第68話「暫定魔王の帰宅」

 ──ザッザッザッザッザッ!


  アリーーーシア♪


   ──ザッザッザッザッザッ!


    アリーーーシア♪


     ──ザッザッザッザッザッ!


      アリーーーシア♪


       ──ザッザッザッザッザッ!


        アリーーーシア♪



 王都を黒衣の軍勢が歩く。

 軍靴の音も高らかに、陽気な歌声を響かせながらそれは征く。


「な、なにが起きているんだ?」

「わ、わかんねぇよ……」

「し、しし、城と教会がぁぁぁあ───!」


 今朝からの大騒ぎに王都の住民は不安に駆られていた。

 いや、すでに不安は恐怖へと変わっていく……。


 そりゃあそうだ。

 昨日までとは王都の景色は一変している。


 まず、教会が崩壊し、聖女像は住民の目の前で砕かれた。

 その後、空をドラゴンが埋め尽くしたかと思うと、今度は鉄のドラゴンが超低空で跋扈ばっこし、王都の空を脅かした。


 そして、堂々と鉄の馬車が目抜き通りを走り回り、……王城が爆発炎上。


 頼みの王都警備隊は冒険者ギルド前で挽肉にされ、


 期待の神殿騎士団は業火に焼き尽くされた挙げ句、生き残りは勝手に離隊した。


 希望の近衛兵団は爆発し、空に地上にとブチ巻き散らかされてしまい、残りは城とともに消滅した。

 


 もはやパニック。

 いや、パニックを通り越して静かですらある。



 誰も自分たちを守ってくれないと知った時、それはパニックを呼び起こすはずだった。


 自分の身を守らねばと家財道具を荷車や馬車に積み込み、隣近所や家族と共に郊外へと逃げていく。


 だが!!


 なんと、そこに現れたのが空を埋め尽くす最強と噂される『空中機動戦力』で、────そして、いまはあの最後の最後の希望……勇者親衛隊ブレイズだった。


 その姿を見た住民は熱狂する。


 さらに、勇者が飛竜の背に乗っていることに歓喜する。


 あぁ!

 来た……。


 来てくれた!!!!


 人類最後の盾────。

 最強かつ最高の戦士……勇者コージ!!


「「「うおおおおおおおお♪!!!」」」


 きっと彼ならば今朝から続く謎の破壊工作を止められるはずだと────。


 

 誰もがそう思った。

 ただ一人を除いてそう思っていた。

 ナセル・バージニア以外の人間はそう確信していた──────……。



 だが、見てみろ?


 結果はどうだ……?

 王都はどうなった?

 空を圧倒していた勇者親衛隊たちの剣は?


 もはや、明白。

 誰の目にも明白。


 わかっていることも、

 確信していいことも、

 もう、誰もが知っていた。


 ……勇者は行方不明。

 勇者親衛隊ブレイズは壊滅。


 チュドーーーーーーーーーーーン!!!


 と、

 街の一個区画が吹っ飛ぶほどの爆発のあとには恐ろしい静寂が辺りを支配し、そして奴らが来た……。


 ────アリシア♪

 ─────アリシア♪ と、歌声が響き始め、軍靴が王都を震えさせる。


 ザッザッザッザッザッザッザッザッザッ!

 ザッザッザッザッザッザッザッザッザッ!

 ザッザッザッザッザッザッザッザッザッ!


「ひッ! こ、こっちに来るぞ」

「な、なんだあれは!」

「く、黒い軍隊?!」


 逃げ遅れた住民たちの前にそれは現れた。


『『『アリーーーーシア♪♪』』』


 高らかに歌い、揃いの軍服に揃いの兜。


 足並み揃えて『左、右リンクス、ウム左、右リンクス、ウム』と前進してくる。



──ザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザ!!


  ──ザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザ!!

  


「く、くるぞ!」

「やばいやばいやばい!!」


 な、なんだアイツらは!!!??


 ま───。

「ま、魔王軍……────?」


 住民はドイツ軍など初めて見る。

 それゆえ恐怖の軍勢が現れれば、それすなわち魔王軍……。


 王都を害するものは、全て魔王軍であると思い込んでしまった。


 いや、あながち間違いではない。


 見ろよ! あの驚異の軍隊を───!!

 奴らは、まさに魔王軍と言っても差支えがないほどに恐怖と圧力を感じさせるじゃないか!!


 あぁ、そうとも…………。


 恐れよ!!

 怖れよ!!

 畏れよ!!


 我々はドイツ軍!!!

 お前たちにとっての──────……。


 ま、

「「「魔王軍だーーーー!!」」」


 黒衣の軍勢が近づくにつれて住民は我先にと逃げ惑う。

 3000人はいると思われるその軍勢は、気持ち悪いぐらい綺麗に足並みをそろえていた。

 さらには、鉄の馬車がその脇を固めるようにギャラギャラとけたたましい音を立てて併走している。


 ことさら街を破壊するわけではないが、進路上にあるもの、住民が撃ち捨てていった家財や家具は容赦なく鉄の馬車が引き潰していった。


 そのざまで歌うのだ。



 アリーーーーシア♪


 アリーーーーーシア♪



 それが故にわかった。

 逃げ惑い、路地に息を潜める住民たちの目にも、黒衣の軍勢がしっかりと方向を定めて行進していることに────。


 そして、その先にある一軒の家のことも知っていた。


 そう──────勇者の家だ。

 

 だから、気付く……「アリシア」という一人の女性のことを。



「お、おい……アリシアって」

「あ、あぁ……勇者の子を身籠った────聖女ビッチ?」


 性女の間違いじゃねーの?


「なんで、勇者の女を歌っているんだ?」

「勇者の子を──……聖女を讃えている?」


 いや、それにしては────。


「って、おい!! 先頭の男を見ろッ」


 あ、あれは────!


「「異端者──ナセル・バージニア?!」」


 魔王軍に協力したとされる異端者。


 たしか───国王や神官長の命で、家族係累もろとも罰せられ、全王都民が見る中で両親を殺され、かつての上司を焼き殺されたはず……。


 そして、唯一残った家族は攫われ、惨めにも全てを失い────放逐された男。


 異端者ナセル・バージニア。


 王都の民で、その名前と顔を知らないものなどいない。


 見ろ────あの胸に刻まれた異端の証を。


 『ド&%$』


 醜く焼け焦げ、召喚呪印ごと潰された皮膚と尊厳を。


 そんな奴がなぜ軍勢を率いている?


 ………………決まっている。


 異端者だ。

 いや……まさに異端そのもの・・・・・・


 つまりは、

「ナセル・バージニアは魔王?」

「魔王……?」

「魔王だって!?」


 そうとも、でなければおかしい。

 いや、今ならわかる。奴は魔王で、魔王軍そのものだったのだと──。


「まさか、勇者に奪われた嫁さんを奪還に来たのか?」

「奪われた? 勇者が見初みそめて──救ったんだろ?」

「バッカおめぇ、物を知らねぇな?……あの女はとんだ食わせ物さ」


 そう言って、物陰からドイツ軍を見送る王都の住民たちはヒソヒソと噂しあう。


 もはや、噂を止めるものはなく、本来なら不敬とされる事実であっても、権威が失墜した王都では全く意味をなしていなかった。


 取り締まる兵たちも、近所の公僕も壊滅し、権力の象徴たる国王の行方も知れない。


 勇者に至っては颯爽と出てきた割に、まったく音沙汰もなく、黒衣の軍勢が暴れるに任せている。


 つまり…………。


 住民たちは薄々知っていた事実に目を向け始めていた。

 ナセル・バージニアという男の末路がどうなり……、

 そしてなぜそうなったのかを────。


 だが、もはや遅い。

 ナセル・バージニアの怒りは既に沸騰し、勇者を、国王を、神官長を、ギルドマスターを。

 ……その全てを仕留めていたのだから!


 だから、もうこれは決定事項。

 ……この国は終わり。


 今さらナセルに鞍替えしても彼は救ってはくれない。

 魔王と呼ばれる彼に救う道理もない。


 王都の民とて同様。

 石を投げ、蔑み、汚水をぶっかけた。

 そして、彼の両親の死体を棄て、大隊長の死に興奮し、泣き叫ぶ彼の最後の家族を嘲笑った。




 あぁ、そうとも────。




 ナセル・バージニアに残されたのは、たった二人の女だけ……。




 愛しき家族────リズと。


 憎しい愛妻────アリシアのみ。




 この二人以外には、なんの興味も持っていなかった。


 そして、彼の行き着く先は───……もう目と鼻の先。

 ドイツ軍の軍靴と戦車のキャタピラとメッサーシュミットのエンジンの轟音が、王都を揺るがしつつ前進。





 アリシア、アリシア♪ と歌を奏でながら前進する────。










 そして、到着した────。


 王都の端にひっそりと建つ小さな家……。


 ナセルの家・・・・・だ。






「あぁ、帰ってきた。……帰ってこれた」


 キキィ……と、ブレーキを軋ませながらサイドカーが停車する。


ぜんた~~~いアーレメナーーーー停止ハルト!』


 ガガンッ、ガアン、ガガガガッガガン!

 ピタッ──────。


 軍靴を鳴らしてドイツ軍が一斉に停止。


 そのままゆっくりと家を包囲する。


 ナセルはそれを見るともなしに見ながらサイドカーから降りると、装備されていたMG34花束を手に、7.92mm弾楽しいプレゼントの弾帯を腕に巻き付けて保持すると、ひとこと言った……。


 贈り物武器弾薬をたっぷりと抱えるナセル。






「────ただいま」

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