子の心、親知らず
鍵山 カキコ
お母さんへ
お久しぶりです。私です。由美です。
「家を出てもう6年くらい経つけれど、手紙って書いた事無いなあ」と思ったので、思い切ってレターセット買って、今人生初の母への手紙書いてま〜す。
まあ前置きはこのくらいにして。
書きたい事は山ほどあるけど、初回だし、思い出話でもしましょうか。
といっても、あんまりエピソード無いよね(笑)。いや別に、お母さんに恨みとかはないよ?
頑張って働いてくれてたもん。感謝しかないよ。今だって、私お母さんがいなかったら実家住まいだったかもしれないし。
でも折角の機会だから、本音を言わせてもらうと……
結構、寂しかったかな。
一人っ子だったのも手伝って、余計にね。兄弟いれば、また変わっていたのかもしれないけど。
学校行事にも来てくれないし、良い成績をとっても、話をしたくても、「忙しいから」の一言で相手もしてくれない。
本当私、どうして捻くれなかったんだろうね。
でもね。
一番悲しかったのは、辛かったのは、どんな事だと思う?
お母さんに、分かるなかぁ。
正解は、『手作りのご飯を食べたことがない事』でしたー! 分かった?
私ね、美麗ちゃんが「これお母さんが作ってくれたのー!」って言ってお弁当食べてたの、今でも覚えてるんだ。四歳の頃の話だけど。
あと、「これはお母さんと、二人で作ったやつ! 朝、お父さん美味しいって言ってくれたんだよ」とも言われたなぁ。その時私どんな反応を返せばいいか、分からなかったよ。私に『父親がいない』って知ってからは、美麗ちゃんそんな事言わなくなったけど。
いつもいつもお惣菜とか冷凍食品とか。忙しいのは充分判ってたけど、それでも不満に思った。「どうして手作りしてくれないの?」って気持ちで満ち溢れて、静かに枕を濡らした夜もあったくらい。それを声に出してない分、私って手の掛からない、良い子だったよね〜。アハハッ。
一人暮らし始めてからは、ちゃんと自炊してます。けどかなり忙しくて、大変です。
お母さんがあれ程バタバタしていたもにも、頷けてしまうくらい。
でももう、お母さんも忙しくないはずです。(少なくとも昔よりは)
だから、今度実家に戻ったら、貴方の手作りのご飯が食べたいです。一緒に作ることもしたいです。
こんな手紙書いていたら、涙も溢れて、お腹空いてきちゃった(笑)。
では今回は、この辺で。
絶対にご飯作ろうね。
由美
❂ ❂ ❂
住宅街に佇む、普通の一軒家。
そこからは、二人の女が談笑する声が聞こえる。
家の中には、美味しそうな香りが漂っている。
「あら由美。中々上手いわね」
「まあね。一応、しっかり学んでるんで」
「しかし意外だったわー。まさか貴方が私のご飯を食べたがっていただなんて」
野菜を切りながら、母親は手紙の内容を話題に出す。
「ご飯は大切でしょ? それに、美麗ちゃんが話してきたのもあってさ。悲しくなっちゃって」
「でも今はこうして料理してる訳だし」
「……今、私最高に幸せだよ!」
『いただきまーす!』
二人とも、笑顔で手作りのご飯を口に入れていく。
「おいしー! おいしー!」
こんなに満ち足りた気持ちで食事をするのは、由美にとって、そして母親にとっても、初めての経験だった。今だけなら辛い過去も吹き飛んでしまいそうな気がしていた。
しかし、幸せは束の間。
由美は家に帰っていった。悲しげに娘を見送った母親は戸棚から、手紙を取り出した。
娘から送られてきた、彼女の宝物。
それは所々、字が読みにくくなっていた。二度も涙に濡れれば当然と言えるかもしれない。
手紙を机に置いて、母親は再び戸棚から物を取り出す。
色褪せた便箋と、購入したものの一度も使用していなかったボールペンだ。
母親は眼鏡をかけると、椅子に座って便箋に文字を書き始めた。
そこには、やたらと『手作りのご飯』というワードが登場したという。
子の心、親知らず 鍵山 カキコ @kagiyamakakiko
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