第37話「衝突五秒前(後編)」



『『『ファラァァァ♪ フラァァァアア♪』』』


 勇壮で軽快な音楽と共に、それは来た────。

 壊滅し、逃散し、残骸になった国王の直轄戦力たる近衛兵団の前にそれは来た!



 ギャラギャラギャラ!!



 盛大な音を立てて驀進する黒衣の軍勢──。

 さぁ、王国終了の時は来たれり!!



停止ハルト!!」

 ゴキキィィ……──という、重々しいブレーキ音!

 ナセルの跨乗するⅣ号戦車H型がつんのめるようにして停車する。


全車アーレメナー停止ハイドステッド!!』


 無線を通して流れた『中隊長』の声に、装甲擲弾兵中隊は全車停止。


 ゴリゴリゴリィィと、重々しい重車両群が石畳を割り砕いて止まる気配が伝わり、履帯の騒音が一瞬にして消える。あとには、ドルドルドル……という、力強いエンジン音だけが場を支配した。


「──拍子抜けだ」


 ここまで来る途中、散発的に警備兵や近衛兵らしき小集団に攻撃を受けたが、まさに鎧袖一触。


 高らかにうたい、履帯の騒音を立てて驀進するドイツ軍はあれほど目立つというのに、大規模な敵は一度として接触してこなかった。


 小規模な敵や、単身で挑む無謀な者も中にはいたが、ハーフトラックに乗ったドイツ軍歩兵が車載機関銃MG42で一連射するだけであっと言う間に逃亡した。


 ──ただまぁ、反撃しようと試みるだけまだマシなのかもしれない。


 この都市全体で言えばもっと多数の兵がいるはずだというのに、今もその数はほとんど見られなかった。


 兵がいたとしても、指揮官がいないというのもあるのだろうが、この都市自体の指揮系統に問題があるのかもしれない。


「ま、俺には好都合だ」


 その首魁たる国王はここにおわす。

 彼を叩けば、隠れているかもしれない大規模な敵の勢力も現れざるを得ないだろう。


 ……そんな敵がいれば──だが。


 装甲擲弾兵中隊は乗車待機中。

 車体から顔を覗かせる車載機関銃だけが油断なく王城の方を指向していた。


 彼らドイツ軍は、戦車を先頭にしてその装甲を盾に敵火点から身を隠している状態。


 いつ、城壁から応射があってもいいように備えているのだが、今のところ攻撃はない。


 そして、戦車にのったナセル達はあっけなく王城前に到達していた。


「ここが…………」


 ──ガランとした王城前の広場。

 そこは、かつてナセルが縛られ転がされ……。


 そして────大隊長が焼かれて、両親が殺された場所……リズが甚振られた屈辱の地だ。


「──戻って来たぞ……皆」


 悲痛に顔を歪めるナセル。

 その視線の先には焼け焦げたような跡の土と、杭の突き立っていたであろう窪みがあった。


 もう、ナセルの大切な人はいない……たった一人を除いて。


 そうとも……それをやってくれたのは連中だ。

 キッと見据える視線の先。

 ──その先には王の居わす城がある。


 そうだ。

 あそこだ。あそこにいる。

 ……復讐の添え物の最後。そこにはクソ国王がいる。

 そして、奴の家臣どもと……クソ近衛兵団が詰めているんだろうさ。


 復讐対象の根城である王城。そこを戦車の上からジッと見る。

 

 もはや、勝ち負けなどない。

 ドイツ軍を前にしたならば、「勝ち」しかないのだ。



 ならば考えることはただ一つ。

 どう勝つか────だ。



 ナセルの目の前には広場と跳ね上げられた橋がある。

 防御機構を兼ねた跳ね橋で……橋裏のトゲトゲまでよく見えた。


 なるほど……臆病な国王は堀と城壁に守られるように城を閉鎖したようだ。


 つまり、ドイツ軍に対し籠城戦を挑もうというのだろう。


 チラっと目を向けた先。城壁上には多数の兵の気配がある。

 そいつらがナセルにむけて殺気を飛ばしている。


 なるほど、跳ね橋兼城門の向こうには、まだまだ多数の人間の気配がした────それも飛びっきりの重装兵どもの気配。



 ふ……やる気だな。



 だが、


 ──もはや、王都にまともに対抗できる兵力があるのか、今となっては怪しい。

 予備兵力が展開中だというが、正規の兵力としてはかなり漸減しているはずだ。


 急降下爆撃で吹っ飛ばされたのは間違いなく王都における敵の主力だったのだから。


(だが、一番厄介な──王都に所属している空中機動戦力の姿は未だ見ていないな……。前線に出張ったという話は聞いたことがないのだが……?)


 飼いならした飛龍ワイバーン怪鳥ガルダを擁する兵が所在したはずだが、まだ一度も見ていない。


 兵科の特性として、敵の攻撃に即応できるものではないが、ナセルが冒険者ギルドを攻撃してから随分と時間がたっている。

 いくら鈍重だとしても、あまりにも動きが遅い。


 …………。


 ──いや、違うか。

 これが普通・・・・・なのかもしれない。


 普通だ。

 この世界においては普通なのだ。


 それよりも何よりも『ドイツ軍』が早すぎる・・・・のだ。


 圧倒的戦力もさることながら、速度、装甲、火力────どれをとっても王都にいる戦力で敵いそうなものはない。


 空でさえ、今のドイツ軍は圧倒している。


 最強の魔物──召喚獣としても最強のはずのドラゴンでさえ、ドイツ軍の前では形無しだ。


 もっとも、ドイツ軍の強さも当然だが、それも含めて……、


「このありさまが王国の真の姿か……。かつての勇者の国が聞いて呆れるぜ」


 ナセルも、元は軍人だ。

 それも王国の最前線を担う部隊──『野戦師団』に所属し、ドラゴンの召喚を駆使して魔王軍と戦っていた。


 当時は、魔王こそが『悪』で、王国は『正義』だと。

 勇者は偉大で人類の希望・・・・・・・・だと──……。

 そして、王国こそ随一の大国だと思っていた。


 ハッ。それが、この体たらく……。


「こんな連中に俺は人生を無茶苦茶にされ──両親を殺され……リズを奪われ、そして、大隊長を灰にされたのか……」


 ……くだらないし──悔しいッ。


「何を信じて、何を見ていたんだろうな…………」


 ボロボロになった手をジッと見つめるナセル。

 あの日以来まともに体を洗ってもいないので爪の中まで汚れでびっしりだ。

 

 そんな彼が戦車に跨乗し、もっとも先頭に立ち、敵前に姿をみせている。


 そうとも──今のナセルはもっとも危険な場所に立っている。

 矢の射程内かつ、有効射程距離のその位置に────。


 ふっ……。異端者か。

 魔王軍に与したことはないが、本来の意味では異端なのだろう。

 魔王はどうでもいい。


 だが、勇者をぶちのめすために……。

 そして、愛した女をぶちのめすために……。


 そのため・・・・に王国を滅ぼし、勇者の末裔たちに牙を剥いた。


 なるほど、

 なるほど。


 俺は異端者になったのか。

 いや、違うな。


 異端者は魔王に与した者をいう。

 ──俺は与していない。


 むしろ、俺が異端魔王なのだ。


 そうとも、魔王だ!

 お前らにとっての魔王だ!!


 ──どうした?

 撃てよ。


 撃ってみろよ。



「──撃ってみせろぉぉぉおお!!」



 それでも、王城からの応射はなく、兵の姿も見えない……。

 かすかに殺気を感じるのみで、ここが本当にこの国の最終拠点で、最重要設備なのかと疑いたくもなる。


 王城は無防備にその姿をさらすのみ。


 いまや、守るものは堀と城壁があるだけで、本来の石垣たる兵の数がどこにも見当たらない。

 隠れているのは間違いないが、一体何を待っているのやら。


 だが、今はそれでいい。

 どうせ攻撃を始めたら全くの無抵抗というわけではないのだろう。


 上空をブンブン飛び回る空軍からも無線で情報が集まっており、空軍士官によると城壁にも多少・・の兵が確認できるという。


 恐らくは城壁の凸凹に身を隠しているのだろう。


 残りは城壁内の矢狭間アロースリットや、

 出城となっている正門の防御設備に身を隠していると思われる。


 だが、それだけではないはずだ。

 かつては国軍の兵として登城した経験もあるナセルは知っていた。

 ここの武器庫にはごっそりと防御兵器がある。


 城を守る最終手段。

 最新の高価な武器がズラリと──。


 とはいえ、堅固な城かと思えばそうではない。


 王都は政治のための城。

 構造上、地方に所在する軍事要塞とは異なり、ゴテゴテの防御設備があるわけではない。

 当然だ。


 ここは王都。王国の中心。

 繁栄を極める世界一の都市──。


 それがゆえ、どちらかというと優美さを重んじる建造物であるのだ。


 だが、それでも王の城。無防備なはずもない。

 いざ有事の際には移動式の防御兵器を城壁にズラッと並べて守りを固めるのだ。




 小型投石機カタパルト大型重弩バリスタ────。



 空軍士官から第一報。

『敵影確認! 上空からも詳細な報告が来ています』


 ほぉら来た。

 そろそろおっぱじめる気だろ?


 サイドカー上の空軍士官がダダダと走り寄ると通信用紙を紙挟クリップボードに挟んで一礼する。


『報告ッ。城壁上に射出兵器の展開を確認おおよそ……20基! こちらを指向しています』


 そうだろうさ。



『────また、城門の後背に敵兵力の集結を確認……突撃体勢を整えつつあります』

 報告を終えると、バシリと敬礼して去っていく士官。

 それを見送りつつ、

「はっはー! ……そっちから討って出てくるか。上等ぉぉ!」


 バン! と拳をあわせて盛大に笑う。


 さぁ始めるか。

 ナセルは砲塔に潜り込むと、キューポラ前にある対空銃を構える。

 

 そこでようやく敵もチラホラと姿を見せ始めた。

 城壁上にズラっと並んだ弓兵に、バリスタにも人が取りつき巻き上げ機を回している。


 さっきまでメッサーシュミットが上空をブンブン飛び回っていたからロクに頭を出せなかったのだろう。気持ちは分からなくもないが、上空援護だけが脅威だとでも思っているのだろうか?


 ナセル達ドイツ軍は敵弓兵の射程ギリギリまで前進。

 さすがに地上部隊が近すぎて、メッサーシュミット等の上空援護機は近接航空支援を中断している。


 矢の射程等、上空の戦闘機からすれば目と鼻の先の様なものだ。

 さすがにこの距離での支援はおいそれと頼めない。




 そこで──。

『敵司令官を確認ッ! 正面────正門上!』





 な、なに?!




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