第39話「城壁掃討」

 ──ぶひゃぁああああ!!

 

 じょばーーーーー!

 と、音のするくらいに股間をビッチョビチョに濡らす国王。

 

 双眼鏡越しに見るナセルからはバッチリと見えた。


(しかし、あの野郎──運の良いことに、砲撃で腰を抜かした奴やミンチになった奴しか周囲にいないから、王国側にはバレていないらいな……)


 チ……。

「小便漏らして威厳もクソもねぇな、おい」


 揶揄して笑うナセルの言葉も耳に入らないのか、真っ青な顔の国王。


 そして、ようやく頭の回路に理解が追い付いたらしい国王が、今更ながらドサリと腰を抜かす。


「ば、ばばばばば、ばかな! 魔法兵団の最精鋭の多重詠唱だぞ! や、破られるはずが……」


 ドラゴンのブレスすら跳ね返した実績を持つ多重詠唱の障壁。

 国王が北の前線に視察に行くときは必ず同行させる鉄壁の護りだ。


 そ、それが、あんなに簡単にぃぃい……。


 堀を挟んで睨み合う両者。

 だが、まず初戦はナセルに軍配が上がる。


 そして、次は?


「いよぉ? ようやくオツムに血がまわったようだな……──で、国王さん。ガラスでできた盾の具合はどうだい? あとは兵に任せて城でガタガタ震えて待ってるか?」


 安い挑発だと分かっていつつも、国王は乗らざるを得ない。


 この状況で国王のみ後退すれば兵の指揮は崩壊する。一度崩壊した秩序を国王が前面に出ることで維持しているのだから当然だろう。


「ば、ばばばばっばば、バカにするなぁぁぁ!」

 

 ガバッと起き上がった国王。

 格好をつけるように豪華なマントをバサリ翻し────股間を隠すと、

「ワシ自ら貴様の首を引っこ抜いてやるわ! 跳ね橋急げ──次は、ワシの戦車を準備せぇぇえ!!」


「「はっ!」」


 生き残った兵が敬礼をして走り去り、国王も正門上から姿を消した。

 あの様子だと本気で突っ込んできそうだ。


 バカな連中だ……。


 戦車とハーフトラックが狙っている所に突っ込む?

 そんなもん、肉挽き器にブロック肉を突っ込むようなもんだぞ。


「誰を敵にまわしたか分かってないようだな……国王陛下どの?」

 

 そうとも、彼らは知らないのだ。

 ナセルの呼びだした召喚獣の強さを……。


 スツーカ急降下爆撃機に主力を灰塵にされても、相対しさえすれば勝てると本気で信じている。


 だから国王の命に従うのだろう。


 堅牢な城壁に守られていれば幾分安全だというのに……わざわざ討って出てくる愚かさ。

 とはいえ、ナセルには慈悲などない。出てきた傍からぶっ潰してやる。逃がしちゃまずいから十分に引きつけてからな……。



 ギャリリリリリリリリリリリリリリ……!



 ぶっとい鎖に支えられた分厚い橋がようやく降りてくる。通常よりも早い巻き下げ速度。

 ……よほどせっつかれた・・・・・・のだろう。

 可哀想に、あの様子だと内部の操作員は死にかけているに違いない。


 巻上げ機は、正門を挿むようにして立つ出城のような塔の中にある。

 それはあの頑丈な跳ね橋の上げ下げを司るだけあってゴツクて重い。操作するのは余程の力自慢でないも無理だ。


 塔そのものも頑強な構造で、跳ね橋の巻き上げ機を納めているとともに、防御施設としても機能している。

 そのため、多数の矢狭間アロースリットや、魔術落としマジックポイントを設けていた。


 あの二つの塔だけでもかなりの防御力を誇るうえ、守備の要だ。

 念入りに施された文様は魔法防御を兼ねた結界つき。


 バンメル級の召喚士や大賢者クラスの魔法使いが攻めてきても籠城できるように城壁全体を満遍なく覆っているというが……本当だろうか。


 城壁の様子を窺おうと、ナセルが戦車から身を乗り出すと、王城方面から猛然と殺気が沸き出してきた。

 それは明らかに人の発する闘気と殺意だ。


 城に残った勇敢で愚かな、僅かばかりの兵が、城門を護る様に突き出した出城から盛んに矢を射かけてきた。


 ヒュバン!

 ヒュバババババババババン!


 ナセル達は射程外にいるも、突撃間近の味方を援護するためだろう。


 さらには、国王からの厳命でもあったのだろうか?

 ナセルを殺してやる! とばかりに、さっきのお返しのような射撃だった。


 もちろん届くはずもないが、身を乗り出したナセルを見て、ようやく反撃する気になったのだろう。


 空を覆わんばかりの一斉射撃。

 ドイツ軍目掛けて矢の雨が降る。


 ザァァァ!!


 ズトトトトトトン!


 恐ろしい数の矢が地面に突き立ち、数の暴威を見せつける。

 向こうも当てるつもりはないのだ。


 近づけば、「こうだ!」と威嚇しているのだ。

 そのあとも間断なく射たれる矢の嵐。


 ビュン、ビュンと音を立てて矢が放たれるが想定の範囲内。

 わざわざ当たってやる道理はない。


 そもそも届いていないのだから、威嚇以上の意味はない。


「はッ。わざわざ当たるかよ。──矢の無駄だ。……近衛兵団も質が落ちたな」


 もっとも、質が落ちるほどに殲滅したのはナセルなのだが……。


 カ、コキィン──♪


 戦車の装甲に当たって小気味良い音を立てる。


「うお?!」


 油断しきっていたところに目の覚めるような一撃。

 凄まじい反跳音をたててぶっとい矢が火花を立てた。


 ──あっぶねー……。


 随分と遠距離まで飛ぶ……こいつは普通の矢じゃない────大型重弩バリスタか!


「やるな! いいだろう……。ぶっ飛ばしてやれ!──突撃する近衛兵団の前に、まずは城壁の弓兵どもを皆殺しにしろ」


『『『了解ヤボール!!』』』


 それを会戦の合図とするべく、ナセルはドイツ軍に檄を飛ばす──。


総員アーレメナー下車ぁアゥシュタィグン! ハーフトラックをアタッカ ハイバトラ核にック マッハ突撃 アンドゥ 隊形を作れッラィドゥ ストゥグン!』


 『中隊長』の号令に従い、小隊ごとに別れたドイツ軍の擲弾兵はさらに分隊ごとに分かれて分散配備。


 体をハーフトラックや地面に委託すると、その手に持つ銃を王城に向ける。


制圧アンダァトラ射撃ックシースン!! 火点をリィドジィドゥン抑えろッ フォイアポォント!!』


『『『了解ッヤボール!!』』』


 『中隊長』の号令に従いハーフトラックの車載火器が城壁を指向する。

 さらには下車した歩兵たちも、Gew43を手にして、狙撃の姿勢。


 また、彼ら自身の小隊支援火器である手持ちのMG42も地面に二脚を広げて委託し、城壁を狙う。


撃てぇぇえフォィアァァ!』


 ヴォォォォオオオオオオオン!!

 ヴォバババババババババンン!!


 ヴォバババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババンン!!!!!!


 MG34とは比べ物にならないくらい凶悪な唸り声を上げるのはMG42。

 新しく召喚した歩兵小隊のハーフトラックに搭載されている車載機関銃のもの。

 そして、装甲擲弾兵歩兵小隊の装備している支援火器MG42の地上設置射撃。


 その凄まじいまでの射撃音は、ほとんど牛の唸り声にしか聞こえない程だ。


 それらMG42機関銃が装甲擲弾兵中隊全部でハーフトラック9両分──計18丁。そして歩兵小隊3個で一個分隊当たり1丁の計9丁。合計27丁あまりのMG42が一斉に唸り声を上げた。


 ギラギラと光る発砲炎マズルフラッシュに、光の帯をひく曳航弾!


 それらが城壁を嘗めるように覆いつくし、弓兵たちを薙ぎ払っていくッ!


 威力のありあまる7.92mm弾が兵を引き裂き、血と臓物を城壁にぶちまけていく。

 腕を失った兵が物凄い叫び声をあげる。


 頭をぶち抜かれた兵は、脳からの信号が行き渡らず首無しの状態で走り回り阿鼻叫喚の地獄を生む。


 地獄!

 機関銃の生み出す地獄!!

 

 中隊の全火力は猛烈な銃弾となって城壁を襲っていく。

 

 ──まさに圧巻だ!!


 それでも兵は勇敢だ。

 僅かばかりの大型重弩が反撃に転じたらしい。

 だが、こんな状態で照準できるはずもなく、明後日の方向に着弾。

 むしろ、その巨体を隠す術もなく射撃にさらされる。

 何丁もの銃撃が集中して狙われる始末で、操作していた兵がのけぞる様にして撃ち倒された。


 バタバタと倒れる兵。

 高価な大型重弩も音を立てて破壊されていく。


 城壁の凹凸に身を潜めていた兵も、ヒョイっと顔を出した途端にMG42またはドイツ軍歩兵の持つ半自動小銃Gew43によって打倒されていく。


 圧倒的火力と射程で一方的な蹂躙。


 やり過ぎ、

 撃ち過ぎ、

 殺し過ぎ、


 …………そんなわけあるか!


「いいぞ、もっとやれ! ブチかませッ!」


 極めつけは戦車の砲撃。

 敵の突撃までいくらも間がないので、一発だけという条件のもと榴弾が装填される。


『全車同時射撃──撃てッ!』

 

 ズドドォォオオン!!


 重なり合った砲撃のあと、まるで狙撃でもしたかのように、城壁に開いた矢狭間アロースリットにスッポリと砲弾が飛び込み大爆発。


 ──チュバァァァアアアンン!!

 

 魔法防御の施された城壁は完全破壊には至らないも、内部から猛烈に炎を吹き出し、真っ赤に燃えた城壁内の弓兵が悲鳴を上げながら水を求めて堀に飛び込んでいく。

 

 周囲を物凄い轟音が包んでいるも、ドイツ軍は射撃を止めない。

 少なくとも一弾倉を撃ち尽くすまではと言わんばかりに撃ちまくる。


 もう、城壁上は大パニックだ。


 そうでなくとも頭を出すこともできないだろう。


「ぎゃあああ!!」「ひぃぃい!!」


 銃声の合間に悲鳴が聞こえた気がした。


続けてヴァイター 撃てぇぇぇシィィセェン!!』


 間断なく撃ち続ける射撃に敵の城壁上からの射撃は失せた。

 しかし、手を緩めるようなドイツ軍ではない。


 だが、王城もさすがに固いッ!


 魔法防御の施された城壁は石造りとはいえ7.92mm弾だけで削るのは時間がかかる・・・・・・


『撃ち方やめ! 撃ち方やめぇぇえ! 銃身交換、敵の突撃を警戒ッ』


 『中隊長』の指示により装甲擲弾兵は射撃を中止。

 一通り撃ちまくったドイツ軍はここでいったん銃身交換の作業に移る。


 カンッ……カンッ……と、銃身が空冷されて収縮する独特の音を立てるのを聞きながら、ナセルは正門を注視した。


 城壁からの支援を受けて討って出るというありがちな戦法だが、今の騒ぎで城壁からの援護は望めないと分かっているはずだ。


 だが……。


 ようやく降り切った跳ね橋の先。

 格子状の正門がガラガラと音を立てて上にせり上がっていく。


「ほう。逃げないのか?」

 

 開き切った正門の後ろには見事に等間隔でズラっと並ぶ重装騎兵がいた。


 馬にまで鉄の防具をつけ、そのうえ騎乗するのは胸甲で要部を護り、カイトシールドと騎槍ランスでガチガチに武装した近衛兵。

 やる気満々らしい。




 ニヤリと顔を歪めるナセル……。


「はは。いいだろう────真正面から迎え撃ってやるッ」


 ガチンコ勝負だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る