紙とペンと知りたいことと

空 幾歳

紙とペンと知りたいことと

 広げた紙の上に、少女は手に持ったペンで書き込んでいく。

 大きく鳥居のような絵柄、その左右には『はい』と『いいえ』続いてひらがなで五十音表を書き込み、0から9まで数字を並べれば、その儀式に使う用紙は出来上がった。


 小学校の休み時間に、文具店で手に入る物でも準備できるお手軽な儀式。それは参加者が知りたいことを何でも教えてくれると言う。

 三人の女子小学生はその鳥居の絵柄の上に、大きな好奇心と緊張、ほんの少しの畏怖をもって、十円玉を置いた。

 その上に最初に指先を置いたのは、言い出しっぺのヒトミだった。

 続いて、興味津々といった様子のフタバの指先が。最後に恐る恐る伸ばされたミサキの指先が、十円玉の上に乗る。


「「「コックリさん、コックリさん、おいでください」」」


 三人が声を揃えて唱えると、十円玉が紙の上を僅かに滑る。


「おおっ、動いた動いた」

「えー、ヒトミが動かしてるんじゃないの?」


 感動の声を上げるヒトミに、フタバが冗談半分で疑いの眼差しを向ける。


「じゃ、じゃあ、何か質問をして、確かめてみようよ……!」


 ヒトミの頬が膨れたのを察したミサキが、慌てて間に入る。


「そーね、やってみるのが一番よね」

「よぉし、それじゃ……あなたはコックリさんですか?」


 ヒトミが定番の質問を口にすると、十円玉はすすっと『はい』の上に動く。


「これだけだと、まだ分かんないわねー」

「それじゃそれじゃ、最近フタバがハマってるものは?」


 次々と紙の上に投げかけられる三人の質問に応じて、十円玉が動く。

 そこに示された回答に一定の信頼性を見出すと、質問はこの場にいない友人を標的にし始めた。

 誰が誰を泣かせただの、あの子とあの子は実は仲が悪いだの、この都合の良い儀式に乗っかって、クラス内外の情報を共有していく。


 ふと、ヒトミは隣の席で本を読んでいる少年に視線を向ける。

 次の標的が決まったようだ。


「よーし、次はシロウくんの好きな人だ!」

「ええ、僕!?」


 距離が近いので、読書しているシロウにも会話は聞こえている。

 自分の名前が出た瞬間にシロウは悲鳴のような声を上げたが、彼の都合など知った事かと十円硬貨は動き出す。

 シロウはもはや読書どころではなく、しかしこの女子達を相手に抗議する事も許されず、落ち着かない様子でその動きを目で追った。


「ふ、た、は……おお、フタバやるじゃん!」

「えっへへー、まーシロウとは幼馴染だしー?」


 読書家で成績もよく、小学生としては様々な雑学知識を身に着けているシロウだったが、兄弟の末っ子のためか、頼りないところもある。

 彼と同じマンションの住人であるフタバが、そんなシロウに対してずっと世話を焼いてきたのは周知の事実。それがこの回答に説得力を持たせていた。


(そっか、やっぱり、そうなのかぁ……)



 ヒトミが軽く口にした質問は、ミサキが知りたい事その物だった。

 好きな人に想い人は居るのか、居るならそれは誰なのか……願わくば、それは自分であって欲しかった。

 盛り上がるヒトミとフタバの間で、ミサキが肩を落としている事に気づく者は、誰も居ない。




 ――――放課後。


 午後の日差しが教室に差し込み、その風景を淡い黄金色に染めている、そんな中。

 

「……ええと、ミサキ、さん」


 教室の清掃を終え、ゴミ捨てから戻ってきたミサキに声をかけたのは、シロウだった。


「あれ、えと、シロウくん!? ふ、フタバちゃんなら昇降口で待ってると思うよ?」


 思わぬ人物にミサキは驚いたものの、彼はフタバを探しているのだと思って思わずそう口にする。

 しかし少年は首を横に振って、折り畳んだ紙を取り出した。それは切り取ったノートのページだろうか。


「えと、ね。 コックリさんていうのは、霊でも神様でも無ければ、何でも知ってる訳でも無いんだって」

「……?」


 シロウのつっかえながらの言葉。しかし、ミサキには彼が何を言いたいのか見えず、首を傾げた。


「コインを動かしてる人の潜在意識……っていうのが、指を動かしてるんだって。 だから指を置いた人の知ってる事や思ってる事しか答えられないし、全く知らない事は、解らなかったりするんだって」

「ま、待って待って、シロウくん、意味が分かんないんだけど……?」

「休み時間に、コックリさんがああ答えたのは、ヒトミさんフタバも、皆がそう思ってたからだって事」


 シロウの指摘に、ミサキが息を飲む。

 確かにそうだ。シロウはフタバといつも仲良さそうにしていて、一緒にいるのが自然なのだと、ミサキは心のどこかで思っていた。


「……だけど僕は、ミサキさんにそう思われるのは嫌だから、この紙に」


 シロウはミサキの手を取って、折り畳んだ紙を押し付けるように手渡す。


「この紙に、書いた。あんなヘンテコな紙が言う事より――こっちの方が、本当だから」


 言うだけ言うと、シロウは逃げるように教室から飛び出して行ってしまって。


 残されたミサキがその紙を開くと、細字ペンで記された綺麗な文字が、目に飛び込んでくる。

 ミサキが好きになってしまった、丁寧で誠実で、優しい言葉たち。


 それによって綴られた、彼の「本当」を抱き締めて――少女は幸せそうに微笑んだ。

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紙とペンと知りたいことと 空 幾歳 @ikutose03

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