また夢で。
真城夢歌
お兄ちゃん
ー五歳ー
私はいつもの通り、大好きなお兄ちゃんのお迎えに行った。
今はもう散り、葉のない木の下でかみ紙飛行機を折りながら学校に行ったお兄ちゃんが帰ってくるのを待っていた。
いつもこの河川敷でお兄ちゃんと紙飛行機を飛ばして、どちらが遠くまで飛ぶか競っていた。いつもお兄ちゃんに負けてばっかで悔しくて、今日はお友達のゆりあちゃんに教えてもらった自信作だった。今まで作ってたのより倍以上飛ぶすごい紙飛行機だ。これで勝って大好きなグミを買ってもらうんだ。
そんなことを考えていた。
でも、お兄ちゃんはいつもより遅かった。いつも河川敷にいる野球をしていた人たちももう帰りの支度をしていた。
「さくちゃんじゃないの。」
そう声をかけてきたのは、週に一回程度通う駄菓子屋のおばさんだった。こういっては悪いが、いつも香水の匂いがかなりきつかった。
「今日はお兄ちゃん一緒じゃないの?」
いつもその駄菓子屋の前を通って家に帰るから、毎日一緒に帰ってることは知っていたのだ。
「うん、まだ来ないの。」
いつもここをランニングしてるお姉さんも、ゴールデンレトリバーを散歩させてるおじいさんも、お兄ちゃんと同じ制服を着た五人組もみんなとっくの昔に通り過ぎ、あたりは夕日が沈みかけて薄暗くなっていた。
「そっか、暗くなってきたからおばちゃんも一緒に待っててあげるわ。」
そういうと横に座り、「はい。」と言ってスーパーのレジ袋から取り出したチョコのお菓子を私に手渡した。
「おばちゃんのおすすめ。すっごくおいしいから食べてみて。」
そういってにこにこ笑った。
「ありがとうおばちゃん!」
そういうと、私はパッケージを開けてお菓子を食べ始めた。初めて食べたが、私の中で一番か二番目くらいにおいしいお菓子だった。
そのあとはおばちゃんと話しながら待ち続けた。今日来た子供の話だったり、お隣の家の雷親父の話だったり、自分の夫の笑える話だったり、こうして談笑している間にすっかり暗くなってしまった。
冬だったせいか暗くなるのも早かったが、部活っていうのに入ってなかったお兄ちゃんにしては遅すぎる時間だった。
私たちをまぶしい光が照らした。
お母さんの車だ。
「早く乗って!」
と、切羽詰まった声で言った。
私とおばちゃんは急いで車に乗った。
「すみません。さくらのことみてもらっちゃって。」
お母さんは震えた声で言うと、「いいわよ全然。」と笑いながら返した。
「何かあったの?」
と聞くと、お母さんは「ええ、実は。」というと小さな声でおばちゃんにだけ聞こえるように言った。おばちゃんは「え。」といつもより低い声で言った。
「どうしたの?」
私が聞くと「何でもないわ。」とひきつった笑顔で言った。
ついた場所は病院だった。
お母さんは私を抱えておばちゃんと走ってある個室を開けた。
そこにいたのはお兄ちゃんだった。
ただ眠っていた。
「如月さん。ちょっとよろしいでしょうか。」
白衣を着たお医者さんに呼ばれてお母さんは部屋を出ると、私はお兄ちゃんの腕をつついて「お兄ちゃんお兄ちゃん」と呼ぶ。だが起きることはなかった。
「なんで寝てるの?お兄ちゃんが起きないよ。おうちに帰ろうよ。」
そういうと、おばちゃんは「そうね。」と言って涙をぬぐった。
お母さんが戻ってくると、「また明日きましょ。」と言って私の手を引いていった。
「お兄ちゃんは?なんでお兄ちゃんはあのお部屋なの?おうちに帰らないの?」
そう聞くと「お兄ちゃんはあそこでお泊りするのよ、きっとすぐに帰ってくるわ。」そう言って無理に笑顔を作って安心させるように言った。
次の日、私はお兄ちゃんに会いに行った。
昨日見せたかった紙飛行機を見せて得意げに「次は負けないんだから。」といった。「僕だって負けないよ。」と言って笑った。
窓から飛ばそうとしたらお兄ちゃんに止められた。
「ここからじゃ怒られちゃうから、退院したらまたいつもの場所でね。」
私は、「約束だよ!」と言って小指を出して指切りげんまんをした。
不思議なお話をしてくれることがあった。よくわからなかったけど、すごく楽しい話だった。
次の日も、また次の日も、ずっと通い続けていた。
何週間かたったある日、いつものように病院に行こうとしたらおばちゃんが来た。
「一緒にお留守番していましょ。」と言ってあのチョコのお菓子をまたくれた。
お母さんが返ってきたのは次の日の夜だった。
やつれた顔、泣きはらした目。
おばちゃんはお母さんの肩を抱くと背中をさすった。
「病院行こうよ、お兄ちゃんに会いたい。」
状況が理解できなかった私は無邪気にそう言った。
「今は無理なの。また今度会いに行きましょ。」
おばちゃんはそう笑って見せた。
お兄ちゃんに会えたのは一週間くらいたった時だった。
ただ、みんな真っ黒な服を着て泣いていた。
お兄ちゃんは箱の中で眠っている。呼んでも起きることはなかった。
お兄ちゃんは家に帰ってこなかった。
いつもの場所で毎日待っていた。雨の日も雪の日もずっとずっと日が暮れるまで待っていた。
しかし一向に帰ってくることはなかった。
絶対に帰ってくる。そう信じていた。
-七歳ー
私はお兄ちゃんを待ち続けていた。
でも帰ってくることはないって知ったんだ。
今まで誰も教えてくれなかった。帰ってくるって信じていた。
私は家に帰って、赤いランドセルを自室に置いた。
一階に降りると、お母さんは「おやつあるよ。」と言って机を指した。
「お兄ちゃんさ、もう帰ってこないんだね。」
その言葉にお母さんはぴたりと止まった。
そして私は涙が一気にあふれた。もう会えない。二度と一緒に帰ることも遊ぶことも何もできないんだ。そう思うと悲しくって涙が止まらなかった。
それからだった。私はある夢にとらわれてしまったのだった
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