第9話「その名はド──」

 王都郊外に広がる森林地帯。


 王都の管理する森林だが、ここには野生動物の他、比較的弱いモンスターが現れる。


 大カラスや地猪グランドボア、それに亜人種であるゴブリンだ。


 どいつもこいつも、狩っても狩っても湧いて出てくる厄介な連中だった。

 特にゴブリンはもっとも厄介なモンスターで、奴らは徒党を組んで郊外の村を襲ったあげくに家畜や女子供を攫って行く。

 そのため、被害が出ないうちにと、年中討伐が行われていた。


 安い報酬で危険な任務。好んで受ける冒険者はまずいない。

 おかげでナセルやゴロツキどものような社会のハグレ者に回ってくる仕事というわけだ。


 そして今、ナセルとゴロツキ5人が近隣から集められた目撃情報を元にゴブリンを駆逐に行くのだが──現在のところまだ接敵はなかった。

 仕方なく、森の中を確認情報だけを頼りにして捜索する。その間の暇潰しにゴロツキどもの駄弁だべりに付き合わされるナセル。


「よー……アンタ元A級なんだって?」

「…………ああ」


 気のない返事のナセル。相手をするのも面倒くさかったが、無視するわけにもいかない。

 今は返事をしつつ、その辺で拾った木の棒を棍棒代わりに周囲を警戒していた。


「異端者なんだってな──……その焼き印を見りゃわかるぜ? へへッ、A級になる原動力の召喚術はもう使えないらしいじゃないか?」


 だが、放っておいてくれというナセルの態度を知ってか知らずか、ズケズケと聞いてくるリーダー格の男。


 しかも不躾ぶしつけに過ぎる問いかけ。


 彼に言われた召喚術が使えないという言葉に、胸の傷と召喚術の呪印が熱を帯びるような錯覚を覚えた。


「お前には関係ないだろ……ゴブリンくらい。召喚術無しでも十分だ」


 これは間違っていない。

 体調はお世辞にも万全とは言えないが、召喚術に頼らずともナセルは腐っても元軍人だ。

 並みの冒険者くらいには戦える。


 実際、以前も四六時中召喚術を使っていたわけではない。

 使えるときは積極的に使うのだが、やはり魔力の消費を考えるとここぞという時につかったほうがいい。


 ナセルの召喚術はLv5だったので、それ以下の召喚獣はそれなりに長時間呼び出せるのだが、Lv5のレッドドラゴン(中)などの召喚時間は実に短い。


 ゆえに、ここぞという時に使えるように、他の召喚獣を常に張り付かせるようなことは滅多にしない。

 もっともLv0程度の召喚獣なら魔力の消費はほぼないのだが。


「へぇ、ゴブリンくらいならねー……ま、お手並みを拝見したいものだ」


 そういうリーダーの言葉に誘われるように、前方の森の空き地のようなところに車座になって焚火をしているゴブリンがいた。

 数は10匹ほど。群れとしては小さいが、一人で倒し切れるほどでもない。


「へへへ、ようやくいたな────おい」


 リーダー格はようやくと言った様子で武器を抜き出すと、手下に合図して戦闘態勢に移る。

 だが、なぜかその武器の切っ先はナセルに向いていた。


「!? な、なんのつもりだ!」

「言っただろ、お手並み拝見ってね────いいからとっとと行けッ!」


 剣に槍に斧──そして弓矢。

 そのうち、弓矢がキリリリ──と絞られてナセルに向けられ殺意をぶつけられる。


「ぐ……お前ら、まさか」

「多分、そのまさかさ。アンタ鈍いな? ……ギルドマスター殿はお前に生きていられると不都合らしいぜ」


 なるほど……そういうことか。


 強引にナセルに不利な証言をしたが、そんなこと──見るものが見ればわかる。

 実際、大隊長は看破していた。


 それもそのはず、とっくに彼等の所業は噂として既に広まっていたくらいだ。

 

 今後のことを考えれば、ナセルが生きてギルド周りをうろついているのはギルドマスターに取っては出世の障害でしかない。

 本来なら放っておいても、ナセルは異端者の扱いをうけているため誰の助けも得られないだろうし、手を差し伸べるものもいない。はず……。


 だが、腐ってもA級。

 無力な市民というには少々手強い。


 ゆえに、

 早期に取り除こうと考えたわけだ……。で、この雑な刺客と言うわけ。


 刺客をけしかけ、ゴブリンに食わせれば────あっという間に、間抜けな異端者がひとりゴブリンの腹の中に消えるって寸法だ。


 ──舐められたものだ。


「早く行け!」

 ゴロツキ5人は、自分たちの手を汚すよりもそれをゴブリンにやらせたいのだろう。

 槍の穂先でナセルを突く。


「クソ!」


 棍棒ひとつでは、剣や槍持ちを前にしては相手にならない。

 いずれ殺されるにしても、ゴブリンを倒してから出ないと最悪どちらからも攻撃を受ける。

 今は、素早くゴブリンを殲滅するのが先決だった。


 いや、冷静に考えろ。わざわざ倒す必要もない。

 あの群れを突っ切ってしまえばいいのだ。


 乱戦に持ち込んでから、わざとゴロツキどもの存在を明らかにする。

 そして、ゴブリンとゴロツキを衝突させて、その隙に逃げ出すのがベスト────。


「──とか、考えてるだろ?」


 ドスッ……。


「グァ……!」

 ガクリと膝をつくナセル。


 薄くではあるが、ナセルの足を切り裂いたゴロツキどもの一撃。


「ほぉら、これで走れねぇな。……じゃ、行ってこい」


 ゴロツキの容赦ない一撃を背中に受けたナセル。ドカッ! と蹴り飛ばされた勢いでゴロゴロと転がり、ゴブリンの群れに意図せず躍り込んでしまう。



 ギャギャ!?


 ギャギィィ!!



 驚いたのはゴブリンの方で、突然の闖入者に腰を抜かしている。

 目の前に現れたゴブリンは一般的なゴブリン。そいつらは特徴的な汚い面の緑肌の連中だ。


 幸いにも上位種はいない。

 武器も貧弱。せいぜい棍棒に素手程度。


 やれるか────!?


 戦闘態勢を取ろうとするナセルだが、体に力を入れたとたん、足が鋭く痛みを訴えた。


 クソ! あ、足が……!


 ズキンズキンと痛む足に思わず屈みこむ。

 それを見て、ナセルを侮ったゴブリンが一斉に襲い掛かる。


 それをニヤニヤと眺めているゴロツキども。

 くそ! ……考えるまでもない、全部ギルドマスターの差し金だ。


 なるほど、

 フリークエストを受けた乞食同然の元冒険者が森でゴブリンに挽肉にされたところで、不審な点もないということか……。


 そして、そのうちに誰も彼もナセルのことなど忘れてしまう。


 残るのは華々しい勇者の活躍と、美しく若い妻──そして、コージとアリシアの間には、かわいい子供が──────あああああ!!


 させるかよぉぉ!!! コージぃぃい!!


 ズガン!


 根性で起き上がり、不用心に突っ込んできた一匹を、振り上げた棍棒で殴りふせる。


 子供程度の体格しかない連中には、ナセルの渾身の一撃は致命傷。奴は再起不能だろう。


「かかってこい!!」

 こいつらを殲滅しても、まだゴロツキどもがいる。きっとナセルを見逃しはしないだろう。


 何か手を考えないとならないが……!

 今はここを凌ぐのみ。


「うおおおおおおおお!」


 次は連携して突っ込んできた二匹を横薙ぎにしてまとめて吹っ飛ばすが、その分威力がそがれて致命傷には至らない。

 とどめを刺したいがその暇などなく、次から次へ襲い来るゴブリンのラッシュに棍棒振り回し凌いでいくが────。


「グア!」


 ガツンと、頭部に一撃。

 見ればいつの間にか取り囲まれている。


「クソぉぉ!!」


 いい一撃をもらった礼だ! とばかりに渾身の一撃で反撃する。

 その威力は絶大で、バッキン! と棍棒が折れるほどの一撃。

 細かな木片とそいつの脳漿が飛び散るが、……それはつまり武器を失ったことを意味していた。


 その様子を隠れて見つつ、声を殺して笑うゴロツキども。


 くそぉぉ!! これじゃあ、まるであの日の再現じゃないか!


 勇者と決闘し、無様に負けたあの日──。俺を異端者に仕立て上げた国王と神官長とギルドマスター。

 そして、勇者と一緒にせせら笑うアリシアの様子を彷彿させるそれ・・を思い出し、凄まじい殺意が沸き起こる。






 どいつも、こいつも!!!!!!!!!






 だが、その殺意とは裏腹にナセルにはもうできることなどない。

 あとはゴブリンになぶり殺しにされるだけだ。


 身体を丸めて、ガードしても、腕に背中に頭をボコボコに殴られる。


 軍人としても、

 冒険者としても、

 ──剣の腕は並程度だったナセル。


 彼を強者たらしめていたのは召喚術の力と────そして、最強種たる『ドラゴン』だ。


 そうだ……。

 ドラゴンだ。



 俺のドラゴン────。



(ドラゴン……ドラゴン!! ──ドラゴン!!! 俺に力をくれ! 助けてくれ!!)


 頼む!


 ……頼む!!


 Lv0のドラゴンパピーでもいい。


 それだけでも呼び出せれば、ゴブリンくらいなら殲滅できる。

 それほどまでにドラゴンは強い。


 強い!!



 ────強い!!



 強いだろう!? ドラゴぉぉおおン!!!


 ナセルは体を丸めつつも、胸の召喚術の呪印に魔力を送る。

 呪印は崩れてしまえば二度と使えないと言われるが────。


 俺のドラゴンはそんなに簡単に消えてしまうのか?

 そんなはずがない!


 長年連れ添い。

 戦場を駆け、冒険者として生きた日々──。

 

 辛い時も、悲しい時も、苦しい時も──────!!


 俺と一緒に乗り越えてきた『ドラゴン』!

 それが消える? 二度と合えない?



 そんなバカな話があるか!!



 こい、

 来い、

 来ぉい!!


 ドラゴン!!


 …………。


 ジワリと熱を感じる。

 それは生まれて初めて召喚術を使ったときの様な感覚。


 それは徐々に温かくなり、次第に呪印に集まる熱。


 今は、文字が潰れて『ド』しか読めない呪印──『ド&%$』………………。


 完全に焼き潰されなかったので、まだ呪印に魔力が通るのだろうか。


 必死に魔力を送りつつも、身体を丸めてカメになったナセル。

 ゴブリンの攻撃は止まず、次第に意識が遠退き始める。

 その視界は自らが作る体の遮蔽によって闇の中だ。


 そして本当に闇に染まりそうになる。


 意識の帳が落ちんとせんとするが、ここで意識を手放せば二度と目覚めることはないだろう。



 ──負けるなよ、ナセル。



 不意に大隊長の声が聞こえた気がした。


 そして、


 ──助けて、助けて! 叔父ちゃん!!!


 リズの、

 最後の肉親の声が聞こえる────?



 巻き込んでしまった憐れで愛しい義妹の声が!!



「うがぁぁぁぁああああ!!」



 叫んだところでどうにもならないが、ナセルの残った気力を体力と魔力に変える。


 だから、


 来いッ!!


 ドラゴン!!!!


 なけなしの魔力を受けて、ボンヤリと浮かぶ呪印『ド&%$』────────。


 いつもなら苦も無く呼び出せたそれは、まったく反応してくれない。


 召喚の魔法陣は現れない!!!!!

 ドラゴンは現れないぃぃぃ!!!!


 だけど!






「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」






 呪印をかきむしる様に、

 指から直接魔力を送り込むように、『ド』の先の文字が蘇る様に魔力を送り込む──────!!





 こい、


 来いドラゴン!!


 もう一度、


 もう一度、来い!!



 



「ドラゴぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおンンンンンン!!」






 ブワッ────!

 その一瞬の出来事。


 ゴブリンからの手痛い一撃を頭部に浴びた一瞬のこと……。

 視界が明点する中……確かに感じた。

 魔力が通り、魔法陣が通じる感覚が────────。





 『ド&%$』




 ──ド&%$。

 光る召喚術の呪印!!!



 そして、

 遠のきそうな意識の中、隣に沸き起こった頼もしい気配────。


 召喚魔法陣が確かに──!!


 手酷い打撃のために腫れ上がった顔。

 ぼんやりと霞む視界には確かに召喚魔法陣が中空に浮かんで現れるのをナセルは見た。



 ──見た!!

 


 あぁぁ、来た。

 来てくれた!!!



 それを境にして、ゴブリンの打撃が止み、

 奴らの戸惑い怯える気配を感じる。



 つまり────、

 呼び出せた!!??



 呼びだせた!!!!







「ド────────────」







 ボロボロの状態で顔をあげたナセルの横にいたのはドラゴンでは──────なく?










 奇妙な格好をした一人の男だった。








 だ、

「誰?」







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