第18話「悪徳の教会」
リンゴーン……。
リンゴーン……。
厳かなる空間。
巨大な聖女の像を祀る大神殿の中に鐘の音が鳴り響く。
朗々と響く音は神殿内の聖堂部分の空気を震わせていた。
内部で鐘の音を聞くともなしに聞いているのは複数の教会関係者で──。
「暴徒ですか?」
「はッ、恐らくそうではないかと──」
聖堂内で報告を受けるのは、王都付神官長だ。
その居住まいは豪華な法衣に身を包んだ神官のもので、細かな刺繍で金色に縁どられている。
彼に対して向き合うのは、直立不動の姿勢を取る神殿騎士。
騎士は豪奢な装備に身を包んでおり、その纏う空気からは堅物の印象しか受けないだろう。
そして、そんな彼から報告を受けたとき、王都付教会本部神官長は思わず首を傾げていた。
ここは王都の南端に広大な敷地を持つ教会本部。──大神殿。
聖女の像を祀る聖女教会の王都における最大拠点だ。
そこはやたらと天井の高い平屋構造の巨大な建造物で、内部には参拝者を見下ろす聖女の像が収められている。
一見して集合住宅程度ならスッポリト収まりそうなほど内部は広く、そして高い。
巨大な聖女像を祀るため、
見事な建築技術で築き上げられたそれはアーチ構造を描いている。
それは職人技で組み上げられており、天辺に向かってカーブを描きつつも頂点で見事に応力を調和させていた。
そして、今はその広大な空間にも関わらず、聖務の隙間時間であるため、だだっ広い礼拝堂には神官長と神殿騎士──そして護衛を兼ねる数名の拷問官しかいなかった。
それにしても──。暴徒?
「それが私と何の関係が……」
「──その、例の異端者であります」
例の異端者と聞いて、神官長は「はて?」と首を傾げる。
「お忘れですか……? 監視せよとおっしゃったではありませんか……」
困ったなといった雰囲気の神殿騎士は、取りあえず補足の説明をする。
「例の────勇者の子を身籠ったビッ……女性の
勇者の子と聞いて、ようやく合点がいったらしい神官長は、
「あー! あの召喚士ですね。……ふむ? 力を失った召喚士が暴徒になったと?」
「はい」
ふむ……?
神官長はますます首を傾げる。
「たしか召喚の呪印は焼き潰したはず……ドラゴンは呼べないはずですが?」
「それが詳細までは……。見張りに使っていた小者も逃げたか、何かで行方知れずです」
「ふむ? それほど心配いらないでしょう。あれ程の目にあったのなら、大抵は自殺するか短絡的な考えで世に報復に走るものです」
そう。
それが狙いだ。
異端者と言えど、一度は赦し──教会の慈悲を世間に示す。
だが、異端者は自殺するか悪党になって世に反旗を
自殺すれば、それはそれで面倒はないし、
悪党になればなったで殺す大義名分を得ることができる。いや、そればかりか、ますます異端者への風あたりが強くなり取り締まりが強化される。
どっちにしても教会に実害は少ない。
「それが……未確認ですが、先ほど入ってきた情報ですと、その……例の異端者によって冒険者ギルドが壊滅させられたとか」
「はぃ?」
な、何を言っているのだこの男は?
「ど、どういうことですか? 冒険者ギルドは準軍事組織……並みの自警団よりも遥かに強いはずです。それにギルドマスターはクズですが、あれでいて……剣聖の末裔ですよ?」
簡単にやられるわけがないでしょうが……。
そう言って
「しょ、詳細までは────」
語尾を濁して、冷や汗を掻く神殿騎士。しかし、それも長く続かず──……。
だだだだだだだ!
ばぁん!!
神殿騎士と神官長が首を傾げている所に、物凄い勢いで飛び込んできたものがいた。
そいつは教会本部の正門守備を担当する部隊長だ。
その勢いに反応した拷問官たちが一斉に武器を構えるも──。
一瞬、シンと静まり返る場。
それを破ったのもやはり闖入者だ。
「し、神官長! き、きききっき──」
「落ち着きなさい……神は
「緊急事態! い、異端者が攻めてきました!」
「──ますぅぅぅぅ……。ん、何だって!!!??」
この場で一番驚いて、一番でっかい声を出す神官長。
しかし、取り繕う暇もなく、
ヒュルルルルルルルルルルルルル………………──。
何かが空気を切り裂く音が──、……ズドォォォン!
「ひぃ!」
「ひゃああ!!!」
お互いに抱き着く神官長と神殿騎士。
拷問官たちも右往左往。
「ななななななん、何事ですか!」
「おおおおおおお、落ち着いてください神官長!」
これが落ち着いていられるかと言わんばかりに、ゼロ距離で密着した男子と男子がピョンピョン飛び跳ねる。
しかし、無理もないだろう。
愉快な二人と、恐ろし気なマスクを被った拷問官たちがウロウロしている最中に、ズドーーーンと、巨大な石材が降ってきた。
見上げれば、天井の材料が一部剥離して降り注いでくるではないか。
それを合図にしたかのように、ガラガラガラ~!!! と教会本部の屋根が音を立てて崩れていく。
アーチ構造の欠点とも言うべきそれは、互いに支え合っているがゆえに──片方が崩れると連鎖的にすべてが崩れるのだ。
「うおおおおお! し、神官長はやく!」
「ひええええええ!!!」
ガラガラと崩れていく教会本部。
あれ程威容を誇っていた巨大建造物も崩れ始めればあっという間だ。
「あわわわわわ!!! は、はやく走ってください神官長!」
「う、うるさいですね! ほ、ほほほ法衣が鬱陶しくて!!」
走りながら器用に罵りあう彼らの背後に次々と降り注ぐ瓦礫。
それらは一つ一つが巨大で凶悪。
ズシン、ドコーン! と物凄い轟音を立てて砕け散り、神官長たちを外へ外へと追いやっていく。
「ど、どどどど、どきなさい! あなたは教会の騎士でしょう!? 教会を、いえ……私を守りなさい!」
「はぁぁぁ? 守ってる場合ですかッ!? ちょ、ひっぱんな!」
ワタワタと押し合いへし合い、神官長と神殿騎士は前へ行ったり後ろへ押し込んだり、とにかく二人とも足を引っ張りつつもなんとか逃げ延びていく。
広い聖堂を抜けるころには、お互いひっぱりあったり、蹴とばしたりで服がボロボロ。
……酷い有様だ。
そんな二人に追従してきた拷問官たちは顔を見合わせているが、主人たる神官長の前なので黙って控えている。
ぜぃぜぃぜぃ……。
「ななな、なんということ……これは神の怒りか──!?」
息を切らせた神官長が背後を振り返り全壊した聖堂を見て天を仰ぐ。
あの清楚で美しい聖女像が太陽の元に剥き出しになっているのだ。
おぉぉ、神よ!
聖女様よ!
幸いにも聖務時間ではなかったため、ほとんどが外で作業中。
ついでに言えば、参拝客もいなかったことによりほとんど人的被害は出なかったのは不幸中の幸い。
不幸な事はと言えば、
建物が崩れて聖女をモチーフにした巨大な像がむき出しになってしまったことくらいか……。
なんたる……!
なんたる……!!!
これは、神の怒りか!
一体何が!?
そう嘆く神官長たちに被せる声が一つ。
はっはっはぁぁぁ!!
「────神じゃねぇ……俺の怒りだ」
衣服を半裸に、胸の呪印を高らかに示した男がそこに──。
崩れた教会本部から
──奇妙な鉄の馬車に乗った、あの『異端者』がいた。
「な、ななな…………あ、アナタは異端者ナセル・バージニア!」
開いた口が塞がらないとばかりに呆然と呟く神官長。
それに、素早く反論するのは──、
「誰が異端者だボケぇぇ! 勝手にそう呼んで、勝手に俺の全てを、勝手に奪っただけだろうがぁぁぁ!!」
鉄の馬車に跨るナセルは、以前では考えもつかない暴力的な口調で吐き捨てる。
神官長をして、本当にあの男かと二度見してしまうほど。
だが、間違いない……。
ナセル……───ナセル・バージニア。
「お、お黙りなさい! これは貴方の仕業ですね!」
背後を指し示し、崩れて濛々と土埃を立てている教会本部を見ろばかりに神官長は言う。
「はぁ? 当ったり前だろう……。まさか、こんなに簡単に崩れるとは思わなかったけどな」
「なんたる! なんたる!! か、神をも恐れる所業──恥を知りなさい!!」
わなわなわなと震える神官長は恐れを知らず! とナセルに詰問する。
「はぁぁぁ? 恥だぁ!? おうおうおうおう、お~ぅ。それはコッチのセリフだっつの。人の女房欲しさのクソ勇者に肩入れしやがって。……オマケの俺の全てを奪いやがったな? あ? ……だったらよー、」
────そっちも、全てを奪われる覚悟はあるんだろうな!?
ナセルはそう啖呵を切って神官長に真っ向から立ち向かう。
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