小説、好きですか

左安倍虎

君は小説が書きたいの?作家になりたいの?

「あなたは小説が書きたいのか、作家になりたいだけなのか」


 そんな問いが、作家志望者に投げかけられることがあります。

 質問する人は、とうぜん「小説が書きたい」という答えを求めています。作家という肩書がほしいだけなのはだめだ、そんな安易な気持ちでプロを目指してはいけない、というわけです。


 ところが、プロでも全く逆のことをいう人もいます。

 以前、はてな匿名ダイアリーで話題になったエントリで(今はもう消されていますが)、プロ作家を10年続けたという方が「小説が好きな人より作家になりたい人のほうがプロには向いている」と書いていたのです。

 匿名の投稿なので本当にプロが書いているという保証はありませんが、簡潔でわかりやすい文章で、それでいて胸にすとんと落ちる内容になっていたので、おそらく本当にプロの独白だったんだろうと思います。


 その方が言うには、「自分のように小説が好きな人は、つい自分が書きたい内容にこだわってしまい、市場のニーズとの間にずれが生じてしまう。しかし作家になりたい人は人にウケたい欲で書いているから売れ線にうまく合わせていけるし、量産を続けるうちにほんとうの傑作を生みだすこともある」のだそうです。

 その方自身は書きたいこととは違うものを書くことを編集者から求められ続け、それがつらいので筆を折ることにした、ということでした。


 これ、なかなか考えさせられる文章だと思います。

 もちろん、この方が言うことが常に正しいとは限りません。ほんとうに書きたいことを書き続け、それで大作家になった人もいるでしょう。でも、「小説が好きな人より作家になりたい人のほうがプロには向いている」というのは、その方が10年の作家生活から得た確かな実感であることは間違いないのです。


 小説というものは、出版社にとり作品である以前に商品です。売れる商品を生み出せない作家はいずれ淘汰されるし、売れるためにはときに自分を曲げなくてはならない。それならば、これが書きたい、という強いこだわりがある人は、趣味で好きなものを書き散らしているほうが幸せなんでしょうか。しかしそういう強いこだわりこそが作家としての強みになることもあるので、こういう人こそ作家に向いている、とはかんたんに決められないところがあります。


 結局、ある人が作家に向いているかどうかなんてことは、後付けでしか言えないことなのかもしれません。理由が何であれ、続けられなければ向いていなかったことになるし、続けば向いていたことになる。こういってしまうと身も蓋もないのですが、私としては、好きな作家さんは「作家に向いている」人であることを祈るばかりです。

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