第43話「白兵距離」
キーーーーーーーーーーーン…………。
音が消え、物凄い衝撃に全身が揺さぶられる。
隙間から吹き込んできた硝煙の香りと、ムワッ! と押し寄せる熱気。
この衝撃ッ!
な、なんといえばいいのか……。
教会でつく鐘があるだろう?
あれに、全身がすっぽり入っているところを、外から思いっきりブッ叩かれたようなイメージだ。
ナセルの意識が飛びそうになるほどすさまじい衝撃。──いや、実際数秒間は意識が飛んでいたのかもしれない。
クラクラとする意識の狭間で、それをさらに揺さぶるのはドイツ軍将兵。
残った敵を排除するために、ダダダダダダダダダダダダ!!──と猛烈な連射を浴びせる2号車と3号車。
目標はナセルの乗る1号車とその周辺の残敵らしい。
容赦なく降り注ぐ弾丸が間断なく装甲を叩き続ける。
キン、カン!──とばかりに激しい連射が高音となり車内は物凄い轟音に満たされていた。
ようやく戻り始めた聴力が再び閉ざされそうになるも、そうは問屋がおろさない。
ナセルは彼等によって無理やり意識を覚醒させられた。
榴弾の直撃でグワングワンと揺れる意識の中で、機銃弾とはいえ、味方に撃たれまくるのは恐ろしく気分が悪い。
いい加減にしてくれ! そう叫びたくなるほど、車内はもう──もの凄い騒音だ!
ギン、ガン、ゴン、ガン!
貫通しないと分かっていても、落ち着かない気持ちにさせられる。
だが、お陰様であっと言う間に残敵の排除が完了したようだ。
すぐさま射撃が止み、代わりに2号車3号車ともに、砲身を振って、擲弾兵中隊の援護に回る余裕が出てきたようだ。
キューポラから覗き見る周囲の有様は凄惨そのもの。
これぞ、まさに戦場だ!──そうと言わんばかり。
ほとんどが榴弾の着弾により、死に絶え、生き残った者も茫然自失────虚ろな目をして彷徨うのみ。
だが、ドイツ軍は徹底している。それらすらも容赦せずに引き潰していく。
おかげて、当面の敵は排除したと判断したナセルはハッチを開け、砲塔から顔を出した。
そ、そうだ!
はやく、擲弾兵たちの支援をしなければ!
ガコンッと重々しい音と共に顔を出すと、むせ返るような血の匂いと硝煙の香りに思わず口を押える。
まるで地獄の匂いだ。
誰かの臓物が対空銃座に引っかかっている。
ちなみに、車外のMG34はどこかにぶっ飛んでいったようだ。さすがに榴弾とは言え、75mm砲の直撃を受けてはたまらない。
いや、それよりも────!
「ドイツ軍は!?」
周囲に展開していた擲弾兵は一兵も見当たらない。
まさか全員消滅した!?
だが、魔力の減少は感じない。それどころか、一兵たりとも消滅したような魔力の変動を感じなかった。
ドイツ軍と言えど、ナセルの召喚獣だ。
魔力で召喚している以上、ナセルと繋がっているため、それは気配でわかるのだが、どこに────…………いた!!
全員がハーフトラックに搭乗したらしく、戦車から少し離れた位置で戦線を展開していた。
今は近衛兵団が全面に出ているため、現在は投石器による支援が無さそうだが、それでも迂闊に射程内には近づけない様だ。
だが、それは
そうとも、
今まさにハーフトラックに歩兵がとりつき、激しく殴り合いやゼロ距離での銃撃戦になっていた。
よじ登ろうとする近衛兵団の歩兵に対し、車内から応戦するドイツ軍。
半自動小銃が至近距離で連中に命中するも、近傍で支援している魔術師の結界魔法がそれを弾いている。
国王による能力の上昇は半端ではない効果を生み出しているらしい。
だがそれにしても近衛兵の様子が異常だ。
初めて見るであろう脅威の産物の戦車やハーフトラックにも、物怖じせずに取りつき、白兵戦を演じている。
しかも、一度壊滅し再編成したばかりの兵が、──だ。
どうやら、国王のスキルは能力上昇ばかりではなく、兵の勇気────いや、この場合は恐怖心も麻痺させ、死兵になることを強要する効果があるらしい。
国王が戦場に出る場面は最終局面。
本当に国の最後の最後だ。
ゆえに、こんな異常で歪なスキルなのだろう。
実際に効果はどれほどかは知らないが、兵を狂乱せしめるほどには狂ったスキルだ。
わかっちゃいたが、兵に死兵を強要するとは…………まったくもってロクでもない野郎だな。
その死兵に群がられているハーフトラックは、今は身を
何事かと思って見れば、取り逃がした騎兵がそこにいた。
いや、彼等の残骸というべきか……。
突撃した重装騎兵は全滅。だが、その残骸が車体に食い込んでいる。
どうも、射撃の中を無理やり特攻したらしい。
ハーフトラックには装甲があるとは言え、戦車に比べれば薄っぺらいソレ。そのため騎兵の騎槍を喰らった部分が凹んでいる。もちろん貫通こそしないものの、まともに騎兵がぶち当たってきたらしい。
お陰で轢き殺すはめになったらしいが……。
なるほど、ハーフトラックは馬力も戦車に比べれば劣っている。そのため、転輪部分に巻き込んだ馬体を振りほどけないらしい。
さらには、戦車に比べれば装甲が薄い。その薄さゆえに、戦車のように互いを撃ち合って敵を排除するというわけにもいかず苦戦しているようだ。
唯一善戦しているのが、『中隊長』の搭乗している装甲車だろうか。
装甲車の主砲は20mm機関砲で、7.92mmの機関銃よりも遥かに強力な砲だった。
それが唸りを上げて近衛兵を薙ぎ払っていた。
なんせ、掠っただけでも腕が吹き飛び衝撃を首が消えていくほどの威力。
──ドゥン、ドゥン、ドゥン!!
腹に響く重々しい射撃音。
地面に散らばるのは、一輪挿しができそうなほどの巨大な薬莢で、音を立てて転がっていく。
それでも、砲塔の旋回が遅いのか軽快に動き回る歩兵を捉えきれていない。車両そのものの機動を生かして戦っているもハーフトラックの支援には至らない。
「そっちはどうだ! 今から戦車で支援するか!?」
どう見ても苦戦中の擲弾兵中隊。
ナセルも焦りを感じるほどだ。
召喚獣とは言え、ドイツ軍の中から死傷者が出るのは見るに忍びない。
『こちらは問題ありません! 一計を講じました────! 一度後退する許可を!』
歩兵に群がられて後退どころではないはずだが……。
今も、ハーフトラックの車内から身を乗り出した兵が、タンタンタンッ! と半自動小銃でゼロ距離の応戦中だ。
後退したところで近衛兵は死ぬまでしがみ付いてくるぞ!?
まるで群がる地獄の亡者の如き有様だが、脅威には違いない。
さすがに取りついた状態では剣も槍も使えないので素手で乗り込もうとしているようだが、ドイツ軍とて引きずり出されてしまえば太刀打ちできないだろう。
それをどうするつもりだ────?
ナセルの疑問をよそに中隊長、
『工兵に罠を張らせました。彼らの支持する地点まで後退すれば何とかなります。それよりも、砲撃要請を! 展開した砲兵に投石器を吹っ飛ばすように指示をしてくださいッ』
そう言えば工兵の姿がない。
ナセルが戦車で応戦中に後退したらしい。
それは、逃げ足が早いといよりも、かわりに擲弾兵中隊が現場に踏みとどまり後退を援護していたのだろう。
無線機越しにも『中隊長』の乗る装甲車の20mm機関砲の轟音が鳴り響いている。
全員が全員必死の応戦中だ。
国王のスキルの存在が誤算ではあったが、まだ立て直せる。むしろ、一度手の内を知った以上、もう負けることはない!
ただ、乱戦に巻き込まれては数に劣るドイツ軍は分が悪いのも事実。
しかも、利点であったはずの銃の威力が阻害されている。
さらには、厄介な投石器の存在もある。
戦車とは違いハーフトラックはオープントップであるため、曲射弾道を描く投石器は十分に脅威なのだ。
そのうえでの『中隊長』の要請……。
「
近衛兵団はすでにこちらに取りついている。まずはそれを排除してから、立て直しだ。
排除したと同時に、投石器の支援があるだろう。だから、砲撃する。
それに、投石器を破壊すれば、近衛兵団の突撃に対して装甲擲弾兵のもつ全火力を指向できる。
城内にいた兵力は偵察機からの報告で、歩兵約1000、騎兵100、騎馬戦車が50とのこと。
騎兵は50は殲滅し、歩兵のうち100余りを蹴散らしたがまだまだ健在。
敵の第一梯団は騎兵50、歩兵800だという。
ならば今取りついている集団が主力!
残りは国王直属といったところ。そして支援火器として投石器が10基あまり。
「──よし……。まずは城内の投石器を破壊する。その上で擲弾兵と共同して再攻撃だ」
……バンメルを
そうとも、ドイツ軍曰く。
戦場の女神。女神の召喚──……。
あぁ、女神──────!
────
キューポラから身を乗り出し、頭に乗せた口喉マイクに手をあてると、
「目標──────」
つーーーーーー。ピタリ。
指をむけて、城を示す。
「……敵──曲射火器ッ!」
ヘッドセット越しに叫ぶ!!
すぅぅぅぅ……、
「対砲迫戦──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます