第29章 スフィアの作戦



 そのままその部屋の中で、時間を潰して数十分後。

 ここに来るまでの疲労が回復したのをみて、フェネリー達は再び脱出の為に監獄の中を移動していく。


 だが行きとは違い、構造を理解しているリコットがいないので、予想以上に時間がかかっていた。

 監獄に長年いたらしいクゥは引きこもりなので記憶があいまいで、通路や区画についてもかなりうろ覚えだったからだ。


 そして、それに加えて注意深く音を立てないように、気配を殺しながら進んで行くのでなかなか先へ進む事ができない。


「あれ?」


 そんな中でしばらく会っていなかった光の玉が、フェネリーにすり寄ってくるのに気が付いた。

 王都でクゥがいなくなった時期から姿をみていなかったので、フェネリーとしてはもう会えないかもしれないと思っていただけに、その再会を嬉しく思っていた。


「もしかして、クゥ様についてっちゃってたのかな」

「しょう言えば部屋の中でときどき何か飛んでたわね。変な気配がすると思ったら、黒いのに形がそっくりで驚いたじゃない」


 その時に、驚いたらしいクゥはフェネリーにやつあたり。

 宙に浮いた状態でぺしぺしとはたかれた。


(でも、その言い方だと、台所に出るアレみたいでどうかと思うんだけどなぁ) 


 スフィアが二人を取り成す様に尋ねる。


「フェネリーさんん? お知り合いなんですか、そのえっと光の球さんと?」

「あ、えっとこれはね」


 とりあえずは、おそらく良く知らないだろう二人へ、少しだけ接する時間が長いフェネリーがかいつまんで説明していく。


 話を聞いた二人は興味深そうな視線を注ぎ続ける。


「ふぅん、変なものにしゅかれているのね、お似合いだわ」

「それを言うなら姉様だって、人の事言えないんじゃ……」

「私は、こんなゴミくじゅの事なんてどうでも良いわよ」

「あれ、私一言もフェネリーさんの事だとは言ってませんよ」

「ぬぎぎ、言う様になったじゃないのスフィアしゅふぃあ。妹のぶんじゃいで」


 しかしせっかくフェネリーが言葉をつくして説明したとしても、クゥの光の玉への興味は途中から別の事へと変わっていってしまって、最後には妹との言い合いになっていた。


 傍から見ると、姉妹の関係が逆の様に見える光景。

 会話の立場的にはスフィアの方が見た目の通り上そうだった。


(一年前はまさかあのアイスブルー監獄の中で、こんなへんてこな姉妹ゲンかを見る事になるなんて思わなかったなあ)


 声量を抑えて発生し続ける姉妹ケンカを見つめるフェネリーは、不思議な気分だった。


 著落ちこぼれだったのが遠い昔の様な出来事に感じていた。


 そんな中で、スフィアが視線を再び光の球へと向ける。


「でも、変な感じがしますよねこの光さん。聖霊でもなさそうですし、どっちかっていうと姉様に近い感じがします。すごく小っちゃくて弱々しい感じがするんですけど何でしょう……。子供? そうです、赤ちゃんを見てるみたいな、そんな感じがするんですよ」

「赤ちゃん? 新種の生物でも誕生するのかしら。どんなのになるのやらね」


 わくわくとした視線に代わりながら、先ほどまでケンカしていた姉妹が仲良さそうに視線を向けている。


(ケンカするほど仲がいいって事なのかな)


 その姿はまるで本当の姉妹の様だった。

 血の繋がりがなくとも、二人が姉妹として過ごした時間は本物であり、少々の別れ程度ではその絆を無くす事などできないのだろう。


 他愛ない会話を挟みつつも周囲への注意を続けたまま、フェネリー達は行きに通った不気味な橋を渡っていく。


 行きの様子と同じように中級聖霊達は橋の隅で待機しているものの、やはり襲いかかるような事はなかった。


 見た目だけでも生きた心地がしないので、フェネリー達のストレスは半端なかったが何事もなく渡り切る事ができていた。


 そんな感じでフェネリー達は時間こそかけたものの、何のトラブルも起こさずに最初に入って来た門の所までたどり着くのだった。


 この分なら何とかここからクゥを助け出せそうだ、とフェネリーは安堵の息を吐く。


(でもきっとクゥ様を助け出したら、この世界を救う為の研究が大幅に遅れて皆が困ちゃう)


 それは何度も考えた事で、分かっていた事だ。

 悲しいがしかし、それでも彼女は譲れなかった。


 フェネリーは大好きな友達を犠牲にしてまで、平和を得たいとは思えなかったのだ。


 犠牲の出る方法で掴んだ平和など間違っている、そう思っていた。


「姉様……」

「クゥ様」


 巨大な門を目の前にして、フェネリー達がクゥを見つめれば、二つの視線に晒された小さな魔女は、まったく不本意ですという表情を顔に作ってから、言葉を述べた。


「まったく仕方ないわね。どうしぇ私がここから動かないと、しょっちも動かないとか言うんでしょ。良いわよ、行ってあげるわよ。仕方ないわね。ほんと」

「やった!」


 肝心のクゥが戻ると言い出さないかひやひやしていたが、言われた言葉にフェネリーは心の底から安堵していた。


「ここまで来ておいて、やっぱり戻るなんてしずらいじゃない」

「やりましたね。フェネリーさん。ほら、姉様の扱いはこうやってすればいいんですよ。美味しいお菓子とか目の前に置いてあげれば、多少の事は許してくれるんですから」

「しょこ、聞こえてるわよ!」


 スフィアはこうなる事をあらかじめ見越したうえで、ケンカした二人にあの様な提案をしたらしかった。


 それは、長い間共に接してきてきたスフィアならではの作戦だったろう。


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