異世界ボトルメール
白香堂の猫神
第1話 瓶詰めの想いは次元を超える
愛用の万年筆を片手に紙……便箋に向き合って、かれこれ一時間。
私は一言も書けぬまま、視線を落とし続けていた。
私、
地球とは違う、煙と歯車の世界。でも、魔法の様な物がある不思議な世界だった。
何も解らぬまま、見知らぬ世界に放り出された私は、助けてくれた人達と共に、元の世界に帰るための方法を探して旅をした。
本当にあちこち旅した。
深い森、海の遺跡、燃え盛る荒野に天空の神殿。
おとぎ話の様な場所を私は冒険して、私が呼ばれた理由を知った。
知ったけど……子供だった私には何もできなくて、結局、気休めにしかならない程度の結果しか出せなかった。
なのに、仲間は……私を助けてくれた人達は誰一人、私を責めなかった。
優しく笑って、こんな事は忘れてしまって良いと、忘却の魔法をかけて元の世界に私を帰してくれた。
元の世界に帰って来た私は、あの世界の事を何もかも忘れてしまっていた。
魂が抜けてしまった様な空っぽの心。でも……。
「忘れたくない」
私に残っていたその願いが、失くした物を取り戻せと叫ぶ。
それからは、白紙になってしまった絵に手探りで色を塗る様に、私は日記を書き続けた。
何度も何度も記憶を辿っては、書き直したりして少しずつ、思い出していった。
そうして十年、私は『私が救えなかった世界』の記憶を完全に取り戻したのだった。
「はぁ……」
ため息を吐いても、言葉は振って来てくれない。
日記と並行してもう一つ、私には日課があった。
あの世界の仲間に手紙を書く……そんな、浅はかな子供が考えた、馬鹿みたいな日課が。
楽しかった事、思い出した事、何でも無い日常の出来事を書いては、小さく折りたたんで、お酒の瓶やお菓子の入っていたボトルに詰め込んでいった。
初めはいっぱいになれば、思い出せるんじゃないかって思ったから始めた事。次第にいつか皆に届くんじゃないかって、期待に変わって。
昨日までは捨てられない宝物みたいな、大切な想いの塊だった。
でも今は、違う。
これは、もう意味の無い物になってしまった。ただ重いだけのゴミ。
今だって、身体に染みついてしまっていたから、便箋と睨めっこしているだけ。
「本当、馬鹿じゃないの……私」
ポタポタと便箋に涙が零れ落ちる。
だってそうでしょう?
世界を救えなかった、出来損ないの救世主からの手紙なんて、受け取ってもらえる訳が無い。
誰も責めなかったけど、心の中では罵倒していたのかもしれないし、失望だってされただろう。
要らないから帰された私が、皆を仲間と言う資格なんて無かったのに!
分不相応にも皆への想いを手紙に込めて、届けたいなんて願ってしまった。
「……っ、……うぁ」
痛い、痛いよ。
温かったはずの記憶が、今は刃物みたいに冷たくて、痛い。
認識した罪悪感が私の心を切り刻んだ。
「……ごめ、なさっ……」
意味の無い謝罪を私は繰り返す。
そんな事をしたって、時間は戻らないし、あの世界が助かる訳じゃ無いのに。
私にできる事は、謝る事だけ。許される事の無い謝罪を、壊れた玩具みたいに繰り返した。
泣きまくって、何とか落ち着いた私は、最後の手紙を書いて一番新しい瓶に入れた。
私が書いた異世界へのボトルメールは全部で七つ。
その全部を鞄に詰めると、私はフラフラとした足取りで海へと向かった。
刑事ドラマのラストシーンみたいな、海へ張り出した崖の上へ。
青い海と空が溶け合う様な景色に、少しだけ笑顔になれた。
「ははっ、重いなぁ」
みっちりと手紙が詰まったボトルメール。それが七つもあるなんて、こんな重い女もそう居ないと思う。
でも、この想いは持っていては、いけない。持っていられなくなった。
子供の時には理解できなかった、私の罪。
それを理解してしまった今、前の様に皆を想っていてはいけない。
ギリギリまで近づいて、鞄の中のボトルメールを崖の下へとぶちまけた。
送る先が無くなってしまった手紙は、宝物として持っていられなくなった想いは全部、捨ててしまうしかない。
落ちていくボトルメールを見つめていると、それは起こった。
「……え?」
岩に当たって割れるか、海へ流されるはずのボトルメールが一瞬のうちに全部、消えてしまった。
透明な穴でもあるかの様に、跡形も無く。
「な、なっ、えぇっ!?」
地面に膝をついて目を凝らして、崖の下にボトルメールを探しても見つけられない。
目をこすって、頬を抓ってみても普通に痛い。夢じゃなくて現実だと伝えてくる。
不思議な現象に私は言葉も出ないまま、しばらくの間その場で固まっていた。
何かが落ちてくる様な音がする。
また、何処かのパーツが外れたのか? 眠気を何とか追い払って俺は目を開けた。
「……? 何だこれ?」
目の前には見覚えの無い瓶がある。中には色とりどりの紙? だろうか? それが満杯になるまで詰め込まれていた。
身体を起こして、辺りを見回すと俺の周りに形や種類は違えど、紙の詰まった瓶が
七つ落ちていた。
「これが落ちて来た音だったのか? いったい何処から?」
此処にはそもそも瓶なんて置いて無い、ガラスなんて真空管くらいしか無い。
上を見上げてみても、灯り水晶の生えた天井しかなかった。
視線を戻して、よく見てみると一つだけ蓋が開いていた事に気が付く。飛び出した中身を一つ摘み上げて、掌に載せると折りたたまれていた紙が少し、広がった。
そのまま開いてみると、それは手紙だった。
綺麗な筆跡で懐かしい文字が綴られていて、俺は久しぶりに笑う。
「夏花の世界の文字……か」
かつて一緒に旅をした小さな女の子。
泣き虫で、頑固で、正義感の強い温かい子だった。互いに文字を教え合ったりした思い出は、今も鮮やかに思い出せる。
「元気でいるかな? ……泣いたりしていないと良いけど」
それだけが心配だ。
俺達はあの子に色々なものを押し付けてしまった。負わなくていい重責を背負わせて、無理をさせた。
小さな子供に、世界の命運と俺達で解決するべき問題を押し付けて、救いを求めたのがそもそもの間違いだったのに。
自分達で解決しなくちゃいけなかった。
あの子を傷つけた償いに、俺達はこの世界の記憶を消して、あの子を帰した。
夏花の様な子を出さないために、今度は俺達で世界を守って行こうと決めて。
手紙を見つめていると、ある事に気が付いた。
文字は滲んでいないのに、紙のあちこちに濡れた跡がある。書く前に泣いたみたいに。
何故か、あの子が泣いている姿が頭に浮かんだ。
「まさか……」
そんなはずは無いと、俺は手紙を読む。知らない文字もあるが、何とか読めるところをつなぎ合わせて、目を見開いた。
あの子は……夏花は、俺達の事を思い出していた。
俺達を救えなかった事、手紙を書き続けた事を謝り続けている。
「馬鹿だな、夏花」
俺達は誰もお前を責めないし、嫌ったりもしないのに。
むしろ、守りたかったから、記憶を消して元の世界に帰したのに。
「お前は何も悪くないのに……」
手紙を胸に当て、夏花の代わりに抱きしめる。
「ごめん、ごめんな……」
泣くなと言ってやりたい。
罪悪感に苛まれているであろう、大切なあの子を泣かせたままにしたくなかった。
会いたいと、強く願った。
でも、もう奇跡は起こらない。こうして手紙が届いた事だって奇跡なのに。
二回目なんてありえないのだから。
俺は手紙を抱いたまま、声が嗄れるまで泣き続けたのだった。
これは夏花が再び、件の世界に召喚される一週間前の出来事。
手紙を受け取った彼と、彼と年齢が逆転してしまった夏花の再会がどうなったのかは、また、別のお話。
異世界ボトルメール 白香堂の猫神 @nanaironekoft20
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます