第21話 僕には分かりかねるけど

 如何にリスカと言えども、全ての未来の把握までは難しいが、しかし起きてしまったことには知ろうとしなくとも彼女には分かってしまう。自分のせいかも知れない人死にに、いかに自分が関わってしまったか、と言うことが奇しくも分かり切ってしまう。


「だから、『犯人が誰か分からない』で終わらせるのもあり、というかボクが積極的に引っ掻き回してそういう結論に導くのが最善じゃないのかなあ、とは思ってたんですよね」


 と、リスカは笑いながらそう言った。


 言葉はちっとも笑っていなかったが。




 結局のところ彼女の悩みは未だ、最善を推し量れていないということに起因しているらしい。一挙手一投足が他者の死に繋がりかねない彼女には安易な行動をとることは出来ない。


 況してや、他七日リスカはシャーマンキングのように死者を生き返らせる術は会得していないのだから。


 六分魅住職は女子中学生の命より重いとあの掛け軸のことを呼んでいたが、大昔に結論が出されたように人命は地球よりも重いのだ。


 「もし」「仮に」「万が一」リスカが掛け軸「ごとき」の事件を解き明かすことで誰かが死ぬというのなら、それは確かに黙っていた方が良いのかもしれない、僕だってそうも思う。


 リスカの空恐ろしさはそこにあるのだ、実際似たようなパターンはかつて幾度もあったし、ことで犯人を見つけることでそのまま殺人事件に発展してしまう可能性も同じくらいあるとは言え、「人為掛け軸落書き事件」を紐解くことで事態が悪化するかも知れない。


 それは他七日リスカ、五百人もの死体の上を渡り歩いてきた少女の「死神」属性を鑑みれば当然の懸念――しなくてはならない予防だろう。


 そんな「死神」性を孕むからリスカはいつも自室に引きこもり、彼女に対する安全装置として彼女の知人がリスカ専属の教師となり、修学旅行に参加するだけで職員会議が開かれ、自由行動の日にこんな辺境に隔離され、上樵木にはこの世ならざる者を見るような目を向けられているのだから。


 それは当然の処置だろう。



 ――もし他七日リスカが本当に「死神」だというならば、の話だが。



 他七日リスカは「死神」ではなく「探偵」である。


 彼女の周りで人が死ぬのは偶然の出来事で、その「探偵」属性に幾らか起因するのかも知れないが、そんな厳重な包囲網が敷かれるのは僕には到底理解できない。


 まさか、謎の解明と人の生き死にに何か因果関係なんてあるはずがあるまいに。


 真実を解明してしまったから人が死ぬ――そんなことで人が死ぬなんて起こるはずもない。


「お前がなぜいつも足踏みしているのか僕にはけど、お前にとって分かりきった事件なら解けばいいだろ? 簡単じゃないか」


「あはは、お兄ちゃんも人が悪いですね、わざわざボクに言わせるんですか」


 リスカは心ここにあらずと言わんばかりに笑う。


 それを見て僕は――


「いいや、分からないね、分からないよ――それに僕は人が悪くなんかねえよ」


 そしてリスカだって悪いなんてことあってたまるものか。


 他七日リスカの前で人が死ぬ、僕はそんなもの信じていない。


 もし、仮に、万が一そうだったとしたってそれがどうしたという話だ。


 死に立ち会わない医者なんてこの世にいないだろうし、死に立ち会うだけで彼女が死神というのならば電車の運転手は半分くらいは死神だろうに。


 だったら世のお医者様達は人の命を救うことをやめるのだろうか?


 将来人を轢き殺すかもしれないから人を運ぶ仕事を放棄するって言うのだろうか?


 そんな話は聞いたこともない。死に立ち会う彼らは死に立ち向かっているはずだし、そうならないように立ち回っているはずだ。


 ――そして、それでもなお避けられない死を前に彼らは死と自らの職責から逃げることなく自分を貫いていることだろう。


「……銭の奴も帚木の御大も、誰も彼もお前のことを『死神』と呼ぶけれど、僕はお前のことをそんな風に呼んだことはないだろう?」


 他七日リスカは「不登校」で「探偵」である。


 僕にとって彼女は愛すべき女子中学生である――否、それだけでしかない。


 数多の事件に巻き込まれる、なんてのは類稀なる推理力なんかよりも圧倒的に「探偵」の所作であるとは確かに僕も信じているが――しかしそれだけで探偵になれるほど「探偵」という職業はお安く売っていない。


 僕がリスカを尊敬しているところは――かっこいいと思ってるところはリスカが決して逃げないところだ。


 そろそろ僕だってリスカが事件を呼ぶことはもうそろそろ認めなきゃならないだろう、ひょっとするとその過程で確かに人が死ぬかもしれない――けれどリスカはそれでも事態を解決してきた。


 だから僕はリスカのことを「探偵」と呼ぶのだ。


 リスカは確かに事件に巻き込まれる――それはもう巻き起こすと言ってもいいかもしれない。


 けれど必ず自分でその責任を取るのだ、巻き起こした事件は必ず収束させる――それは決して解決ではないかもしれないけれど、自分の尻拭いは自分でする。


 彼女を愛しく、大切に思う僕から言わせれば決して自分のせいじゃない出来事を自分自身で抱え込むリスカの姿勢は好ましくはないが、しかしその健気さには心を打たれる。


 ――いや、僕だけじゃない。


 そんな風に不条理に喘いで、厳しい現実に立ち向かって、醜悪な悪意に阻まれて――それでも倒れまいとしているリスカに心を打たれない奴が居てたまるか。

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