インプランタの魔女
仲仁へび(旧:離久)
序章
序章 魔女の決意
「どうか、貴方だけは生きて」
「そんな、おかあしゃま……」
憎悪と悲嘆、悔恨と疑心。
悪しき感情の満ちる戦場。
多くの者が武器を手に手を汚す血なまぐさい場所を見下ろせる丘には、二つの影があった。
一人は二十代くらいの女性。
もう一人は十代を少し超えたくらいの少女。
二人は共に手を繋いで、丘の下の戦場を眺めていた。
女性は己が繋いでいる手の先にある、小さな手のひらの温もりを意識しながら少女へと声をかける。
安心させるように表情を微笑ませ、優しい声音を作ってゆっくりと。
「これだけ大きくなってしまった戦争の火は止められない。だから、お母さんはこれから決して誉められた事ではない方法で、その争いを止めるわ」
女性は言葉を紡いでいくが、その内容の意味が分からないでいる少女は不安そうにひたすらその女性を見つめるだけ。
「けれどそれについて貴方が気に病む事は決してないのよ。これは誰かがしなくちゃいけない事だったんだから。だから貴方は戦争の無くなった世界で、幸せに生きてね」
「おかあしゃま……」
少女は分からないなりに女性の言葉を聞いていたものだが、その段階で何かの不穏を感じ取り、幼い表情を歪ませて泣きそうになった。
「泣かないで、私達はいつでも一緒。ずっと傍にいるからね」
そんな少女を慰める様に女性は歌を口ずさむ。
透き通った歌声の子守歌だ。
優しく温かみのある口調で紡ぐ歌声は、すぐ傍に血で血を洗うような戦場がある事を忘れさせる様なものだった。
「眠れ、眠れや……」
――眠れ 眠れや 星月よ 幼子よ
――果て 遠くに
――この手元 舞い降りよ 光産みし幸せ
――健やか足る
――我願い輝き 天へ至れ
歌声は沁み、どこまでもどこまでも響いていく。
志半ばで倒れ帰郷する事の叶わなかった魂や、家族と再会することなく永遠の夢に魅入られてしまった魂、絆を誓った友人との別れ、恋仲であった男女の別れ、家族と別れた魂に寄り添う様に。
深く鮮血の沁みいるその大地に、一時の安らぎをもたらすかの様に。
どこまでもどこまでも歌声は響いて行き、そしてやがて最後に世界の最果てに辿り着き途切れた。
果ての声は言葉をやがて返す。
慰めとは何か、救いとは何か、と。
それは同じように傷ついた世界の言葉だった。
「……その答えを求めて、貴方は悲劇を吸って、彼らと同じように血を求めようとするのね」
戦場の真上には、黒い球体が浮かんでいる。
だが、その下で戦う者達はそんな事を気にせずに今も血を流し続け、一秒ごとに亡骸を作っていた。
子守歌に眠ってしまった少女を胸に抱きながら、戦場を眺める女性は言葉を続けた。
「この戦争を終わらせて、不幸の連鎖を断ち切らなければならないわ。けれど、死した者達がその後もこの子の未来を汚そうとするのなら……」
決意に満ちた女性は、世界の何も怖い事など知らぬと言ったように眠る女性を見つめて、視線を虚空へと向ける。
その視線には太陽すら霞んで見える程の、強い意思の力が瞬いていた。
女性は戦場へと手をかざし、そこに鮮烈な輝きを生み出した。
「私は抗う。この子を……娘の未来を守るために」
そして、一瞬後多くの命が争い合うその場所は跡形もなく吹き飛んだのだった。
そこは緑溢れる世界、ユートピア……だった世界。
人々の住んでいる世界は、数多の生命が存在する豊かな実りの世界。
名前をグランドリーフと呼ぶ。
かつては生い茂る緑に満ちていて、草花や木々が伸び伸びと成長していた。
だが、今は豊かだった土地のほとんどが、幻だったかのように枯れ果ててしまい。土地がやせ衰えていく、土地枯れの現象に悩まされていた。
長い時間をかけて、いくつもの土地が死に、いくつもの村や町が消滅した。
やがて人々達は、対抗策を考えるべく各地に学園を設立し、優秀な奇跡を起こす者……
魔技使いは、その世界に生きる精神生命体……
全ては世界を再び、緑溢れる土地へ戻す為に……。
人々は迫りくる土地枯れの脅威に恐怖しながらも、日々研究を重ねていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます