ほど続いていた。そんな中、永久が買い物から帰ってくると、郵便受けに入っていた一通の手紙を手に居間に戻ってくる。

 依頼だと考え胸を膨らませて中を開くき手紙を読んでいく。


「えーっと、何々。先日はお世話になりました、毒島です」


 以前浮気調査で此処に訪れた老夫婦からの手紙であった。内容は、潰れかけていた駄菓子屋を引き継ぎ、始めたので是非永久に来て欲しいとの事だった。

 以前はお金のためとは言え極々一部の男性を悦ばせていたが、今度は損得抜きで子供を喜ばせようという考えとの事。

 依頼ではなかったのは少々残念ではあったが。


「仲良さそうにやってて良かったな」


「はい。ゴロー、その駄菓子屋? とやらに行ってきても」


「行って来い行って来い。けど、道間違えんなよ」


「子供じゃないんですから、いってきま~す」


 五郎は通信機と恐らくついて行きたがるだろうミラーのためスマホを持っていくよう告げると、バタバタと部屋へと駆け込みその2つを持って事務所を飛び出していった。


「たくっ、あれの何処が子供じゃないんだか」


 事務所の窓から彼女の後ろ姿を見送ろうとするが、チャイムが鳴り響き急いで玄関へと向かった。


「んげっ、大家」


 玄関先で仁王立ちをする大家である須藤すどう裕子ゆうこの姿があった。


「なんだいその態度は。親戚からリンゴ貰ったから折角、持ってきてやったってのに。態度改めないとやんなよ」


 そう言ってリンゴが入った買い物を見せてくる。


「すみませんでした。女王様。そのリンゴありがたく拝受します」


 すると、五郎はわざと頭を下げそう言ってのけると、彼女に鼻で笑われていた。


「なんだいそりゃ、気持ち悪い。まぁいいや。あの子1人で仕事かい?」


「いや、以前の依頼主から駄菓子屋始めたから来てくれって」


 頭を上げリンゴを受け取りつつ返答を行なう。


「今時、駄菓子屋ぁ? 物好きも居たもんだねぇ」


「ご年配の方でしたんで、懐かしみつつやるみたいな感じかと」


「あー、なるほどねぇ。まっ、あの子が楽しいならそれでいいかね。……いい加減、誰か入ってこないもんかねぇ。寂しいったらありゃしない」


 目線を落とし、1つ下の2階に目線をむけ、数瞬の静寂が訪れる。


「此処、立地悪いですし」


「喧嘩売ってんのかい? バカタレ。……さて、あたしゃ帰るよ。その前に、あんま無茶すんじゃないよ」


「分かってます」


 大家を見送り、中に入ると貰ったリンゴをテーブルの上に置く。そして、掛けてあるコートを羽織り内ポケットから、折りたたみ式のナイフを取り出す。


「電脳力者相手に、役に立つのかね」


 これまで護身用の装備品は基本、手製のスタングレネードと催涙スプレーのみであった。だが、選択肢がもっとあったほうが良いと、最近考え直し幾つか数を増やしていたのだ。

 それを仕舞い、事務所を後にする。


 街はクリスマスムードに包まれていた。

 いたる所で装飾品を施している店が立ち並んでおり、流れてくるクリスマスソング。思わず乾いた笑いが出て来た。


「ほんと、こういう所は何時にになっても変わらない」


━━五郎くん、たす……けて。


 昔のある事件がフラッシュバックする。もうすぐ6年前になるクリスマスイブの夜の出来事。

 守れなかったあの日。始めて殺意を覚えたあの日。何もかも失ったような気分となったあの日。大切な者を失って、大切な者と出会った日。

 この雰囲気が漂っている間は特に頭にこびり付いて離れない。憎悪と嫌悪の感情が、ついて回って離れやしない。


「くそ……」


 この時期は、特に憂鬱であった。世間との溝を酷く感じる。 


「おー兄ぃさん♪」


 暗い顔の五郎は深く帽子を被った女性に呼び止められるが、耳に入っておらず無視してスタスタと通り過ぎてしまう。


「ちょ、無視は酷いんじゃないですかー?」


「悪い。宗教勧誘とか、押し売りとか諸々そういうの間に合ってるんで」


 塩対応で返すが、腕を捕まれ強引に引っ張られる。


「おい。しつこ━━」


 振り返り彼女の顔を見ると、五郎の目が見開く。


「おまっ……人前に出て良いのかよ」


「やーっと気がついた。平気。普通知らないし、ね?」


 その女性はレーベンであった。目元には涙マークのタトゥー、そして目はオッドアイ。

 薬を予め投与し、臨戦体勢を取っている。


「それより此方、此方~♪」


 軽いノリの彼女に五郎は腕を引っ張られ、路地の方へと連れて行かれる。


「お、おい!?」


 周囲に人の目がない事を確認すると、ナイフを振り下ろして裂け目を作り出した。直後、彼を投げ入れると自身もぴょんっとジャンプして裂け目の向うへと入っていく。


「よし、コレでいいかな」


 閉じゆく裂け目を見ながら彼女は呟き、五郎は腰を抑えてゆっくりと立ち上がる。


「コレでって、此処がいいってのか……?」


「へ?」


 レーベンは周囲に目線をむけると、そこはホテル街であった。


「……入るの? この、変態探偵!!」


「なんでだよ!? この場合変態はお前だろうがい!!」


 しかし警察沙汰となった場合、恐らく悪くなるのは五郎である。


「あはは、冗談、冗談。ちょぉっと急いで繋げちったから変な所出ただけだよー」


「何かしら急ぐ理由でもあったのか?」


「ひ、み、つ。教えてあーげない。さっさとどっかいこ」


「はぁ、一体誰のせいだよ」


「ごめんって~」

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