第17話「そこがテメェの家だッ!」

 ギルドマスターは金庫内で震えていた。

 

 彼の周りには溜め込んだ財貨が大量にある。

 もちろん、ギルドの金なのでギルドマスターといえど好きに使えるわけではないが、そこはそれ。


 ちゃんと裏帳簿をつけて、せっせと私腹を肥やしていた。

 ナセルを売り渡し、アリシアの軽いケツをくれてやった礼金も勇者からたんまり貰っている。


 さらには、先祖伝来の由緒正しい剣聖の使っていた刀もある。

 ギルドマスターの腕では使いこなせないが、装備するだけで能力は上昇し、伝説のスキルも使える代物だ。


 もっとも、今のへたれた剣聖の末裔たるマスターでは一度使えばそれきりという程度。

 時間をおかないと使えなくなる。


 剣聖闘気ソードマスターオーラという、まんまのそれだが、一時的に身体能力を限界値まで上昇させるのだ。

 最悪、それを使ってナセルを討とうかと考えたが、ナセルの召喚獣は数が多い。

 ナセルに到達する前に力尽きるのは目に見えていた。


 ──それにしても、ナセルの野郎!!


 さっきから引っ切り無しに建物の崩れる音が聞こえていたかと思うと、あの鉄の馬車が周囲を走り回る音が響き始めた。

 なにをしているのかよくわからないが、小さな空気穴から見る限りでは土埃しか見えない。


 幸いにも、この金庫はドワーフ謹製。

 特別に仕上げた頑丈なつくりだ。


 ドラゴンの炎でも焼けず、

 ベヒーモスが踏んでも凹みはしない。

 入り口を開けて出入りする以外に、この金庫を害することは絶対にできない!


 ゆえに、

 建物が崩壊してもこの金庫だけは無事だろう。

 とっさの判断としては悪くなかったと思うが……。


 ──逆に言えばここから出れないということ。

 

 じっと息を殺していても、あのナセルが見逃すとは思えない。

 ……それだけの執念と怨念を感じた。


「ぐぐぐ……あの野郎!」


 将官職を退いてから、国の補助金で運営される準軍事組織である冒険者ギルドのマスターに収まることができた。


 仕事は実に簡単。

 偉そうにふんぞり返って職員に指示するだけ。


 あれをやれ、これをやれ。……それだけで十分だった。

 あとは職員と冒険者が勝手に働いてくれる。


 モンスター駆除に、薬草採取、護衛に盗賊退治。

 

 軍隊が魔王軍の戦争にかかりっぱなしなので、前線から離れられない。

 そのため、国内での仕事はいくらでもあった。


 ギルドマスターからすれば冒険者の仕事は実に楽で簡単で気分のいいものだ。

 

 退役軍人の所属も多く、彼らはそのほとんどが元将官のギルドマスターを敬った。


 おかげで信頼のおけるギルドマスターとのもっぱらの評判だ。

 

 だが、


 それも────すべて消えた。

 子飼いの冒険者も、

 気心の知れた職員も、

 そして、俺の城冒険者ギルドも……。


 くそ!

 くそ、くそッ!

 くそくそくそぉぉおおお!!


 もう少し、

 もう少しで──もっともっと稼げたはずなんだ!


 尻軽女を一匹、性欲猿勇者に宛がうだけで俺は勇者のお気に入りになり、

 優秀なギルドマスターとして名を馳せるはずだったんだ!!


 うまくいっていたんだ!!

 そうだ! うまくいっていた!


 いずれは元老院に入ることも!

 それ以上の地位や名誉だって!!


 そ、そ、

 それをあの野郎ぉぉおお!!


 ナセル! ナセル!

 ナぁぁぁセぇルぅぅぅううう!!


 大して強くもないくせに!

 ドラゴンが召喚できなければカス同然のくせに!!

 若い嫁を貰って満足しただろ!?

 お前にゃもったいない女だ!


 あとは、死ね!!

 一人で、死ね!!

 さっさと死ねぇえええ!!


 悔しくて、腹立たしくて、やるせなくて──狭い金庫の中で地団太を踏んでいると、


 ギャラギャラギャラギャ…………ギキィィイ!!


 ──鉄の馬車の咆哮が止んだ。


 ガシャン、と瓦礫に降り立つ音。


 ジャリ、ジャリ、ジャリッ──。


 瓦礫の上を誰かが近づく音。

 確認せずともわかる。


 ……今この場で縦横に動けるのはナセルだけだ。


「(よぉお! くそギルドマスター!!)」


 ガン!! ガン、ガン!


 乱暴に金庫の外壁が叩かれ、当時に外からナセルの喚き声が聞こえる。

 棍棒の様なもので執拗に叩かれているのが嫌でもわかった。


(くそ! ふざけるなよ……! 異端者になって人生終わったクソ野郎が! 俺の華やかな老後の邪魔をするんじゃねー!!)


 あれ程いた冒険者も王都警備隊もナセルの暴走を止められない。

 ナセルの余裕そうな態度からして……とっくに全滅しているのだろう。


 くそ!

 クソ!

 クソぉぉ!!


 外からガンガン叩かれ、それに言い訳しかできない自分が見苦しい。


 あまりの恐怖に、金庫内は異臭に満ちていた。

 ギルドマスターはさっきから恐怖に耐え切れず、ジョボジョボと尿を漏らしていたのだが……。


 ぐぅぅ、本日何度目かわからない!



 だ、

 だがなぁぁああ!


 ま、まだ脱糞まではしていない。

 していないぞぉぉお!!


 どーだ、まいったか!


 そして、外では喚くナセル。

「(──教会や騎士団……勇者が出てくるってか!? 上等だ!!)」 


 はッ!

 そうだよ!

 その通りだ!


 教会の神殿騎士団に、国王直属の近衛兵団!

 そして、勇者コージがいる!!


 かなうと思ってんのか!!!


 それに見ろ。

 ナセルはナセルで手も足も出ない様だ。


 叩けど叩けど、そんなものでドワーフ謹製のこの鋼鉄の金庫が破れるものかッ。


 そのことに安心したのか、ギルドマスターはナセルの安い挑発に思わず乗ってしまう。


「おらぁぁ! どうした! 俺を殺してみろよ~」


 ──ギャハハハハハ!!!

 やれるもんならやってみろ!


 ここで隠れていれば、そのうち騎士団だの、勇者だのが来る!

 俺の勝ちだ!


「(あ~おーあー、殺してやるよ。そろそろテメの、くそダミ声も聞き飽きたぜ)」

「ほざけッ」


 好きにほざいているがいい。


 そのうちに金庫を叩く音がしなくなったかと思うと、一瞬諦めたのかなと期待した。


 しかし、それはすぐに裏切られた。


 なにやら複数の気配を感じると、ゴソゴソと外壁を探られているような気配。


(な、何をする気だ?)


 ちらりと四方に設けられている空気穴から外を伺うと、ゴソゴソ動く黒衣の兵が見えた。

 何やら探っているようだが……。


 どうにも嫌な予感しかしない。


 ついには、ゴトン、ゴト……。と重い金属がぶつかる音と共に何やら金庫の側面に人の気配が────。


 成形炸薬がどうのこうの……。

 ──せいけいさくやく?


「(よぉクソマスター。今からじっくりローストしてやるぜ)」


「あ!? やれるもんならやってみろ! ドラゴンがいなけりゃ何も出来ないカス召喚士サモナーが!」


「(ははは! もうドラゴンはいない。…………お前らに奪われたからな──あるのは俺の憎しみの体現さッ────やれぇ!!)」

『(了解ヤボール)』


 ナセルの号令が響いたかと思うと──。


『(ドライツヴァイアインス──点火ぁツゥドゥゥン!!)』


 はッ?


『(爆発するぞぉフォオレデコォン! 伏せろぉぉヒンレェーゲン!!)』


 な、なにを!?

 ギルドマスターが疑問をもったその瞬間────。




 ブシュゥゥゥゥ!!!!




 突然金庫の中の気温が猛烈に上昇し始めた。

 そして、あっというまに扉にあたる分厚い部分が真っ赤に焼けていく。


 な、ななななな!?


 ま、

 まるで熱した鉄板の様に──────。


「あ、アヅ! あづづづづ!!」


 ブシュゥゥゥウウウウウ!!


(ば、ばかな!? 焼け──……溶けているだと!?)


「あづあぁぁぁぁぁ!!!」


 や、やばい!! ……死ぬ!?

 ふ、ふざけろぉぉおお!!


 ここに至りギルドマスターは本気を出す!

「うおおおおおおお!!」

 金庫室に保管している剣聖の刀。それを一挙手で抜き放つと──。


剣聖闘気ソードマスターオーラ!!!」


 カッ────!


 金庫室でギルドマスターの体が輝く。

 そして、筋力、防御力、魔力、魔力耐性などがみるみる上昇していく!


 うおおおおおおおおおおおおお!!!


 だが、

 ──ブシュゥゥゥウウッ!!


 それがギルドマスターの視界・・が最後に見た光景。

 あとはまるで太陽の様に焼けた熱線が金庫の壁を溶かして貫いてきた。



 ────ッ!!


 ────ッッ!!


「ぎ──────ゃぁ──ッ!!」


(い、息が……ぐぁぁぁぁぁぁ──)


 噴き出してきた熱線が目を焦がし、内部の貴重品や金貨が燃え溶けていく。

 そのおかげであっという間に狭い金庫内の酸素は消化しつくされ、肺をおし潰した──。


 だが、一瞬で焼き尽くされないのは、さすが 剣聖闘気ソードマスターオーラといったところか!


 皮少しばかり膚を焦がすも、上昇した身体能力が熱線のそれらを防ぐ。

 防ぐが────。


 鉄を溶かすジェット噴流だ!


 あづぅぅぅうううううううう!!!


 ブシュウと目玉が沸騰し、弾ける。

 むやみに能力が上昇しているものだから即死できないだけ、なお性質が悪い。


 そして、


(目がー目がぁぁ)


 ブクブクと泡を吐き、沸騰した目玉のまま白目をむいたギルドマスターは──ブリブリブリブリィ!! と脱糞をして意識を失い金庫の床に倒れる。


 その横で高熱ジェット噴流によって焼け溶けた鉄が、金庫の縁に流れ込み入り口を封鎖してしまった。


 それは二度と開かない、開かずの金庫の出来上がり。


 肺と喉が潰れた状態で気絶したギルドマスターは多分、それこそ伝説のドワーフにでも解体してもらわない限り、一生金庫から出ることは出来ないだろう。


 死ねればまだ良かった。

 だが、彼は選択を誤った……。


 ギルドという老後の職を手に入れたはずの小役人──ギルドマスターの最後は、狭い金庫の中で名剣や財貨とともに蒸し焼きにされるという悲惨なものだった。


 地獄の沙汰も金次第────。


「老後のためにシコシコ溜めた金と一心同体だ。本望だろう?」


 フリークエストを受注した際、ゴロツキどもから巻き上げた銀貨五枚。

 ナセルの命の値段だ。


「釣りはとっとけクソ野郎」


 実際に中からは糞便の匂いが色濃く漂っている。

 それを塞ぐように空気穴に銀貨をしっかりとはめ込んでやる。


 それはまるであつらえたかのようにピッタリと空気穴の中に収まった。

 最後に成形炸薬のジェット噴流であいた小さな孔にもきっちりと銀貨をはめ込む。


「足りたな、銀貨五枚──きっちり払ってやったぜ?」


 ナセルを嵌めて自信の保身を図り────命を奪おうとした老獪……。

 ここに閉じ込められる。


 内部から漂う糞尿の匂いが中の悲惨な様子を物語っていた。


 はははははは!

 良い気味だぜ!


 クソギルドマスターは本当に糞ギルドマスターになりましたとさ、

「どうだいクソの味は? 俺も投げられ食わされたよ。糞ってのはよぉ……クソのような味がするんだぜ? ええ! クソギルドマスターよぉぉ!」


 もはや語ることも──言い訳も罵倒も逆ギレもできないギルドマスター……改め、金庫のクソ溜めにナセルは吐き捨てた。

 老い先短い将来だ!

 一生そこで安全に糞でも食って暮らしていろ!!




 はッ!!!!




 すぅぅうう……。

「──ざまぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」




 あああああはははははははははは!!




 ひとしきり笑うナセル。

 そこで顔を歪めると、ポツリ──、


「まずは一人────……」


 殺してやるつもりだったが、これはこれでいい。

 いいじゃないかッ!?


 そうだ、

 そうだ、

 そうだとも!!


 簡単に殺してやってはつまらない! 満足できない!


 殺され、

 焼かれ、

 辱しめられ、


 拐われたんだ。


 俺と、俺の家族と…………大事な人達と同じ目に────いや、もっと悲惨な目に合わせてやる!






 まってろよ……勇者コージ。


 そして、

 そして……────愛しい愛しい俺のアリシアぁぁ!!

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