ミルクティーの味は、青春の味。

木奈子。

1,

「いらっしゃいませー」と、女性の柔らかい声が、ドアを開くのと同時に店全体に響き渡る。


カウンターに私は近づくと、後ろから彼がちょこちょことあとをついてくる。

「アイスミルクティーのSサイズを二つ!」

「かしこまりましたー」


20代ぐらいの女性の店員さんのその一言がかけ声になり、カウンターの奥でミルクティー二つを作ろうと、別の店員さんががやがやし始めた。


「君一人でミルクティーSサイズを2つ飲むの?」

「あほ。一緒に飲みたいから2つ頼んだのよ。」

「僕の意見も聞かずに?」

「じゃああなたは何が飲みたかったの?」

「ミルクティーのSサイズ1つ」


呆れるのと同時に、少し緊張が緩んで、頬の筋肉が柔らかくなって笑いを零した。そんな私を見て、彼も安心したようで、「ふぅ」と、息を吐き出した。


「アイスミルクティーのSサイズ2つをご注文した方ぁ!」


呼ばれて彼が「はいはぁい」と手を振りながら言い、再度カウンターに向かう。その間に、私は近くのテーブル席を探すため、店の中をウロウロした。




数分後、私達はミルクティー+お砂糖のカップ1個分×2人分をずずず…とストローですする。


やっぱり美味しい…。ちょっと苦い大人な味のティーに、甘いミルクととても甘い砂糖がいい感じにあわさっている。氷が入ってるのにも関わらず、少しとろみがついててより味を引き立ててくれる。


今どんな顔してるんだろう…美味しそうな、幸せそうな顔してるかな…。


少し、ほんの少し彼のことが気になって、顔をちょびっとだけあげてみる。


白のキャップに、スポーツブランドの黒のパーカー、そしてジーパンという、まさに現代の男子!!!!って感じ(どうやら白のキャップは寝癖を隠すためなんだとか)。


こちらも私のように音を立てながらもミルクティーを飲んでいる。しかし、顔が「うーん…。」ってなっている


「どうかしたの?」

「いっいや…その…」


待ってこれ聞いて大丈夫だった?不安に感じる。

まずいとか言われたら、私の心は割としんどくなる。

とりあえず「ん?」と、笑顔で先を促す。


「なんか…」

「うんうん」

「…苦くね?」


えっそれ?!もう彼が可愛すぎる。予想外すぎる返事だったので、その場で爆笑…の1歩手前で踏みとどまる。

この様子を見ていた彼は、ほっぺを膨らませた。

「なんで笑うのー!」

「だっだってさ…そりゃ…ミルクティーだって…苦いでしょ…!」

笑いすぎて、息が続かなくなり言葉一つ一つが途切れる。


「ちょいとかしてみ」と私は言って、彼のミルクティーを手に取ってストローでぐるんぐるん中身をかき混ぜる。その後何度か飲んでみて、「ほら!飲んでみなはれ!!!!」と、ミルクティーを彼の手元に戻す。


ごくごく…。

「えっめっちゃ美味しいんだけど。」

「でっしょぉー!!!!!」

めっちゃドヤ顔で言うと「そんなドヤるなよ」と少し笑って彼は言った。


「なんかね、ミルクティーって甘いとこと苦いとこあるわけですよ。」

「確かに…今めっちゃ甘い。」

「どれだけかき混ぜても苦いとこばっかだと嫌よね…」

「確かに…今僕のはめっちゃ甘いよ。」

「わかったよ!そんなに甘いのね!!ちょっと飲ませて!」


どこまでも甘いことを主張してきたので、仕方がなく彼のミルクティーを飲んでみる。その間に彼も私のミルクティーを手に取る。


「あっ甘っ!!!」

「苦い…。」


あまりにも味が違いすぎて、お互いしばらく沈黙。

ここのお店のミルクティーは、とにかく美味しい。最近できたばかりのお店なので、このミルクティーの美味しさは私しか知られてなかった。だから、彼が美味しいって言ってくれた時は、とっても嬉しかった。


「そういえばさー」

「ん~?」

珍しく彼から声が掛かる。基本は私からぴーちくぱーちく話しかけることが多いのに。


「なっなに?」

「昨日はおつかれさん」

爽やかな笑顔を私に分け与えて、そう告げる。

やっぱり彼は、私の予想に反した言葉を言うんだな。


昨日は卒業式だった。長時間立ったり座ったりの連続、上っ面だけの歌と言葉を言うだけですごく面倒だった。何故こんなに仰々しく行うワケがわからない…。


「なんで卒業式ってあんな大袈裟にやるんだろね。」

「それな。在校生まで巻き込んでやるとか申し訳ないよね。」


そのあとは在学中の話をグダグダと、そして未来の話までずっと2人でしてたんだ。

私のミルクティーの味は、最後までずっと苦いままだった。




帰り道、燃えるような夕日が空や私たちを染め上げる。雲が、煙のように細くたなびいていた。どこかで子供たちが、手を叩いて遊んでいる音が聞こえた。


世界が真っ赤に染めている。近くの川辺も、空を写していた。真っ赤な世界を見つめていた私は、少し寂しく感じる。


今日は、沢山話した。変えられない未来の話ばかりですごく嫌だったが、でもキミといられただけで幸せだった。


もう、このまま別れのときを迎えるのか。

一生会えない別れへと。

思いがどんどん重くなって、体が耐えきれなくなる。


目の前を歩いている彼の、黒のパーカーの袖を、ちょっとだけ引いてみる。


「ん?」

少し驚いて、彼が振り返る。その時はもう既に遅かった。


「目をね…目を閉じると…おかしいぐらいにキミがいるの…。」

だめだ。目から涙か溢れ出る。言葉もそれに比例して、ポロポロとくちびるからこぼれでる。


「ずっとそばに…キミを感じられたの…」

視界が涙で崩れ始める。美しすぎる夕日が逆光になって、彼の顔がわからなくなってうざったるい。

「ずっと…キミが…」



どうか、どうかいかないで。そばを、はなれないで。



その言葉が口から出ず、涙が邪魔して私は目を拭かざるをえなかった。どっかいってよ。私の大切な思いぐらいは、言わせてよ。


ぼぅっと、しばらく彼はびっくりして立ちすくんでいたが、私が何を言いたかったのか理解した。

「そう…そうだよね…。」


やっぱり彼もしんどそうな顔をして、こちらに向かってくる。そして、大きく腕を広げて、私を包み込む。


心臓が跳ね上がった。めっっちゃびっくりしたからだと思う。

彼の腕の中はとても暖かく、ぬくぬくした気持ちになる。顔を彼の胸に埋めると、上から声が聞こえた。

「ごめん…自分勝手で…あまりにも酷すぎるよね…。」


声が震え始める。不思議。声が震えるなんてことは、出会った頃から1回もない。少し驚いて、彼の顔を見ようとする。

すると、後ろから手を回されて、無理やり私の顔を押し付けて、より深く、少しきつく包み込んでくる。


「な、なんでそんなきつくする…」

「お願い。」

「…え?」


私を遮るように言う。謝ってるようにも、怒っているようにも聞こえない。静かに、次の声に耳を傾ける。

「お願いだから…」

「うん…」

「僕の今の顔を見ないで。」



その言葉、いや、その彼が発した音が私の鼓膜に届いた瞬間、今まで堪えていたものが壊された。



もっと、となりにいたかった。

もっと、となりにいるべきだった。

もっと、愛したかった。

もっと、愛してあげなくてはいけなかった。

もっと、愛されたかった。

もっと、もっと、もっと!



数えきれない「もっと」が、滞りなく出てくる。前からあった私たちの「もっと」は、行き場のある空虚な「現実」によって阻まれる。


それが悔しくて、悲しくて、でもどうしようもなくて、ずっと私は彼の腕の中で泣き続ける。彼も、自分では言わなかったが、私の肩に顔を押し付けて啜り泣く。



どのくらい時間が経ったんだろうか。もしかしたら神様が時間を止めてくれたのかもしれない。しばらく抱きしめあって、泣き続けたあと、とうとう彼は言った。「もう行かないと。」


この意味がわかった私は、目を必死に手で隠しながら後ずさった。

できるだけ、何も心配していないような感じで私は言う。

「そっか…気をつけてね。」

「うん。」

「向こうでも元気にしててね。」

「うん。」


何一つ発展しない、でも私の想いがちゃんと入っている会話が続く。それだけで私は、深い安堵感に襲われてしまった。でも、幸せだった。


「でも」

大きく息を吸って、何かを決意したように、彼が言う。



「無理にまた会おうとしなくていいからね!」



笑顔で、大好きな大きい笑顔で彼が言う。だから、私も彼が大好きな大きな笑顔、大きな声で言う。

「うん!」


とても満足した様子の彼は、それでも少し目から涙をこぼしたものの、静かに川の方へとあるいてゆく。そして、川のむこうがわへ消えていった。


口には、まだかすかに苦いミルクティーの味が残っていた。

そのことに気づいた頃は、世界中のどこにも「彼」はいないのであった。

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ミルクティーの味は、青春の味。 木奈子。 @kinakooo3

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