サイノカワラ

@makisuke

第1話

「外にいたんじゃ聞こえないから、中で待ってたらいいんじゃないの」

入り口の近くで、煙草をふかしたヤンキー風の男は、私にそう話しかけた。

私はおろしたてのファーコートと白いニットのワンピース、この状況に似つかわしくない格好で1月の寒空の下にいた。


焦燥しきった私は、そんな男の言葉でも仏の言葉のように聞こえ、無言でうなずきバラックの中に入った。

中は石油ストーブがたかれ、かすかにテレビのバラエティー番組の声が聞こえた。並べられたベンチ椅子には、無表情な老人が地蔵のように座っていた。

後ろの売店では、昭和の映画女優のような地味な美人が、文房具やら湿気った菓子のようなものを売っていた。私はそれを五千円ぶん購入した。よく見ると、桐タンスのような高級品も雑然と並んでいた。購入の際に領収書のようなものに氏名などを書かされ、ほどなく緊張のあまり腹痛に見舞われた。


急いで入った先は、最近は目にしないような、段差のある和式便所だった。ネットに入った消臭剤、音を立てて回る換気扇。自分の人生に入り込まなかった現実が私を侵食した。

便所を出てしばらくすると、館内放送で番号が呼ばれた。私は緊張に手を震わせながら、バラックを後にした。


男が私に声をかける。「なんで···」言いかけてやめた。ここにたどり着いた理由は皆同じはずだ。私は待ち人のいる接見室に向かった。

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