第44話「戦場の女神(前編)」
※教会跡地、ドイツ軍砲兵展開地域──。※
ナセルの攻撃により壊滅した教会跡地には大勢のドイツ軍と彼らの運用する兵器がズラリと並んでいた。
彼らは、ナセルが事前に召喚しておいた『ドイツ軍砲兵小隊』。
王城前で戦闘が開始されるよりずっと前に召喚されていた彼らは、更地にした教会の敷地を使って野砲を展開しているのだ。
『小隊』とは言え、彼ら砲兵は数が多い。
とくに、数門からなる軽榴弾砲を装備した標準的なドイツ軍砲兵は砲の操作要員以外にも通信や観測、諸元計算など専門的な知識を持った兵が多く所属している。
さらには砲の運搬や護衛、そして陣地構築のため工兵器材を扱う兵もいるため、母体は非常に大きい。
そして、今まさに砲を運用するために作業中の彼らだが、その生み出す騒音によって周囲は満たされていた。
ナセルによって召喚されて以来、本隊と離れて今はこの地域に陣地を築くべく急ピッチで作業を進めているのだ。
そんな中、前線に展開しているナセル達の『ドイツ軍』本隊より緊急伝が飛び込んでかた──。
無線に齧り付いていた通信兵が傍受した通信を記録用紙に忙しく書き付けている。
ガリガリとペンを走らせたあと、バッと振り向き、大声で報告ッ!
『──
バシリと敬礼を決めつつ、通信兵が速やかの報告すると、聞き付けた下士官が記録用紙を引ったくり、将校の詰めている壕へと向かう。
そのまま、急増した半地下陣地に飛び込むと、野戦用の
砲の周辺に弾を集積していく兵とともに遥か先の王城を見つめるのは一人のドイツ軍将校。
彼は中尉の階級章をぶら下げた砲兵の小隊長だった。
その指揮下にいるのはドイツ軍軽榴弾砲が一個小隊の3門。
『
冷徹さを感じさせる声で砲兵将校は下士官を促す。
『
将校に促されるまま、ツラツラと報告していく下士官。
そんな彼らの前に並んでいるのは、長大な砲身を突き出したドイツ軍の軽榴弾砲で、それは、まるで鼻の長い動物が足を広げて寝そべっているような姿をしていた。
それは、ドイツ軍砲兵が敷く、軽榴弾砲の砲列だった。
長い鼻は10.5cm軽榴弾砲の砲身。
広げた足は衝撃を吸収し、砲をしっかりと固定するための開放脚。
防盾を取り付けた姿かたちは近代的な大砲そのもの。
──これが……これこそが戦場の女神。
ドイツ軍砲兵が運用する標準的な軽榴弾砲──口径10.5cmの『leFH18/40』だ。
長大な射程を誇る榴弾砲は迫撃砲と違い、敵が見えなくとも観測手の報告により観測射撃が行える。
砲に取りつく砲員たちからは王国軍の姿など
言われたところに言われた弾を言われた量を撃ち込む。それが任務だ。
黙々と動き続ける砲兵たち。
彼らは敵も見えない遠距離から火力で叩くことを常としているのだ。
支援が必要なところに向けて撃つだけ。
焦りもなければ、恐怖もない。
だが、彼らの送り込む砲弾は前線の兵士にとって凱歌の号砲なのだ。
そうとも、
耳をすませば聴こえるとも────!
戦友の求めに応じ遠距離から敵を叩き潰すことこそ砲兵の本懐。そうと言わんばかりに、すぐさま攻撃準備命令を下達する将校は、自らも榴弾砲の下へ歩み寄る。
『
『『『
砲に取りついていた兵は作業の手を止めて一斉に敬礼する。
それに返礼しつつ、
『ここからでは敵は見えない。そのため、偵察機からの着弾観測をもとに、間接照準射撃を行う。各員は所定の位置につけ────仕事の時間だ』
────
兵らは元気よく返答すると、それぞれの部署に散らばっていく。
そして、すぐに偵察機からの情報があがってくる。それは前線にいる空軍士官を経由しているため若干のタイムラグがあるようだが、気にするほどではない。
野戦電話と無線の両方を傍受していた兵が息を切らせて駆けてきた。
──
『
無線を傍受していた兵から座標が伝達される。
そこで、戦友が砲弾を求めているのだ。
『
短く伝えた砲兵将校に対し、兵が元気よく答える。
『
…………。
『
その読み上げられた数値を基にして、砲兵将校が砲の射角を修正する。
彼がここにいる誰よりも大声で、
『
指定された砲が一門のみ稼動していく。
砲兵の射撃は、いきなり小隊で全力射撃するわけではない。
まずは試し撃ちってやつだ。
どこに飛んでいくか。それを一門だけ使用して、何発か撃って試して観測する。
そして、イイ感じの所で、皆で一斉射撃。
これを試射からの効力射────間接照準射撃という。
試射の命令を受けた砲兵たちは、手慣れた様子で動いていく。
指示された『弾種』『信管』『装薬』を砲兵達がよどみなく準備し装填。
その間に、操作要員がクランクを回して仰角をつけ、上下左右の角度を調整する。
東を向いていた砲が僅かに砲身を上げ、さらに少しだけ左を向く。
『
砲の操作を担当する班長──下士官が準備完了を叫んだ。
『
ドコンッ! と、激しい射撃音を響かせる
口径10.5cmから発射される榴弾は、手りゅう弾や迫撃砲の比ではない!
ブワッ────と、発砲後の吹き戻しが乾いた土を撒き散らし、全ての視界を閉ざすとともに硝煙と土の匂いを巻き上げた。
急増した半地下式の壕にも吹き込み、将校のいる壕内の空気が猛烈にかき回され、その空気の対流が上空を覆う偽装網をバタバタと
ォンォンォン…………──。と榴弾が唸りを上げて飛び退っていく。
『──
ほどなくして無線から修正を促す声が流れはじめた。
砲弾の着弾観測をしている王城の上空に遷移している偵察機からの情報だろう。
前線にいる、地上誘導の空軍将校を経由するため、若干情報の伝達が遅い。
だがそれでも、毎分5、6発の砲の運用に支障があるほどではない。
読み上げられた数値に従い、再び砲の操作員に指示を飛ばす。
『
先ほどに比べ、動きは少なく準備も早い。
『
『
ドコンッ……ォンォンォン……────!
頼もしい射撃を続ける大砲は延々を砲声を轟かせている。
しかし、これはまだ序の口……。彼ら砲兵は試射しか行っていないのだ……。
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