絵の向こう側

勝利だギューちゃん

第1話

「紙に描いた絵は生きている」

死んだ祖母が言った言葉だ。

祖母の事は、嫌いだったが、その言葉だけは耳に残ってる。


普通、紙に描いた絵には、それだけでは命が無い。

その絵に、言葉と命を与える仕事、それが声優。

その声優の演技次第で、キャラクターはどうにでも化ける。

それだけ、声優の存在は重要だ。


自分の絵が、しゃべって動くところを見てみたい。

誰もが、一度は思った事があるだろう。

当時は、好きな声優さんに演じてほしいと願っていた。


しかし、それが現実となると、好きな声優さんよりも、

イメージに会った人に演じて欲しくなる。

ベテランでも、新人でも構わない。


妥協はしたくないのだ。


「さてと・・・」

俺は身支度をして、出かけた。


「忠彦先生、行ってらっしゃい。気をつけて」

「ああ、留守を頼むよ」

アシスタントに声をかけられ外へ出た。


俺の名は、五月忠彦。

一応、イラストレーター。

今回、俺のイラストがアニメ化される事になった。

テレビではなく、OVA。

幼い頃からの、願いが成就された事は、嬉しいものだ。


ちなみに漫画家は、挫折した。


今日はその、声優オーディションの日だ。

俺も立ち会う事になった。

そのために、出かけた。

「誰も来なかったら、どうしよう」

余計な不安が、頭をよぎった。


オーディション会場に着く。

スタッフさんに案内され、オーディション室の席へと腰かける。


先入観を防ぐために、声優さんでは名前ではなく、番号を名乗ってもらう事にした。


脇役から、少しずつ演じてもらった。

やはり、声優さんにも、個性があるようだ。

でも、イメージに合った人を選びたい。


自分のイメージにぴったりの演技をしてくれた方を、選んでいった。


そして、主役のキャラとなった。

イルカをモチーフとしたキャラ。

他のキャラも、そうだがこの子だけは、特に妥協をしたくない。

声優さんが、1人ずつ演技をしてくれるが、どれもパッとしなかった。


そして、最後の1人となった。

「10番、やらせていただきます」

女性の方だ・・・

聞き覚えがあるが、名前が出てこない。


誰だ?


その方の演技が始まる。

俺は驚愕した。


まさに、イメージにぴったりだ。

まるで、俺の心を見透かしたように、演技をしてくれている。

完璧だ。文句はない。


もう、俺の心は決まった。


スタッフさんと話し合い、それぞれのキャラの声優さんは決まった。

主役はもちろん、さっきの方。


俺は満足だった。


玄関を出た時、先程の方から声をかけられた。

「どうでした?私の演技」

「最高です。もう、あなたに決めました」

「ありがとうございます。お互い約束を守りましたね」

「えっ?約束・・・」

俺は、わからなかった。


「こう言えば、わかりますね。忠彦くん、麻耶(まや)よ」

「あっ、あなたが?」


三月麻耶(みづきまや)さん

ネット上で知り合った。


彼女は声優志望で、フリーランスとして活動していた。

何度かお世話になったが、顔は知らなかった。


今、その方が目の前にいる。


「よろしくね。忠彦くん」

「こちらこそ」


果たせないと思っていた約束が果たせた事を、嬉しく思った。

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絵の向こう側 勝利だギューちゃん @tetsumusuhaarisu

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