第10話「ドイツ軍召喚」


 その人物は奇妙な出で立ちだった。


 灰色の衣服に身を包み、

 体を縛るようなサスペンダーに、腰には剣帯。

 そこに細々こまごまとしたポーチを付けて、武装は短い剣が一振り。


 さらには、剣帯の余積に水筒やシャベルを備え付け、

 肩から用途の分からない円筒形の大きな筒を下げている。


 頭には角無しのツルンとした丸い兜。

 そして、両の手には木と鉄でできた妙な杖────。




「だ、誰……ですか?」




 ポカンとするナセルにゴブリン達。

 そして、ゴロツキども。




 突如現れた人物はナセルに視線を向けるも黙して語らず。

 顔つきは厳つく、金髪と青い目が美しかった。


 彼は、まるで召喚したてのドラゴンのように、キラキラと輝く粒子をしばらくの間だけ纏って佇んでいた──。



 これは、まさか……。



 そこに、

 ──ブゥン! と、透明なガラス板の様な召喚獣ステータス画面が現れる。


 ステータス画面──つまり…………これは召喚獣なのか?


 ……ということは、

 もしや! ナセルの最強の召喚獣の、





「ド──────────」





ドイツ軍

Lv0:ドイツ軍歩兵伍長1940年国防軍ヴェアマハトタイプ

スキル:小銃モーゼルK98射撃、手榴弾投擲、

    銃剣突撃、etc

備 考:1940年に活躍したドイツ軍歩兵。

    歩兵伍長は一個班程度の指揮が可能


※ ※ ※:

ドイツ軍

Lv0→ドイツ軍歩兵1940年国防軍ヴェアマハトタイプ

(次)

Lv1→ドイツ軍歩兵分隊1940年国防軍型、

   ドイツ軍工兵班1940年国防軍型、

   Ⅰ号戦車B型、

Lv2→????

Lv3→????

Lv4→????

Lv5→????

Lv6→????

Lv7→????      

Lv8→????

Lv完→????






 …………。


 ど、

「────ドイツ軍???」



ハッヤー指揮官殿コマンデン!!』


 バシン! と針のように一直線に起立する。

 まるで……。

 そう、この召喚獣は──まるで軍人を思わせた。



 いや、違う。

 『ドイツ軍』────つまり「軍」なのだ。



 え、っていうか、


 え?


 え? え? 絵? エ??



 ド、

 ──────『ドラゴン』じゃなくて??



 胸の呪印を見れば、『ド&%$』のまま呪印が光っている。

 そして熱を……。




 ま、まさか──────。


 文字が潰れて、ドラゴンから変化した!?


 え??

 そんな例、聞いたことないぞ!??





 っていうか!!!



「ドイツ軍って────────何?」




 状況も忘れてナセルが呟く。

 誰も何もわからない。


 それは周りの者とてそうだ。


 突如召喚魔法陣があらわれ、そこから異形の人物が湧き立てば──そりゃあ、誰でも驚く。


 だが、それも永遠ではない。


 ここでいち早く正気を取り戻したのは、なんとまぁ~意外なことにゴブリンどもだった。

 

 甚振いたぶっていた人間の隣に、突然もう一人ばかりの人間が現れて驚いたものの、

 ──彼等の小さな脳ミソでも、考えてみればわかる話。


 そう、

 単純に数で言うならゴブリンのほうが圧倒しているのだ。


 ビビらせやがって! と言わんばかりに、

 「ゲギャー!」と叫ぶと、再びナセルを殴打しようと棍棒を振り上げる。


 だが、その瞬間──ナセルは迷わず指示を出す。

 それはまるで……。

 かつて、ドラゴンを顕現させて自在に指示していた頃を彷彿させるかのようにッ!


「……や、やれッ!」


 魔力を通じてドイツ軍と繋がるナセル。


 そして、の召喚獣に『援護しろ!』と命令し、さらなる魔力を注いだ────。



了解ヤボール! 殲滅しますファィニヒツ



 ──バァァァン!



 突如、雷魔法で落ちたかのような轟音が鳴り響く。

 その直後──ナセルに躍りかかってきたゴブリンの頭部が爆発した。


 は?


 ドサリと倒れるゴブリンが一体。




 頭部は──────ない。


 


 狂暴そのものであったゴブリンが、わけのわからぬまま死に絶える。


 その様子に一瞬で静まり返るゴブリン達。

 それはナセルや隠れて見ているゴロツキどもも同じだ。


 誰もが動けぬ中。

 のんびりと驚愕できたのも一瞬のこと。


「えぇ?」


 ナセルの理解が追い付かないうちに、召喚したドイツ軍が動く。


 魔力は十分。

 そして、なにより……。とっくに命令は課せられている!


 ならば、

 ドイツ軍に動かぬ道理など……───ない!



 そこからは立て続けに雷鳴のごとき音が鳴り響く、

 バァァァアン!!


 ジャキン、バァァァン!

 ジャキン、バァァァン!



 次々に起こる轟音。

 その音の度に、ゴブリンがまた一匹、二匹とぶっ飛んでいく。


 比喩でも何でもなく、まさにぶっ飛んでいくッ……。

 頭部はもとより、胴体すら。


「なッッ? う、嘘だろ!?」


 ……その死に様は凄まじい。


 頭が爆発する様は圧巻。

 胸や腹に大穴が開く様は凄惨。

 ──およそ形状しがたい死の饗宴。


 もう、ナセルですら何がなにやら────。


 ゲギャ、ギギャアアアア!!


 腰を抜かした1匹を残して残りの個体は遁走を開始。

 すると、件の人物は腰からジャガイモ潰し器ポテトマッシャーの様なものを抜き出すと、尻から飛び出た紐を引き抜いて投擲した。


 ピィン──♪


 ヒュンヒュンヒュン──! と回転するそれは木々にぶつかりながらも、逃げたゴブリンの程近くに落下し──────、






 ズドォォォォォォン!!!






 大爆発した。


 あとには、バラバラとゴブリンの内臓やら腕やら、なんかよくわからない部位やらが降り注ぐのみ。



「ひぃぃぃぃ……」


 ナセルは腰を抜かした。

 そして、陰で様子を窺っていたゴロツキどもも腰を抜かしている。


 当然、最後のゴブリンも腰ぬかしていたが──……灰色の服の男は容赦しない。

 ナセルがそう命じたからだ。


 彼は慣れた手つきで杖のような物を構えると、ゴブリンに向け──、



 ……バァァァン! と、容赦なく殺した。



任務完了フェィクスィディシュ


 ガン! と直立不動で手を頭の前にかざす妙な仕草。どうやら敬礼のようだが……。


 頷き返すナセルを見ると、腰のポーチから金属の葉巻束のようなものを取り出し──、

 彼は杖の上部の金属をクルリと回して、金属の葉巻をガリガリと音を立てていれ始めた。


 その仕草を見るともなしに見ると、自分がポカンと口を開けっぱなしだったことに気付く。



 こ、


 これが────あの『ドラゴン』の成れの果て…………?



 『ドイツ軍Lv0:ドイツ軍歩兵伍長1940年国防軍型』なのか……???



「なんあなななん、なんだあれ!?」

「ば、化け物かよ!!」

「あの異端者──────ま、魔法使いを召喚しやがった!!」



 慌てた様子のゴロツキの声に我に返ったナセル。

 ゴロツキより立ち直りの早かったナセルは、ハッと気づく──、


「やれ! 逃がすなッ」

 そうだ……。千載一遇のチャンスだ!


 魔力を注ぎつつ、素早く指示する。


了解ヤボール


 スチャ! と杖を構えた灰色の男は、まるで楽器を扱うかのように滑らかな動作で──────それを奏でた。


 バァァァン!

「ぎゃあああ!」


 弓持ちのゴロツキが体を「く」の字に折り曲げ、バタリと倒れる。


 次!


 ジャキン、バァァァン!

「ひでぶ!」


 槍持ちは顔面に大穴を開けて絶命。


 もう一丁!


 ジャキン、バァァン!

「ぐはッ…………!」


 斧持ちの頭部が爆散する。


 ジャキン、バァァン!

「ぐあああああ!」


 長剣持ちは腹から内臓をこぼしつつ、しばらくバタバタと暴れて息絶える。



 最後────いや、待て!



「まて! 一人生かしておけッ」

了解ファシュタンドン


 彼の視線の先には、ロクに抵抗も出来ずにくたばったゴロツキが4体倒れていた。


 真っ先に弓使いを狙ったあたり、灰色の男は知恵がある。

 そして、忠実だ。


 唖然とした様子のリーダー格の男が、みるみるうちに顔を青くすると、


「ひぃぃぃぃ! は、ははは話が違うぞ?!」 


 リーダー格の男は、今さらヨタヨタと腰が抜けながらも逃走開始……。

 はッ!!! 逃がすものかよ!!


「足を射止めろッ」

了解ヤボール


 バァァン!


「ぎゃあああああああ!!」


 グチャっと、ゴロツキの足が変形する様が良く見えた。

 灰色の人物のもつ杖はクロスボウの様なものらしい。


 恐らく、なにかを目に見えないものを射出しているのだろう。


「ひぃひぃ! お、おおお俺の足がぁぁぁ!!」

「──足くらいでギャーギャ騒ぐな!」


 ナセルは素早くゴロツキに近づくと、その足を蹴り飛ばす!

 大穴の空いた足からは血が飛び散り──、


「ぎぃぃぁぁああああ!!!」


 物凄い悲鳴があがる。


「テメェらが先にやったんだろう──が、よ!」


 ゴブリンの群れに蹴りとばされた時に切られた痛み!


 そいつを今返してやるとばかりに、

 ガンともう一度その傷を踏みつける。グリグリ。


 その様子を黙って見ている灰色の男──ドイツ軍の歩兵は、無表情のまま黙して語らず、不動の姿勢でナセルに付き従っていた。


「ぎゃひぃぃぃ!! ひぃひぃ……や、やめてくれ!」


 一発で済むか、このクソ野郎が!!!


 今までの鬱憤を晴らすかのごとく、一種の八つ当たり染みた感情で二度三度と蹴りとばし、踏み抜く。


 あまりの激痛と恐怖に、ゴロツキは顔中がよだれと鼻水まみれ。

 ションベンまで漏らしている。


「やめてくれ、だぁ?」

 グリリリ……──。


 とはいえ、完全に八つ当たりばかりでもない。

 ドイツ軍が召喚できなければ、今頃──骸を晒していたのはナセルになっていたのだろうから……。


「いぎゃああ!! やめてください! ごめんなさい!!」

「ふん……いい気なものだ。人をゴブリンの餌にしようとして反撃されたら命乞いかッ」


 くっだらない……。


 ドラゴンが召喚出来た頃のナセルなら、こんな木っ端な雑魚を甚振いたぶるような真似はしない。

 しないが……。


 こいつがギルドマスターの差し金だと言うなら話は別だ。


 御目出度おめでたいナセル。

 彼はなんだかんだ言って、ギルドマスターに命は助けられたと思っていた。

 ギルドマスターに対する憎しみはあれど、彼は仕事をくれたし────何より、ナセルの命を奪うという最後の一線は超えようとしてこなかった。


 いや、ギルドマスターだけでなく、今のところ──誰も彼もナセルを殺すという最後の一線は越えてこなかったと……そう考えていた。


 ──考えていたんだよ。


 形振り構わずに見えて、ナセルの中にある理性といった感情が、まだ──辛うじて……。


 そう、ナセルはまだ辛うじて抑えていた──────遠慮というものを。


 本当だったらとっくに、盗賊でもなるか、魔王軍にでも降伏すればよかった。

 そして、人類を呪い……全て無茶苦茶にしてやればよかった。


 それをしなかったのは、何故か?


 王も神官長もギルドマスターも、アリシアでさえ命を取るのを躊躇っていると思っていたからだ。


 しかし、それは違った。

 命を取らないのは慈悲でもなんでもなかった……。


 ただ、自分の保身のみ。

 みんな自分のことだけを考えていたのだ。


 ナセルの命なんか……、

 本音ベースで言うと、誰も彼もが──どーーーーーーーーでもいいと思っていたのだ。


「いでぇよ! いでぇぇよぉぉぉ!」

 ゴロツキは男の矜持も何もなく、大声で泣く。


 こんな奴に殺させようとするなんて。

 ……ナセルの命などゴミ以下だとされていると否応にも理解できた。

 そうだ──そのことを今さらながら悟ったナセル。


 だから、彼も遠慮を捨てる。

 慈悲を捨てる。


 良識などいらない。


 だから────。


 涙と涎でベトベトになったゴロツキを見ても、

 ナセルの心が同情など覚えるはずもなかった。……今はフツフツと沸き上がる怒りを、ただただ感じていた。


 国に、

 教会に、

 冒険者ギルドに、

 勇者に、


 そして、妻アリシアに────。


 彼女に捨てられたあの時の怒りが湧きかえってくる。


 その怒りは、ナセル個人だけのものでは────ない!!


 なにより、

 彼の大切な人達をゴミのように殺し、奪い、拐っていった連中に怒りを!!!


 ナセルの怒りは、ギリギリのところで抑え込まれていたが────。


 今、まさに!!


 大切な人達を殺されて、

 自らすら殺されかけたことで、最後のたがが外れた。



 全員、


 そうだ──────全員、






「ぶっ殺してやる────」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る