30話 妻と五郎

「……よし!」


 テレビ画面にプレイヤー1WIN! と表示されドット絵のキャラクターが勝利ポーズを決めていた。

 永久と愛の2人はゲームを始めていた。のだが、最新の据え置きや携帯機は嫌との言う事でコレクションとして根尾が集めていたレトロゲーの格闘ゲームをプレイしていた。


「む、無駄に強い……」


「無駄とはなんですか。格ゲーは端的に言えば修行、勝つための前準備が必要不可欠!」


「ガチ過ぎないかー?」


「ガッチガチで行ってこそですよ。そして、ドット絵は素晴らしいです」


 愛はそうかなー? と思いつつも上機嫌になっている彼女を見て口には出さなかった。


「時に、おばエルと似てませんよね。なんといいますか顔立ちとか性格とか」


「養子だかんねー」


「おっと、これは失礼しました」


 地雷を踏みかけた。永久はそう解釈していた。

 セレクト画面へと移動し、永久はそのゲームで最弱とされているキャラクターを選択する。


「別にいいって。……およー? そのキャラ最弱じゃないっけ? 根尾が言ってたぞー。あ、罪悪感があるんだなー! そうなんだろ!」


「確かに最弱ですね。ですが、このキャラにしか出来ない事もあります。それを見せようかと」


「またまたそんな事言ってさ。まーいいやー、勝ちは拾わせてもらうじぇー!」


 その後、永久が帰るまで選択した最弱キャラで憂さ晴らしとばかりにボコボコにされる事になろうとは、この時の愛は想像もしていなかった。



「まー……じかー……」


 大型ショッピングセンターのベンチに座り、薄くなってしまった財布を見つめて五郎が呟いていた。

 渡されたお金が底を尽き、自腹で少しばかり払う羽目になっていたのだ。言うなら、彼女の胃袋は創作物によく出てくるブラックホール級のとてつもない代物だと言う事だ。

 財布をポケットに仕舞い、自然とため息が出てくる。


 すると、袖が引かれ彼の横に座りアイスクリームを舐めているエースに視線を向ける。


「どうかしたか? また何か食いたいのか?」


「いえ、私は十分なほどに満足してます。……流石に食べ過ぎたのかなと。五郎がため息をついていたのでそう思った次第で」


 本当にな。と思いつつ目線を正面に向ける。


「食べ過ぎではあるが、まぁ成長期だろうし良いんじゃないか。それに美味そうに食ってるお前眺めるのは存外悪くなかった」


「なるほど、目の保養になっていたのなら良かったといえるでしょう。此方も思ったより有意義な時間が過ごせてとても良かったです」


「食ってばかりだったけどな」


「嫌な人と食べる食事は料理がどのような絶品だろうと、美味しくないですよね。ですが、好感が持てる人と食べるご飯は質素な物でも美味しいものです」


「……そうかい。お眼鏡に叶ったようで良かった」


「時に、五郎ではビチクソクチビと被ってしまうので変えようかと思うのですが、パパとお父さんとダディどれが良いですか」


 五郎の眉毛がピクリと動く。


「なんで、父親限定なんだ。却下だ却下」


「では貴方や旦那様や主人なんてどうでしょう」


「だからって結婚してるような呼び方になるんだよ」


『それでは、当主様というのは』


「ミラー、それもそれで可笑しいからな」


「注文が多いですね。仕方がないです五郎くん。と呼びます」


 彼の心臓が一度大きく波打ち、返す言葉が出てこない。


「ん……? 五郎くん? ごろうく~ん? いいんですか? この呼び方がええんですかぁ?」


 これまでの反応と違い、手応えを感じたエースがドヤ顔で彼の顔を覗き込んだ。

 五郎は一瞬目線を落とし、目が合うとすぐに反らしてゆっくりと口を開く。


「……やめてくれ。それだけは、やめてくれ」


 彼の顔は僅かながら曇っていた。


「むー。では何にしましょうかね。叔父様にします。決定事項、反論は受け付けませんからね。叔父様」


 頬を膨らませ、再びアイスを舐め始める。


「なんか、援交してる変態に思われんかそれ」


「知らないです。注文が多いからですよ。叔父様。ついでに聞きたいのですが、この時期って嫌いなんですか? クリスマス類の装飾品を見て表情が気持ち暗くなっていたようにお見受けしましたけれど」


「話したくない」


「話すと楽になる事も在ると思いますが」


『ミラーも気になるのです。なのです』


「こういう詮索は無闇にやるもんじゃない。時に相手を怒らせたり、不機嫌にする。今の俺のようにな。覚えとけ」


 彼は立ち上がり歩を進ませ始め、その後をエースが付いていく。


「叔父様すみません。配慮が足りてませんでした」


「もう、いい。……俺もちょっと大人気なかった。ついでにその呼び方も変えてくれると助かるんだが」


「それは出来ない相談です」


「そうかい。分かった。諦めるよ」


 大型ショッピングセンターを後にし、事務所へと歩を向けるがエースもひょこひょことその後ろをついてきていた。

 在ることに気が付き、彼女にとある質問をする。


「なぁ、よく考えたら何時まで一緒にいるんだ?」


「さぁ?」


「質問を変えよう。何処で合流予定なんだ?」


「さぁ?」


 完全にノープラン、後先考えてない。そう考え、左手で顔を覆う。


「叔父様? 何か問題でも?」


「いやいや、お前永久とあったらどうする?」


「蹴散らします」


「だろうな。で、あいつも叩きのめそうとするだろうな。要は喧嘩、戦闘が起きるのは火を見るより明らかなわけだ。そうなると困るのは俺と戦闘地域周辺住民」


 何が言いたいのですか。と言いつつ五郎の裾を引っ張り無理矢理足を止めさせ、焼肉屋に意識を囚われたエースの目は輝いていた。


「悪いが流石に今の手持ちじゃ心持たない。要はだな、さっさとお前のご主人様と合流しようって話だ」


「なるほど、焼肉パーティーですね! 今日は実に素晴らしい1日です! デザートには杏仁豆腐♪ むふふ~♪」


「おい、人の話聞いてたか?」


「叔父様はちゃんと店内を見ましたか?」


 呆れ声を漏らしつつ、彼もまた目線を焼肉屋へと向ける。すると、窓辺の席に隻眼の探偵の姿を確認出来た。

 彼の思考が一度完全に停止し、再び動き出した時にはため息が口から漏れ出てきていた。


「……呆れるほどいいタイミングだな。ほれ、あいつん所行って焼き肉を鱈腹食ってこい」


 そう言って彼女の背中を軽く押す。が、彼女は彼の腕を掴み引っ張りながら振り向く。

 上機嫌そうな素振りを見せつつ。


「叔父様も一緒に~♪」


 エースは満面の笑みを五郎に向けた。


「すまんが、相棒の作る夕飯を食わにゃ如何からな。また今度誘ってくれ」


「えー、気にしなくていいのに」


「例えば、ジョーカーが料理を作ったとするだろ。で、俺がお前を飯に誘う。したらどっち取る?」


「両方食べます!」


 即答で言い切られ、思わず肩を落とす。


「どっちかだけを選ばないとしたら、どっちを取るんだ?」


「そりゃ、ジョーカーです」


「だろ? そういう事だ。誘いは嬉しいが受けれない」


「あー、なるほど。では仕方ないですね」


 手を離し、道路を走って横断し彼女は振り返り。


「叔父様ー、また何時かー!」


 と、叫びつつ手を振っていた。


「おう、またなー」


 返事を返し、軽く手振ると事務所に向けて歩き始める。

 白い息を吐きつつ、宝石を散りばめたような星空を見上げこう呟く。


「今日の夕飯は何かな」


 ビルに着き、ふとミラーが異様に静かな事に気が付きスマホを取り出す。

 すると残りのバッテリーが10%を切っており、画面にはダンボールが表示されていた。


「……充電しないとな」


 ポケットに終い、階段を登っていく。

 3階に着きドアノブを捻ると鍵が開いており先に永久が帰ってきている事を察する。


「ただいまー」


 真っ先に返事をしたのは永久ではなく、猫の鳴き声であった。

 スズメが玄関でちょこんと座っておりその近くには、依頼人の猫が寝っ転がってキョロの尻尾で遊んでいる光景が瞳に映る。


「おう、随分と速いな。流石だ、飯食ってくか?」


 ドアを閉め目線を再度向けると、にゃー。と鳴き首を降っていた。


「分かった。少し待ってろ」

 

 頭を撫でてやり、中へと歩を進ませていく。


「ごろー、おかえりなさい。今日はカレーですよー」


 コートを脱ぎつつキッチンで料理をしている永久に返事をし、目線を落とすと茶トラの猫の姿があった。


「了解。キャサリンさんの娘さんはどうだった?」


 ハンガーに掛け、スマホを充電器に繋ぐ。


「とても騒がしい人でした。けど、悪くはなかったです」


「そうか。なら、良かった」

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