第44話:夜間移動

逃げ切った僕達は、警備兵が居るクフランの城門から出られない事は分かっていたので、私服に着替えて、地下の秘密のルートで城壁を出た。

ただ、そのルートで勝手に表に出れないウォーレンさんは、そのまま外交交渉をする為、宮廷の方に向かった。

このお尋ね者に女装までさせてビアホールで食事をさせていたのは、この追手の正体を見破る為だったみたいです。

「選択肢は間違って無いよな。」

「ああっ。クフランの衛兵なら後で何とでもなるだろう。あの紋章官も対処に出たし」

「こっちは冒険者Aの尻尾を期待したのにな。」

「複数手掛かりがあっても、追い切れないよ。その手掛かりも外したらショックが大きいもん。」

「最近の若者は時間をかけて、色々試して見る事を楽しめないのかのぉ。何とも寂しいのぉ。」

「暇な時間がたっくさん有るお爺さんが羨ましいよ。」

「何事もミスや、間違った選択肢がある理由を楽しむのは大事じゃぞ。それにリアルはまだ爺じゃ無いわい。」

そう言うけど側から見ると、もう完全にミランさんとアナハイムさんは孫とおじいちゃんの会話だ。

「でも、一刻も早くローリアさんを解放してあげられるなら。迷ってられないです!」

アナハイムさんは僕の肩に手を置き、心境を把握している様に話した。

「若いの、焦るんじゃ無いぞ。焦っても良い事は無いからの。」

僕は少し早口で話したのが焦っているように聞こえたようだ。

今はこの手掛かりがなくならない様に、急いで先に進むしかない。

幾多の冒険者さん達が踏み慣らしたであろう今歩いている道は、雑草が生い茂り獣道の様だ。

このマグカップから出ている光が指し示していたのはノーバル洞窟方面だった。

「んでもあの場所、普通にワープポイントが作れないから面倒なんだよな。」

「ああ、場末なんだからもう直接飛べるようにしてくれればいいのに。」

「あいつらに渡した冒険者Aのワープ魔法石は特別だな、少なくとも俺は知らない。」

「上級者に必要のないアイテムは時々、新人冒険者(ユーザー)の為に後から追加されるけど、僕もそのアイテムは聞いた事なんてないよ。」

「素直にみんなで集まったときに石使ってればよかったか?」

「スミマセン、冒険者さん達だけなら、歩かなくて済んだんでしょうけど。」

そう、冒険者さん達は帰還(ログアウト)すると、残された僕は追手やモンスターに捕まってしまう可能性があったので、こうやってみんなで歩いて現地に向かっている。

僕はその場所に行ったことがなかったのでワープで飛べるか心配だった。

光の示す方向も確認もしなければならない。

「気にせんで良い。たまには、ピクニックもいいもんだ。」

「夜中に野郎どもだけってのがつらいぜ!?華はどこいった?華は?」

「普段シャナン達を女性扱いしてないのにねぇ。それに不審者と一緒なんて、女性は嫌がるよ?」

「何処に不審者が!?俺たちがこらしめてやる!!」

肩をすくめる、アナハイムさんと、ミランさん。

ひたすら歩き、空も星が輝きこれから朝に向かう霞が掛かってきたところで、ドゥベルさんが立ち止まった。

「着いたぞ。」

顎で示した先は、ぽっかりと空いた空洞の空いた崖だった。

「久々に来たノーバル洞窟。」

横は80m程で森で隠れて見えなくなってるけど高さも20m程ありそうだった。

上はまた森で生い茂っている。

多分それ以外何も無いだろう。

ただ、その空洞はいかにも色々危険がついて来そうな風が中から吹き荒れている。

「この中を攻略するには今のジョナサンのLVでは少し心とも無いかな。」

「スミマセン。。。」

さっきから謝ってばかりだ。

「大丈夫だ、ソロでは厳しいと言う意味で、同じLVの6人PTなら問題無い。俺たちでフォローもする。」

ドゥベルさんは無表情のまま、僕の肩に手を置いて、諭す様に言った。

見た目は相変わらず怖いけど、気遣いがありがたいです。

「それに、君がここでこうしているのは僕達の選んだ道でもあるんだから。でもあれはあれで面白かったよ」

クフランで異様に演出してくれたミランさんも気に病むなと言ってくれる。

「さて、帰還(ログアウト)も面倒だから、キャンプしたまま仮眠とるわ。」

洞窟の手前に結構なスペースがある。

別の冒険者さん達が、先々攻略された際にテントを張るスペースを作ったのだろう。

「3時間ぐらいでいいか?」

「そんなもんだろう、女子陣もそれぐらいには合流できるだろうし。」

そう話しながら、みんなテントを広げキャンプの準備を完了させた。

「ジョナサンのテントはここね。」

ミハエルさんは話しながら、僕のテントまで案内をしてくれた。

「ありがとうございます。」

「全員で仮眠とると不安だから、誰か残ってくれないか?」

振り向き様に、ミハエルさんがまだ残っているメンバーに声をかけた。

「加治スキル上げついでに俺が残る。研いで欲しい武器があったら置いていけ。」

「おっ助かる〜」

「ジョナサンの武器はまだ研ぐ必要はなさそうだな。」

弓の真跳びのはともかく、シャドウエクスカリバーはまだ刃こぼれを起こしていない。

「はい。」

「じゃぁさっさと寝て、夜通し歩いた疲れを癒しておけ。マグの効果も俺が見張っておく。」

「はい、ではお言葉に甘えてお先に失礼します。」

「おう、おやすみ。」

そう言ってミランさんが用意してくれたテントに入ると、すぐに眠気が襲った。


気がつくとまだ朝日が登る途中だった。

2時間くらいかな!?

いつもの起床時間だから目が覚めてしまった。

あんなに、疲労が溜まっていたのに、起きたら結構スッキリしていた。

テントの上部に薬草、香り袋のサシュが吊るされていた。

多分この薬草の香り効果で疲労回復が早かったのかもしれない。

朝日を少し浴びて、甘く無いスッキリした香りがする。

ミランさんがあの短時間に用意してくれたのかな?

テントを出て、顔を洗うと、マグカップから出ている光の減衰が無いのを確認した。

そして、その先でドゥベルさんが剣の刃先を研いでいた。

「早いな、十分に寝たのか?」

僕の気配に気が付き、手を止めずに、声をかけてくれた。

「はい、おかげさまで。ドゥベルさんは大丈夫なんですか?」

「俺は昼に寝てるからな。」

「そうですか・・・」

そういえばクフランの小道で闇取引ぽいことをしているときにサングラスしていてわからなかったけど、全く動かなかった。

あれがドゥベルさんの昼寝か。

刃先をチェックしながら、また砥石に剣を当て研ぐ。

僕も少しは加治スキルがあるので手伝えないか様子を見ていたけど、ドゥベルさんの加治スキルは今の僕より遥かに高い。

これじゃぁ返って邪魔になりそうだ。

初心者用武器の相手では、流石にドゥベルさんのスキルには追いつけそうにない。

みんなが集まるまで手持ち無沙汰になったので、間持たせのついでに気になる事を尋ねてみた。

「あの・・・聞いて良いですか?ドゥベルさんの創造主の世界での仕事の事?」

ドゥベルさんの手が止まった。

何かを考えているようだった。

「ジョナサン。」

「はいっ」

「答えられる事と答えられない事がある、俺の事じゃない噂話でならある程度話せるが。」

ドゥベルさんは手入れをしていた武器を横に置き、僕の方へ向いた。

「お前が聞かなかった方がいい話はなるべく伏せるし、お前達NPCが聞いてはいけないことは自動的にフィルターが掛かるとは思う。それでも危ない話は他の奴に話すとお前自身の身に危険が及ぶ可能性がある。

だが、その中には今のお前に必要な情報もあるかもしれない。だから一応話しておくが

それでもいいか?」

僕は息を飲んだ。

そんな話に危険なんですか・・・

徐々に朝日が差し込み、ドゥベルさんが神々しく見える。

今こうして話をさせてもらっているけど、そう僕たちにとって創造主の世界は未知で何処かでその世界に触れるられない権限(パーミッション)がある。

でも、僕たちが冒険者Aはその権限を超えた世界の理(バグ)の中にあるのも事実だ。

「その話の中にローリアさんを助けられる手立てがあるなら。」

僕はドゥベルさんをまっすぐ見た。

「そうだな。全く関連が無いとは言い切れない。だけどやはりお前にも話しておくべきか。」

そう言うと、ドゥベルさんは座る様に手で指し示した。

横の焚き火ももうそろそろ、尽きかけようとしている所、静かに話を始めた。

「俺たちの現実世界、お前達で言うところの創造主の世界か。がゴタ付いているってのは知っているな?」

「ええ、噂ですけど聞いたことがあります。」

「噂じゃ無い。そこは事実だ。俺たちの世界にも国があり、暴走した国が使ってはいけない武器を使用して、全ての生き物を含め俺たちは地上では過ごせなくなった。」

それの話は僕が子供の頃から、親から聞いた世界創造記だ。

「地上で住むことが出来なくなった俺たちは、地下で過ごすことになったが、地上での生活に戻りたい憧れを夢みた俺たちは、擬似的なこの世界を作って体を元の世界に置いて、意識や魂だけこの世界に訪れる事で癒しを求めたって所までは、お前達も多分聞いてると思う。」

僕は言葉を発せず、うなずいた。

創造主の話は御伽噺で、そういえば実際に冒険者さんからこの話を改めて聞いた事はなかった。

「他にもこの世界と同じ様な世界がいくつもあり、俺たちは好きに世界を行き来している。」

その話ははじめてだ。この世界と同じ様な僕たちNPCが住む世界がたくさんある!?

「だが、この世界を始めとして、他の世界も維持するにはコストが掛かる。それどころか俺たちが元の世界で生きていくのも結構なコストがかかっているんだ。」

コストと言う単語が出てきたけどお金的なものなのか?それを尋ねる前にドゥベルさんの話の続きを聞いた。

「だから幾つもの世界は一つに統廃合される予定にあるんだが。」

話を続けて聴きたかったがちょっと怖い話が出てきたので話を遮ってしまった。

「統廃合って、この世界がなくなっちゃうんですか?」

「残すに値しないと言われればそうなるが、ここはその心配はない。廃止されるのは全く使い物にならない世界(サーバー)がメインになるからな。」

「冒険者Aは廃止されるのは側の関連する冒険者なのでしょうか?」

「それはわからない、憶測では全く判断がつかない。」

明らかに断定を避けている。憶測に結論をつけるとその先の判断に影響が出るからだと思う。

「その統廃合するべき、対象を調べるのが、オーフェン・ベルツ王が言っていた監査官って仕事になる。」

ああなるほど。

「監査官は公正な判断をする為に接待など受けない様に、各世界では隠密に行動する必要があるわけだ。一般論だが、その監査官は存在を知られては、接待が入り、本来の世界の姿が見れなくなるからその仕事は知られてはいけないんだ。

だか、監査官という仕事事態は一般の冒険者もその存在を知っている。

俺が言える事ははこれぐらいで、俺が何者かは・・・言う事はないな。」

僕もこれ以上話を聞く事はしなかった。

「この話の続きも今、俺達の世界で検討していて、噂話しにはなっているが、それはまた今度なだ。」

なんか僕達の上の創造主の世界も大変なんだろうなと言うのはよく分かった。

でも、やっぱり落ち着かない。

「話を聞いて不安な様だな。無理もないか。」

そういうとドゥベルさんは僕から視線を外し空をみた。

綺麗な赤から青へ色が変わっていく最中だ。

「ここは世界の表現、大気、雲、土、水、自然の表現が他と比べてもダントツで美しい。俺達の本当の世界よりも。」

ドゥベルさんは徐々に高くなる朝日が木々の間から差し込む影の間から漏れる光を手の平に受け、その色合いを確かめる様に眺めた。

そのあげた手首に小鳥が止まる。

ドゥベルさん驚いたけど、すぐに笑った。

小鳥は怯えるでもなく、2,3回首を傾げるとすぐに青空の向こうへ飛び立って行ってしまった。

それを名残惜しくドゥベルさんが目で追っていく。

「俺はこれが気に入って、ここで遊んでいるだけで、仕事なんて知らないね。少なくともこの世界は失いたくは無い。まぁそんな所だ。」

そう、今までのドゥベルさんの中で一番落ち着いた表情をしていたが、僕の方へ再び顔を向けるとかなり真剣な顔つきになっていた。

「ジョナサン最後に俺からも質問が一つ。」

「はい?」

「選択された全ての答えは全ての記憶から。

WHERE 1=1」

いきなり呪文の様な事を言われたけど何がなんだかわからなかった。

だけど、そのあとの沈黙は、質問がおわって、解答を求めているんだと思う?

でも、やっぱり何なのか解らなかったので聞いてみた。

「?なんです?そのホエアなんとかとは?」

ドゥベルさんが目を見開いて驚いた。

「今のが聞こえたのか?」

「えっとホエア1イコール1ですか?」

ドゥベルさんが驚いた様子で手の平を僕の方に向けて差し出した。

「いい!そこまででいい!ジョナサンお前フィルターが掛かってないな!!」

「えっなんです?」

「・・・世界の理の抑制・・・」

アナハイムさんが僕の後ろでそう言った。ミランさんもその後ろで聞いていた。

いつの間にか起きていた様だった。

「ダメじゃぞ、ドゥベル。リミットを設けないと万が一、発動したら全てのデータがここで展開されてしまうぞ。」

「ああそうだった。すまない。俺はプログラマーじゃ無いかなら。聞き覚えで物を言った。」

ミランさんがゆっくり僕の前に立ち、ドゥベルさんと同じ呪文を唱えた。

「選択された全ての答えは全ての記憶からWHERE 1=1 LIMIT 10; 絶対LIMIT と後ろの数字は付けるんだよ。でないと何かあった時、君だけじゃなくて全てがパンクするよ。」

「はい・・・何だかよくわからないけど、気を付けます。」

「覚えず、全て忘れた方がいい。都合よく忘れられるならな。」

それは今は無理ぽい、また言われたらすぐにでも思い出しそう。



※ 「選択された全ての答えが全ての記憶から。」「WHERE 1=1」

 SQLインジェクションと言われるサーバーに対する攻撃の一種。

 データベースの全ての情報を引き出す命令の一つ。通常ならどのサーバーでも対策はしてあるが、この世界ではNPCが言わない様にフィルターや制限がかかっている。

 LIMITは情報を引き出す数。これを入れないと、サーバーのメモリーがパンクして止まったり、ものすごい数の情報がネットを通じて送られて来る可能性がある。

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