エドワードさんは傭兵です。(仮題)

三好ハルユキ

第1話




 大陸の中央から少し右くらいの小さな国で、一週間ほど戦った。

 と言っても、事前説明で見た世界地図のことなんて仕事中はすっかり頭から抜け落ちているものだが。

 相手はテロリスト集団。とはいえ、範囲も正体も至って小規模。鎮圧、殲滅に時間はかからなかった。

 いつだったか、私に銃の使い方を教えた人がテロリストについて語っていた。

 ―――彼らは降りかかる火の粉に巻かれ、その現実を「こんなのは間違っている筈だ」と思い込む。そうして抗っているうちに「自分」であることに疲れたか、あるいは絶望して、「自分達」に成ることを選んだ。群れは強い。強いが、個を失う。個を失えば、思考は自動化する。そうなれば、あとは獣か、そうでなければ一列で巣に帰る蟻とそう変わらない、と。私にとっては、正直、それほど関心の無い話だけれど。

 生きるために何が必要なのかは人それぞれ。

 ならば彼らにも、きっと、武器を取ってまでして戦う理由が在ったのだ。

 さて。

 仕事が予定よりも早く終わったおかげで、三日ほど現地に滞在することになった。

 現地と言っても殺し合いの現場にそのまま寝泊まりするわけではない。2キロほど徒歩で南下して、小さな町で宿を借りた。

 背負ったままで結局使わなかった大型の銃器といくつかの手榴弾は、現場から車で出立するリッチな傭兵仲間に売り払った。徒歩での移動に邪魔だったのもあるが……町の中をライフルやらバクダンやらをぶらさげたよそ者が歩いていては穏やかじゃないだろうし、なにより迎えが来るまでの日銭になる。

 私は傭兵の中でも少し変わり種だ。とある会社に雇われ、特定の期間だけ戦地に派遣されている。報酬は半分を前金、もう半分が後払いの形で支払われ、その額は派遣される契約期間による。そして私くらいの貧乏兵士になると戦地へ赴くための準備、つまり武器や装備の調達にほとんど前金を使い果たしてしまうので、後払いの給料が来るまではほとんど無一文。戦場に居る間はそれでもいいが、今回の様に仕事が早く片付いてしまうと宿泊費やら衣類代やら、余計な出費に頭を抱えざるを得なくなる。

 中でも特に理不尽なのが食費だ。血と火薬と土と脂の匂いで満たされている時はなんともないのに、なんでもない昼下がりにはどうしてこうも腹が減るのか。いや戦場でもゴハンは食べるのだが。つまり、極限状態と平時でほとんど同じだけのカロリーを必要とする自分の体に納得が行かない、ということだ。うむ。

 宿泊先に選んだ町は、どちらかというと貧しい方に傾いていた。というか、そういう街を選んだ。追い出される心配も襲われる心配も、ないに越したことはない。ゼロには出来ないのが悲しいところだが、そこは心の持ち様だ。

 一日目は現場の後処理と移動、それから会社への連絡で時間を潰した。

 今は二日目の午後一時。そろそろ、ベッドの上ではごまかせない程度に空腹だ。

 選んだ宿屋はリゾートほど快適ではないが、土地柄に合っていて悪くない。切り出した石と砂で出来た壁と天井が強すぎる日差しを防ぎ、壁の少ない間取りに心地良い風が吹き抜けてくれる。まあ、表通りの喧騒と家畜や食べ物の匂いまで運んでくるのが玉に瑕だ。

 選んだ、と言っても、此処に泊まると決めたのは私ではない。私だけならこんな、リビングと寝室が分かれたような豪華な部屋には泊まらない。

 「エドさーん! 起きてますー?」

 噂をすれば影が差す。いや、口は空けていないのだが。

 こっちの返事よりも先に部屋のドアが開いて、声の大きな女性が一人、ずかずかと寝室に入ってくる。

 「や、起きてた。おはようございます、エドワードさん!」

 もう昼過ぎだけど、と答えると、彼女はにっこりと笑った。

 炭より黒い髪と瞳。馬の背中よりも低い身長。東洋人、特に彼女の故郷ではおよそ一般的な外見らしいが、私からすればどう見ても学生鞄の似合いそうな年頃の子供。

 そんな彼女が私の同僚だ。名前は忘れた。一緒に働き始めたのは、入社して以来だから三年前か。お互い、名乗ったのもそこが最初で最後。土地によって偽名を変えるのが彼女のスタイルらしいので、私もそれに合わせて呼び名を変えていた。なので本名が覚えていられなくてもムリは無い、はずだ。

 この国での彼女の名前はキョウコ。漢字では、香る子供? と書くらしい。よくは分からない。

 「ゴハン行きましょう、ゴハン! お腹空いちゃってもー!」

 彼女に同調して、外出用の上着を羽織る。

 「エドさん、このクソ暑いのに長袖ですか?」

 まあね、と適当に相槌を打つ。

 袖と裾が長いのは日除けと、腰の銃が目立たないようにと配慮の意味もあった。

 ちなみにキョウコは首元のざっくり空いた袖なしの下に、布をぐるぐる巻きにしたようなスカートを穿いている。普段は砂漠の砂のような色をしている肌も、日に焼けてすっかり褐色に染まっていた。知らない人間が見たらその辺を歩いてる現地民の少女と変わらない。

 外は賑やかだ。昼飯時というのはどの国でも変わらないのか、小さな町にこぼれんばかりの人が揉み合って歩いている。色合いだけなら今のキョウコと変わらないが、その雰囲気や振る舞いには何処か、言葉では説明しにくい現地民っぽさがある。

 なるべく人の流れを遮らないようにしながら、キョウコが目を付けた店へ向かう。

 宿もそうだが、現地でのそういった場所選びはいつも彼女の領分だ。私が説く狙撃の危険性よりもゴハンの味を、夜盗の可能性よりもシャワーの温度を優先するのが彼女のスタンスなので、私には本当に出る幕が無い。

 「ちょっと離れたトコでドンパチやってたとは思えない賑わいですね。ま、内戦とかならともかく今回は単なるテロだしこんなもんでしょうか」

 首都も近いしね、と同意する。

 会社から受けた事前説明で国の内情についてもいくらか聞いたが、ほとんど覚えていない。貧富の格差がどうとか、独裁政権がどうとか、そういう話にはあまり興味が無い。敵の装備や行動に関係がある部分だけでも真面目に聞けと上司には言われるが、そういうのはキョウコの仕事だ。

 キョウコは交渉や調査と通訳の担当。私が戦闘と事後処理の担当。今の会社に入ってからはずっと二人、そういう分担で仕事をしてきた。

 「エドさんなに食べます? 基本なんでも美味しいですけど、豆と果物を煮込んだヤツは私的にはアウトでしたね! あ、ライスっぽいのもありますよ! トマトみたいなので煮込んだ魚がまんま乗っかってきますけど! アッハッハ!」

 席に着くなり飛ばし気味のキョウコに、おまかせするよ、と伝えて腰を落ち着ける。

 彼女が選んだ店は目抜き通りから一本外れたところにあった。

 入口の扉みたいなものはなく、店内から屋根の外にまで境目無しにテーブルと椅子が並べられたラウンジのような飲食店だ。通りには同じような店構えが並んでいるので、これがこの辺りの一般的な形式なのだろう。

 大き過ぎる声で店員に注文を終えた後、キョウコはつらつらと一方的に話し始める。大抵は愚痴みたいなものだ。この二日間の余暇も元はと言えば本部の杜撰な情報管理が招いたものだとか、報告と戦況の食い違いが許容範囲を超えているだとか、中には社外秘なんじゃないかとヒヤヒヤするような内容までベラベラ喋る。現地の言葉ではないとはいえ、何処で誰が聞いてるかなんて分からないと思うのだが。

 キョウコは、何か国語か数えるのも億劫だと話すほどの言語を身に付けている。だから現地の調査や通訳係もお手の物だ。対する私は母国語以外となると、現場へ入国する前に挨拶と物の数え方を覚えておくのがせいぜいである。数さえ判れば小さな所要は事足りるものだ、というのは流石に見栄か。単に、頭の出来の問題だと思う。

 「にしてもヤッパリ、エドさんは目立ちますね!」

 キミの声の大きさには負けるよ、と返すと、彼女は更に大声で笑った。

 「だって髪の毛真っ白だし、肌はちょっと黒いかな、とにかく身長ヤバいです。ひゃくはちじゅう、いや、きゅうじゅう……何センチくらいでしたっけ?」

 測ってないから分からない、としか言いようが無かった。

 「や、ダメじゃないですか。軍人さんなら自分の肉体はしっかり把握してないと」

 軍人じゃないし。少なくとも正規のじゃ。いや非正規の軍人ってなんだよって話だが、まあ、うちの会社では年に一度の健康診断すら望めないだろう。

 「オジサン、軍人さんなの?」

 キョウコと不毛なやり取りを続けていると、横合いから料理と共に片言の英語が挟まれた。

 運んできたのは注文を受けた青年ではなく、幼さの残る少女だった。見た目で人の年齢を推察するのは苦手なのだが、恐らく、十代半ばくらいだろうと見受ける。

 「いいえ。傭兵ですよ、私達は。ね、エドさん?」

 そうだね、と頷く。

 傭兵と聞いていい顔をされた試しはないのだが、キョウコはそれをそう名乗ることに躊躇いが無い。誇りがあるのか、考えナシなのか。案外、ただ嘘を吐く理由がないというだけなのかも知れないが。

 「ヨウヘイ、知ってるよ。戦争がオシゴトの人達。オジサンたちもそうなの?」

 「だいたい合ってますよ! や、他にもいろいろありますけどね! 守ったり襲ったり奪ったり返したりで大忙し! お金をもらえればなんでもやります! ねっ!」

 なんでもはやらない。

 「ふーん……じゃあ、オカネ持ってる人の味方?」

 「それは違います」

 すぱっ、と綺麗に否定する。

 「持ってるだけのお金に興味はありません! 我々は、お金を支払った人の味方。戦う相手がより利益になりそうだから手加減するとか? もっとお金を出してくれるから見逃すとか? そういうのはノー! 断じてノーです! 請けた仕事は最後まで間違いなく達成して、達成したからには相応の報酬をもらう。我々はそこだけに特化した傭兵集団ですから!」

 その言葉に、店員の少女は面食らったように目を丸くしていた。

 きっと、捲し立てられた内容の半分も理解出来なかっただろう。

 それでも何を言っているのかは分かる。何を言わんとしているのかは、伝わる。

 キョウコの声は、大きさよりもその通りやすさこそが威力だ。

 「と、いうワケで。お困りの際はこちらへご連絡くださいな、お嬢さん」

 「へ?」

 そう言ってキョウコが店員の少女に差し出したのは、カード大の名刺一枚。

 「お金と暴力に頼りたくなったらいつでも呼んでください。電話でもメールでも手紙でも、届いた瞬間からすぐにあなたの元へ向かいますとも」

 「……ドーモ」

 「ええ、ええ! というわけで他の料理はまだでしょうか! 奥で大将が何やら叫んでいますが、呼ばれているのではありませんか?」

 「!」

 いけない、と慌てて駆け出す店員の少女を見送りながら、キョウコが満足そうに鼻息を漏らす。

 私は、特にかける言葉も挟む言葉も見つからず、先に来た芋と豆のスープに口を付けていた。なるほど、彼女が選んだ店だけあって味は確かだ。

 「え? こんな市場の隅の食堂の店員が仕事を持ってくるか、ですか?」

 別に訊いてない。

 「そりゃあ分かりませんよ。どんなに平穏に暮らしていても人間は人間、欲望は欲望、一事が万事、青天の霹靂……ま、いずれ来る驚異に対して出来ることはそうありません。全てを捨てて逃げるか、何もかも諦めずに攻撃するか、です」

 スープの実をスプーンで器用に拾いながら、キョウコがニコニコと笑う。

 「そして、時に人は暴力に頼ります。どんなにか弱い人間でも必ず。ま、暴力に勝る攻撃なんてこの世にはありませんからね。そんなとき、自分より強くて大きなものが味方してくれるのならお金くらい払うってものでしょう」

 そうかも知れないが。

 か弱い人間の細腕で掻き集めたようなはした金で、誰が何をしてくれるのか。

 「アッハッハ! そこは運次第ですが、希望まで捨てる必要はないかと。なにせ、ロクなお金にならないような仕事ばっかり引き受けて万年金欠の傭兵さんはここに居るわけですし! それに付き合ってる私も貧乏ですけど!」

 何が愉快なのか、キョウコはお腹を抱えて大笑いしている。

 私達は間違っても人助け目的のお人好し集団ではない。それを理解している彼女の、その言葉はきっと皮肉だ。

 昨日は誰も殺さなかった。その前の日は拳銃に残っていた弾で二十七人殺した。その前の日は敵の死体から拾った武器で十三人殺した。その前の日は弾を節約するためにナイフで十七人殺した。その前の日は二十三人の敵と、金で裏切った四人をその場で殴り殺した。

 さて。

 私は。

 私には、武器を取ってまでして戦う理由が、思いつかない。

 それでも、出来ることはやってしまうのが生活のコツなのだ。

 例えば明日には自分を撃つかも知れない相手に、自分の銃を売るように。

 例えば偶然会った誰かに、アテにならない名刺を配るように。

 出来ることを出来るだけやって、私達は生きていこう。

 生きていくことに理由はない。まあ、要らないだろう、別に。

 「あのー」

 次の料理を運んできた店員の少女が、さきほどの名刺をひらりと取り出す。

 「電話番号、分かる。でもコレ、なんて読むの? あなたたちの名前?」

 少女が指差したのは、社名の部分だ。

 見ればキョウコはすっかり食事に夢中なので、仕方なく、私が答えることにした。

 そう、それは私達の名前。

 

 私達はネイティブ・スピア。

 世界の何処にでも暴力を届ける国際企業だ。

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