三.天上人③

スラウは部屋の中を見渡した。


「よしっ!」


散らかしてしまった物は全て元の位置に戻した。

鞄は机の横に掛けたし、持ってきた剣や短剣もベッドの下の長い木箱に並べて入れてあったから大丈夫。

スラウは綺麗になった部屋をもう1度振り返り、満足気に頷くと下の階へ降りていった。


「ねぇ! サギリさんは?」


尋ねるスラウに食器を洗っていたラナンが振り返って答えた。


「ちょっと出かけた。すぐ帰ってくるって」


「ふーん……あ! 皿洗い? 家事も出来たんだ?」


「ま、まあな。これぐらいは余裕だし」


ラナンはスラウに顔を向けたまま勢いよく蛇口をひねった。

不意にスラウはにやっと笑うとラナンの肘を小突いた。


「でもね、ラナン……シンクから水が溢れているよ! 排水溝を塞いだらダメなのでーす! はい残念! 不合格!」


ラナンは振り返ると慌てて水を止めた。

床には水が溢れ、石鹸の泡が幾つも浮かんでいた。


「やっべえ! サギリに怒られる!」


ラナンは雑巾を掴んだ。


「手伝ってあげよっか?」


「いいよ! 俺の責任だし! せっかくだからいろんな部屋を見て回ると良い」


「良いの?」


「俺とサギリの部屋はダメだぞ」


「分かってるって」


スラウは唇を尖らせると部屋を出た。


***********************


フィルメイ山の山頂に着いた3人を冷たい風が迎えた。

グロリオはくしゃみをすると身を縮めた。

澄みきった夜空に星が瞬いている。

眉をひそめるハイドに気づいたサギリは彼の肩を軽く叩いた。


「グロリオは火の天上人だ。寒がりなのはしょうがないさ」


「うぅ……さみぃ……」


グロリオは落ちていた枝を拾ってそれを振った。

すぐさま枝の先に火が灯って辺りを照らした。

しばらく黙って歩いていた3人は少し開けたところに出た。


「あ、ここだ」


グロリオが木の根元を指差すとハイドが胸元から小さく折り畳まれた紙を取り出した。

宙でクルクルと回り始めた紙は両腕を広げた程の大きさに広がっていった。

それと同時に紙は色褪せていき、緑色に光る輪郭のみが残された。

ハイドが緑色の縁の中に触れると、池に落ちた水滴が作る波紋のように光が広がっていった。


「これ、事物記憶再現装置じゃねぇか!」


サギリが感嘆の声を上げた。


「事物が記憶している過去の映像を映し出すことが出来るってヤツだろ? 扱うには高度の技術が要るんだよな? ハイド、お前コレもできるようになったのか?!」


「副隊長として当然だぜ」


何故か嬉しそうにグロリオが答えたので、ハイドが無言でグロリオの頭を叩いた。

再びいがみ合いを始めた2人を視界の隅におき、サギリは木の根付近に集まる緑色の光に目を凝らした。

光は次第に意味のある形を作り始め、木にもたれかかるようにして座る緑色の人影がぼんやりと浮かび上がった。


「この仮面は?!」


サギリは思わず目を見開いた。

薄ら笑いを浮かべる仮面が緑色の光によって再現されている。


「ゾルダーク・エリオット。光の天上人を裏切り、彼らを絶滅させた張本人だ」


グロリオの目が険しくなった。


「何で?! 何でこいつがこんなところに居やがる?!」


サギリの握った拳に力がこもった。


「俺たちがこれを知ったのは任務を終えてからだった。スラウ、だっけ? どうやらその子、俺たちの気づかないところで奴に追われていたらしいぜ」


グロリオの言葉にサギリの表情が一変し、グロリオは首を捻った。


「ゾルダークとその子、何か関係があるのか?」


サギリは言葉をひとつひとつ選ぶように話し始めた。


「まだ、はっきりとは言えないが……スラウは光の天上人になる可能性が高いんだ」


「……!」


驚く2人にサギリは笑って手を振った。


「あくまでも俺の勘だ。何の天上人になるかは長たちの判断に委ねられているからな。だが、もしスラウが光の天上人になれば……」


「全ての光の天上人を絶滅させたいゾルダークにとって厄介な存在になるってことか?」


グロリオが言葉を継いだ。


「そうだ。ゾルダークはあの時、天上界にいた光の天上人をほとんど全滅させた。だが、同時に地上界で光の天上人の素質を持つ者が現れる可能性も見落としていなかったんだろう……だから、その資質を持つスラウが天上界に来る前に捕えて殺そうとした。その方が奴にとっては都合が良かったからに違いない」


「なるほどな」


グロリオはサギリの言葉に納得したようだったが、はたと思い当たって目を丸くした。


「ん? もしその子に光の天上人としての資質が備わっているとすれば……お前の目指す「光の再興」に大きな役割を果たしてくれるんじゃないか?」


「……!」


その言葉にサギリは一瞬ギクリとした表情を浮かべた。

ゾルダークによって引き起こされた悲劇の後、天上界に居た光の天上人のほとんどが殺されてしまった。

光の能力の弱体化は他の能力との均衡を失わせる。


サギリはそう主張して天上人が複数の能力を使えるようにする必要性を訴えてきた。

多くの天上人が光の能力を使うようになり、再び世界の均衡が保たれるようになること。

彼はこれを「光の再興」と呼んでいた。

サギリは参った、と呟くと頭を掻いた。


「隠し事はするもんじゃねぇな……そうだ。その為にもスラウには何としても天上人になってもらいたいんだ、例えそれが地上界で生きてきた彼女の人生を切り捨てることになろうとも。だから今回のことは上に報告しないでもらえねぇか?」


グロリオは内心で唸った。

サギリは普段は静かな性格だが、このことに関しては何をしてでも全てをかけようとする。

木の天上人である彼がどうしてそこまでするのか、未だに聞いたことはないが、それ相応の理由があるのだろう。


「……分かったよ」


グロリオはそう言うと彼の肩を軽く叩いた。


「ゾルダークがいたことは、報告しないでおく」

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