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25話 死体と犯行日

 程なくして電気が復旧し、しおらしい姿を見て稀に見る可愛さ。と不用意に口にした事からか、五郎はお腹を殴られていた。加減をしてくれていたようで、痛みはほとんど感じなかった。

 その後、呆れ声の菊地から情報がもたらされる。

 まず明日太の死亡時の各々の状況から、まず当主である源三郎氏。書斎で読書、アリバイを証明する人物は不在。


 メイド長である瀬戸川。2階の各部屋の清掃。アリバイを証明する人物はメイドの田崎で、彼女もまた2階の廊下の清掃中であった。物音とガラス窓の割れる音を不審に思い部屋を訪れ第一発見者となる。

 最後のメイドの近藤は、外でサボってタバコを吸っていた。アリバイを証明する人物不在に加えメイド長からの雷が落ちていたそうだ。

 料理長は厨房で夕飯の仕込みを行なっていた。アリバイを証明する人物はこれまた不在。


 次に探偵側。隻眼の名探偵の助手であるジョーカーは体調を崩し部屋で休息。アリバイ証明者は不在。

 続けて泰山該、部屋で昼寝、同じく証明者は不在。

 最後にキャサリンの部下である猫沖と根本。南館の探索途中、証明者はそれぞれの相方。後は中庭に居たため説明は省かれた。


「見事に中庭居た連中以外、居場所バラバラだな」


 彼から離れる事なくしがみついて菊地を睨みつけ続けている、お腹を殴った張本人の頭を宥めるように撫でつつ呟く。


「実に絞りにくいだろう。そちらは?」


 五郎は外の状況や考えを話すと、彼は唸り始める。


「二重脳力者か。正直、個人的には本当に居るとは思えん。俗に言う、電脳力の性質が変化するタイプの連中の事ではないのか? もしくは2面性のあるものか」


 彼が言っているのは前者は稀に電脳力発動中に能力そのものが変化してしまい、まるで2つの力を行使している連中のだ。後者は一連の能力操作があたかも2つ能力があるようにみえる者、どちらも能力自体は2つ行使しているように見え、確かに二重脳力者と言われたりもする。だが本物とは根本的に違う部分がある。


「あれは能力が変化してるが持ってる能力自体は1つで、同時には行使出来ない。他にも色々と違うもんだ」

 

「……まるで知っているような口ぶりだな」


「さてね。まぁ、実際に会ってみると分かる」


 遠回しに知っていますよ。と仄めかし彼の様子を観察する。


「ふむ。であれば機会があれば、一度手合わせしてみたいものだな」


「警察がそれ言うのはどうなんだ」


「こう見えても、割りと戦闘狂なんだ。でなければこんな仕事には着かん」


「きゃー! 旦那様格好いいー!」


 スマホから飛んで来る野次を無視し菊地はこう続ける。


「助手の方は何か気になる点等はないか?」


「……そうですね。あの詐欺師、いえ有名人連中には気をつけて下さい」


「具体的には?」


 と、彼が問いかけるが永久はそれ以上口を開こうとはしなかった。


「なんか、嫌な感じがするみたいでな。あのキャサリンって人も此方と手を組む気になるくらいには警戒してるみたいなんだ」


「なるほど。捜査協力してくれた御仁もか。肝に銘じておこう。礼を言う」


「ふん。勝手にゴローの弾除けに死なれたら困るだけです」


「弾除け、か。まぁなんでも良い」


「また無視、なのですー。……そういえば、もう1人の部下さんは?」


「あいつなら部屋でゲームをしている」


 そういうと菊地は立ち上がり、こう続ける。


「ゲーム、ついでに。此処の当主にも精々気をつける事だ。尤も、警察が此処に入れていない時点で、既に警戒はしてるとは思うが、一応な」


 彼は部屋を後にし、五郎達は程なくして寝床に就いた。

 翌日、予告状に記載されていた犯行日当日。

 五郎はベッドから叩き落とされた事により目を覚ました。

 虚ろな視界でスタンドライトを付け時計を確認すると、まだ4時を回った所で早朝にも程がある時間帯であった。ベッドに目線を向けると怖いからと添い寝をした相手の寝顔が瞳に映し出される。


「こいつ、こんな寝相悪かったか?」


 頭を掻き立ち上がると、あくびをしながらコートを羽織りドアの方へと歩いていく。

 ドアノブを捻り、飲み物を貰うため食堂へと足を向ける。


 廊下はシャンデリアの光に照らされており、明るかった。迎えの南館に目線を向けると各階が照らされているようであり、北館も同じなのだろう。と考えつつ階段を降りていく。


「ん? ……あぁ、油断した。1人で来たのは失敗だったな」


 下の階の電源が落ちており、真っ暗の2階の廊下を見て思わずでた言葉であった。

 急いで振り向き部屋へと戻ろうとするが。


「何処へ行く?」


 仮面をつけ、変声機を使っているのか機械が発しているような声の人物が立っていた。そして、露出している目はオッドアイであった。

 奴は五郎の肩をトンッと押し、突き落とす。


「うおっ!?」


 咄嗟に頭を手で守り、階段を転がり落ち暗闇の中へと倒れ込んだ。


「って、てて……能力、使わないのか?」


 周囲の目線を向けつつ奴に話しかける。

 何か使える物がないか。何時もの癖で探したはいいものの、明かりという明かりもない暗闇の中見つける事は不可能に近かった。


「一般人相手に、不要だと思うがね」


「の、割りには臨戦体勢に見えるがもしかして臆病なのかな? "二重脳力者"さん」


 ゆっくりと立ち上がると、後ずさりするようにして後ろに下がり息を吸っていく。


「MBC……いや第一世代と一緒にいる時点で、気がつくべきだったな。お前も一般人ではない事に」


 MBC? と疑問を脳内で反復すると奴の腕に電撃が迸り始める。


「助けてくれー!!」


 叫びコートのポケットに手を入れ振り向いた。


「今更助けを呼んでも、遅い」


 奴は階段を飛び降りると歩いて五郎へと近づいていく。すると、ピンを抜き1つの筒を後ろに向けて放って、耳を塞ぎこう言ってやる。


「あぁ、知ってるよ」


 それは炸裂し、耳を刺すような音と共に閃光を周囲に撒き散らす。


「んなっ!?」


「いい目覚ましだろ?」


 スタングレネードで足止めしつつ、その閃光を使い周囲の地形を再確認。そして、離脱。

 そう画策していた五郎は、予定通り走り出した。が、後方から近づく足音が聞こえ小声で悪態をつく。


「まともに食らってろっての!」


 恐らく行動が読まれ、炸裂する瞬間に片目ないし両目を瞑っていたのだろう。

 後方に淡い光を感じ目線を向け確認する。と、腕に雷撃を纏わせたヤツがすぐそばまで接近しており、吾郎は嫌な予感がして転がるようにして倒れ込む。

 直後、雷が迸る腕が空を掴むも、殺意に満ちた瞳が五郎を捉える。


「手こずらせるな」


 死。という言葉が脳裏によぎった時、高速で近づく足跡が聞こえてくる。

 一瞬、雷を纏った腕と能力で出来た半透明で出来た剣が接触し火花と共に、金属音のような音が聞こえてくる。

 そのまま立ち位置を変え、五郎を庇うようにして前に立つと身構えた。


「こんな最低な、目覚まし始めて。まだ耳が痛い。鼓膜破れてたらどうしてくれましょうか」


「……一連託生。エースちゃん、だったか? 正直助かった」


「礼は退けてからお願いします」


 すると二人と隔てるようにして半透明の壁が発生し、放たれた雷撃がソレと激突し弾け飛ぶ。


「いや、もう大丈夫だ。騎兵隊の登場ってな」


 階段には永久と菊地の姿があり、両者共に薬を服用しタトゥーが浮かび上がっていた。


「誰かは知らんが、言い訳は聞かん。あがないはブタ箱で、懺悔は法廷でやれ」


「私はただ、叩きのめします」


「っち、流石に此処までか」


 2人が距離を詰めようとするも、瞬時に窓ガラスを割り外に出ると、奴の背中から翼が生え飛んで闇夜に消えていく。


「旗色が悪くなると途端に無理せず撤退か。面倒そうな相手だな」


 五郎が呟くと、明かりが付きゆっくりと立ち上がる。


「んじゃぁ、改めて助かった。ありが、ぶっは!?」


 彼女の身体に目線を向けると可愛らしい下着の上に、歳に粗ぐわぬスケスケのネグリジェを身につけた姿があらわとなる。想定外の格好に彼は思わず吹き出し両手で目を覆っていた。


「んなー!? ゴローのロリコン、変態! 色情魔ー!!!! えっち! えっちなロリコンは逮捕ですー!!! いや極刑!!」


「知るかっ、俺は何も悪くねぇ!!!」


「何を騒い、で……」


 エースは2人の慌てっぷりに呆れ声で返そうとするも、自身の姿を見て目を見開き固まる。


「仕方ない。うん、コレは仕方ない」


「そうそう、仕方ないからとりあえず俺のコートでも着━━」


 五郎はコートを脱ぎ彼女に手渡そうとするが、首に痛みを感じ一瞬で意識を持っていかれる。


「意識刈り取られても、仕方ない」

 

 彼女のゴミでも見るような目と共にその言葉が耳へと入ってくる。

 そして次に目を覚ました時は夕刻で、借りている部屋のベッドの上であった。

 首には湿布が貼られ、痛みも残っており夢ではない事を確認する。目線を右にずらすと椅子に腰掛け、顔が傷だらけの永久が目線に入ってくる。


「ゴロー!? 大丈夫ですか!? 三途の渡りましたか!? 閻魔様は糞でしたか!? 痛い所はありませんか!?」


 そして、彼が目を覚ました事に気がつくと途端に慌てて質問攻めにしていた。


「心配するのか、死ねと言ってるのかどっちかにしろ」


 体を起こし窓に目線を向け、最悪だ。という言葉が頭に浮かび上がっていた。


「ふぅ、そういう事言えるのでしたら大丈夫ですね。で、なんで夜あの様な場所に? あの腐れクソビッチ色情魔淫夢さんでも襲いに?」


 この顔とこの呼び方。そして、あの時の状況を踏まえて考えると、意識が飛んだ後一戦交えているのは想像に難くなかった。


「厨房に水を飲みに行こうとしただけだ。こうなるなら、お前を起こして一緒に行くべきだったんだろうが」


「我慢して下さい変態。って言ってたと思います」


「だろうな」


 苦笑し、枕元に置かれているスマホに目線を向けると画面にはダンボールが映し出されていた。続けて電池残量を見ると10%を切っており、省エネモードに入っている事に気がつく。

 ベッドから降りると鞄から充電器を取り出す。


「んで、何か進展はあったか?」


「特にこれと言ってなにも。あれから犯人は犯行に及んでませんし、他の方々は屋敷の調査を進めていただけですし」


 充電器を差し込むと、ヒョコとダンボールからミラーが顔を出す。


「ボス、おはようございます♪」


「おう。おはよ。そうだ。早速で悪いが、"レーベンの被害者について"調べてはくれないか?」


「ふぇ、被害者ですね。了解なのです~。旦那様にもラヴコールでお伺いをたてるのです。なのです~」


「そんなの調べてどうするんですか?」


「ちょっとな」


 ふと、銀行強盗と遭遇した時に目に入った評論家の討論に、"入り込まれた被害者の情報が、数日後に何者かにリークされるかもしれない"。という内容があった事を思い出したのだ。そして、殺人が行われた現状でなおも、警察が満足に入り込めていない状態に引っかかるモノを感じていた。

 突然、数度のノックがされスマホの電源が落ちる。五郎が返事をすると、根尾さんが紅茶とサンドイッチを載せた木製のトレーを持って部屋に入ってくる。


「澤田さん、起きられたようで何よりです。体調はどうでしょうか?」


「首が痛い程度でもう平気です。ご心配をおかけしました」


「いえいえ、我々としても一安心です。小腹が空いていましたらこれでもどうぞ」


 トレーをテーブルの上に起き、彼は1つのチャック付きの小さなナイロン袋を取り出した。

 中には砂粒のようなモノが入っている。


「早速で悪いのですが、昨日の調査結果をお伝え致します」


 ナイロン袋に入っていたのは砂鉄だそうで、被害者の部屋に落ちていたものだという。

 犯人のモノと思しき指紋は特になかったらしい。


「砂鉄に電気か」


 1つの仮説を立てることは出来た。だが確証はない。


「ふむ、その顔を見る限り我が主と似た答えに辿り着いた。と見ていいですかね」


「根尾さんはどう思います?」


「私ですか? そうですね、あり得なくはない。と言った所でしょうか」


「曖昧ですね。もっと具体的に」


「あはは、時柄ちゃんは手厳しい。具体的に、ですか。基本的には出来ない考えですが、出来た場合緻密な電脳力の操作が行えるという事。つまり、1つの能力で2つや3つの能力を行使している風に見せかけられ、非常に厄介。こんな感じでどうでしょうか?」


「十分です。ご丁寧にありがとうございます」


 襲撃に逃走経路と手段。そして、この情報。殺した手順や手段は粗方想像が出来る。だが、肝心の犯人が絞り込めない。

 何かを見落としている。もしくは、そういう風に仕組まれている。そんな気がしていた。


「さて、主からの伝言です。殺人鬼にかまけてるのもいい加減にして、今夜どう致しますの。だそうです」


 五郎はテーブルまで歩いていくと、サンドイッチを手に取る。

 殺人鬼の逮捕協力も大事ではある。どうするか。


「ちょっと待ってもらえますか? もしかしたら、我々の数的有利を活かせる場面かもしれない」

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