未来の私へ

ぴけ

紙とペンと私

「……ふぅ。未来の私へ手紙を書くなんて、私には難しいわ」

 君は、便箋と万年筆を取り出したものの、まだ何も記せてはいなかった。

 またひとつ、君はため息を吐く。

 カチコチと時計の秒針が進む音が部屋に響く。

「どうしよう」

 気が進まない?

「えぇ。書かなくていいのなら、すぐさま投げ出したいけど、課題だから提出しないと……」

 真面目だね。

「単位のためよ。さぁ、覚悟を決めて書くわよ!」

 君は、力強く宣言する。

「まずは、手紙の書式設定から調べましょう」

 あ、そこからなんだね。

「仕方ないじゃない。いまどき手紙を書く機会なんてないもの」

 君は、ネットで『手紙の書き方』と検索して一覧で表示される情報をメモしていく。


***


 そんな作業を君が始めて一時間が経とうとした。

「よし、なんとか手紙の基礎知識は理解したわ」

 それはよかった。 

 君は安堵の表情を浮かべている。

「さて、まずは書けるところから書いていきましょうか」

 そうだね。そう言って君は『拝啓』と綴った。

「次は時候の挨拶ね。何がいいかしら」

 君が読んで楽しんでくれそうなことを書いてみたら?

「そうね。河川敷の桜並木のことを書いてみましょうか。『桜の蕾が綻びそうな春暖の候。桜の開花を心待ちにしながら健やかにお過ごしでしょうか?』っと」

 いいね。その調子だよ。

「本文は……今の私が思うことを書くことにするわ」

 そうか。

 君は少し真剣な面持ちで深呼吸をして万年筆を手に取って、手紙を書き始めた。


***


未来の私へ

拝啓 

 桜の蕾が綻びそうな春暖の候。桜の開花を心待ちにしながら健やかにお過ごしでしょうか?

 さて、この手紙を未来の私(ややこしいので貴方としますね)が読んでいるのなら私はとても嬉しく思います。

 貴方も知っての通り、私は記憶障害があります。だから、貴方にとってこの手紙は同姓同名の別人から送られた手紙と大して変わりはないと思います。それでも、だからこそ何を書いたらよいのか悩んでいたのですが、私なりのアドバイスを綴ってみようと思います。

 まず、貴方が思っているほど世界は絶望に満ちてはいません。もしも、また人が怖くなって自室から出られなくなったら、窓を開けてみてください。新鮮な空気は意外と気持ちを楽にさせてくれるものですから。

 それから、好きな音楽のプレイリスト(貴方が消去していないのならばパソコンのデスクトップにあります)の音楽を流してみてください。最初は、きっと人の声が怖いだろうからインストを聴くのをおすすめしておきます。

 あとは、これが一番伝えたいことですが、貴方がこの手紙を読んで、この手紙を書いていた時の記憶を全く思い出せなくとも、どうか自分を責めないでください。忘却はつらく悲しいことです。でも、思い出せないからといって、今まで生きてきた日々が無かったことにはなりません。ちゃんと確かにあって、貴方は生きて、今日という日を積み重ねてきているのですから。大丈夫です。今の私がそうだと言っているのだから間違いないです。

 さいごに、私は貴方の幸せを心から願っています。どうかこれを読んでいる貴方の日々が笑顔で溢れていますように。


                                    敬具

2019年3月17日

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未来の私へ ぴけ @pocoapoco_ss

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