第18話 公衆浴場を知る

大小の建物が立ち並ぶ通りの中でも、高い塀(へい)で囲まれた公衆浴場(ベイン)は非常に目立つ存在だった。

大貴族か王族の屋敷と見まごうほど敷地が広く取られており、小さな外壁灯が備え付けられているだけでなく角灯(カンテラ)を持った呼び込みの者が出入り口に構えている。

昼夜問わず、客が入りたい時に訪れることが出来るらしい。夜でも盛況しているのは、その間口の広さゆえだろう。

ただし、季節の花を揃えた花壇と整えられた植え込みが美しい庭園は朝でなければ詳しく見れそうになかった。

天井の高い正面玄関すぐに総合的な受付があり、料金を払って靴を預ける。そこを越えた先に待ち合わせ用の休憩所が備わっていた。

涼しげに髪をまとめた半袖の男女が木製の盆の上に注ぎ口のついた冠水瓶(ピッチャー)と小ぶりなコップを揃えて歩いているのは、入浴後の水分補給のためだろう。

テーブルや椅子に座ってくつろぐ客の中には、酒を飲んでいるのか背を丸めて赤ら顔になっている者の姿も見られた。

奥が入浴施設になっているようで、男女別で左右に道が分かれている。

「初めてやけ、はしゃぎとうてならんやろけど長風呂はせんとき。ここで集合して帰るから、俺らがおらんでも待つんやぞ」

ダーチェスは別行動となり様子をうかがえないマーリャとセルマに対しての言葉を述べ、ジョサイアとディアンを連れて扉をくぐっていった。

残された二人は無意識に向き合い、視線を合わせる。

「……全部、脱がんとあかんのよね?」

「前だけでも布で隠しとったら、まだええんやないかなぁ……」

出来るだけ裸を見せたくない、という一点について互いに意見が合った。

それでも、ここまで来て入らないという選択肢はない。

勇んで入った扉の先は脱衣所で、壁伝いにびっしりと木棚が用意されていた。

帽子や上着を掛けるハンガーも同じ数だけあり、人の出入りが多い。

マーリャたちが落ち着かない様子でいると、横から受付や先ほど見かけた飲み物運びと同じ衣装の女性二人が親しげに声を掛けてきた。

どちらも紅茶めいた明るい赤毛で顔立ちも似通っている。おそらくは双子だろう。

ぱっと見た限りでは、姉妹の見分けはつきそうにない。

「いらっしゃいませ。わたくしどもが着替えを手伝わせて頂きます」

「浴室内のご案内も致しますので、どうぞごゆっくりお過ごしください」

機嫌の良い猫のような甘ったるい微笑みに圧倒される。

あっさりと間に入られ、それぞれが空いている棚のところまで連れていかれた。

どのような施設があるかは教えてもらいたいが、自分たちは子供ではない。一人で脱げるので待っていて欲しい。

慌てるあまり、意見を口にするタイミングは失われてしまった。

夜の肌寒さでまとっていた外套をはずされ、青染めの外出着は丁寧に畳まれて収納された。下着だけは何とか自力で脱ぐと宣言できたが、間近で肌を見られるのは変わりなかった。

気になるのは未だ手足に残る病の痕跡だけではない。

夏のたびに出来る虫刺されを掻いた痕や、森の草木による細かい切り傷の痕などが無数についてしまっている。

周りを目立った外傷の少ない女性たちで囲まれている上、従業員たちも見目麗しい人が揃っているとあって、余計に場違いめいた感覚にとらわれた。

白綿で編まれた柔らかい布が棚にあらかじめ入っていて、双子の片割れから入浴後に水気を拭き取るためのものだと言われたが、マーリャはそのうちの一枚を身を隠す用に使った。

この使い方をしている客が多く見られたので、そっくり真似をした形になる。

「マーちゃん!」

聞き慣れた呼びかけに振り返ると、セルマもまた前側を布で覆っていた。

しかし、脱衣の際に奇妙なことでもあったのか思案げな面持ちで口元に手をあてている。

マーリャの方を見つつも足下へ視線を逸らしているような、あいまいな視線の動きだ。マーリャが背中を向けていた間に何か発見したのだろうか。

「どうしたん?」

「……や、何もないよ。早う行こ」

軽く首を振った後はいつも通りの笑顔に戻っていて、表情のわずかな曇りは気のせいだったように思えた。


赤毛の双子に促(うなが)されて最初に向かったのは角部屋で、中は村でも見知った蒸し風呂だった。

十人ほど収容できそうな奥行きを持ち、湿度もさることながら温度がかなり高く保たれていて、途中から鍋で蒸される食べ物の気持ちになった。

じっくりと長い時間留まるのではなく、熱い部屋と水風呂を行き来して短期間で大量に発汗する入り方が主流らしい。

出て行ってしまう水分を補うべく、自由に飲んで良い水飲み場まであった。

「これがなかったら倒れてたかもしれん……」

セルマは砂漠でオアシスを得たように何度も水を呷っていた。彼女ほどではないが、マーリャも水を浴びては飲まざるをえなかった。

二、三度の往復だけで汗みずくになり、髪の毛が頬にはりついているマーリャたちを見て双子は更に笑みを深くする。

「次の部屋は熱すぎず適温ですので、ご安心ください。精油でマッサージと垢擦りをしますわ」

「あ、油で拭くと?」

「血の巡りを良くするには精油が一番です。もちろん石鹸でも肌を磨かせていただきます」

「どうぞ、お任せください」

こちらの困惑を理解するそぶりを示しつつ、丸みのある声には有無(うむ)を言わさぬ響きがあった。

マーリャたちは客ではあるが、公衆浴場(ベイン)式の入浴の流れを体験させて貰う側である。慣れないからといって、みだりに逸脱することは出来ない。

都会なりの作法の一端を身にしみて感じつつ、香りの強いお香が焚(た)かれた狭い部屋で肌の手入れを受けた。

マーリャは緊張から全身をこわばらせてしまい、擦(こす)られた肌表面にかすかな硬い感触があるのを自覚しなかった。

外から触れられる分には、とうに塞がったかさぶたと似通っていた。

「……なんか、ヒリヒリせん? 全部真っ赤になってしもた」

「うちもうちも。肌かき器っていうアレで擦ったからやないかなぁ。丸めてあっても金属やけ痛いはずよね。他ん人は普通にしとったけど、慣れたら平気になるんやろか」

周りの目もあり施術中は無言を通したが、想定より痛いとあっては黙り続けていられない。

双子に聞こえないよう小声で感想を言い合うと少し気が晴れた。

ともあれ汚れは余さず洗い落とされ、ようやく二人は湯で満ちた大浴場に行く権利を得られた。

不特定多数の人が行き交う以上、身綺麗にしていなければ失礼にあたるのだ。

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