ウェイストランドの獄炎姫エヴァレンティア(仮)
春雨R
エピソード1 獄炎姫エヴァレンティア、死す
極寒の荒地に降り立ったエヴァレンティア(以下、エミィ)は、人間と思しき敵対者大勢を相手に啖呵を切っていた。
エミィからすれば、継ぎ接ぎの鋼鉄を身に纏った奇天烈な兵装などは今日まで目にした事も無く、彼等のその頭防具は異形の者の印にさえ見えた。
ただ、それらも所詮はこの大氷河警備隊にとって、在り合わせの素材で作った普遍的な防護スーツでしか無く、その頭防具と言うのも軍用ヘルメットの事であった。
―――エミィがこれまでに手を掛け、血祭りにあげてきた敵対者といったら……その大半がチェーンメイルに、バスタードソードの人間達だったのだ。
「人間風情が我に跪けと? 雑兵が幾ら束になったところで……このエヴァレンティアの地獄の業火が貴様らを消し炭にしてくれよう」
エミィはほくそ笑み、見せしめの為に自らのエーテルを極限解放しようとする。
「バカ言ってないで頭に手を付いて地面に伏せやがれ! 早くしろ!」
エミィに向けられた十数挺のライフルの銃口。
警備隊の人間達は口々に警告した。
エミィからすれば、この聞く耳を持たず吠え続ける愚直な人間達は生かすに値せず、ひとり残らず燃やし尽くしてやろうという考えしか無かった。
「我が力を侮りし事、あの世で後悔するが良かろう……この愚かなる者達を滅却せよ、『混沌たる炎の剣舞』」
エミィの溢れ出るエーテルから放たれた炎は、たちまち兵士達を焼き尽くす……はずだったが、警備隊の側に付いていた『魔法使い』のブラストシールドは既に展開済みであり、それどころか、エミィの火炎術はブラストシールドを展開するまでも無いほどに微弱な攻撃にしかならなかった。
「熱っ」
兵士のひとりが微弱な悲鳴を挙げた。
たいまつの火を向けられたかのような弱々しい攻撃は次々と兵士達を失笑させ、一面に張り詰めていた空気をあっという間に和ませた。
また、エミィ自身も一体この場に何が起こったのかまるで理解出来ずに唖然とし、立ち尽くすばかりだった。
「お、おい……何かの間違いだ。冗談じゃないぞ。いや、何かの冗談だ……。火炎術の発動の手違いに違いない。そうだ、これはほんの手始めの術だ。プレリュードだ」
まるで体験した事の無い失敗を味わったエミィ。
隠しきれないほどに青ざめた表情は見るも明らかに、自信喪失の現れであった。
「聞いたか? 炎の剣舞って言う手品らしい」
「こりゃあ渡り鳥の手品師か、頭をやられた亜人に違いねえな」
大氷河警備隊の兵士達の緩みきった談笑を目の当たりにしたエミィは、血の気の失せるほどに青ざめていた表情から一転、爆発しそうなほどに顔一面を紅潮とさせた。
「今のは貴様らを惑わす幻惑術に過ぎん。本気を出すまでも無かろう。我が底力を目にした途端に恐れ慄いて逃げ回るぞ。言っておくが本当に怖いぞ!」
「分かった分かった。痛い目に遭いたくなかったら大人しくしてる事だな」
気づいた時には時すでに遅し、エミィは警備隊のひとりによって瞬く間に背後を取られ、エーテル封印型手錠を掛けられてしまっていた。
「あっ! 痛たたた……!」
ぞろぞろと警備隊の兵士達がやって来て、エミィを見下ろすように包囲する。
兵士達を統率するポポヴィッチ伍長は無線越しに上司と連絡を取り始めた。
「亜人型、恐らく見積もって魔力持ちレベル2。えー、当拠点領域内をうろついており、ただいま捕獲。被害ゼロ。エルフの女の子です」
「言葉、喋れるの?」
「喋ります。当人は『魔界マレボルギアを統べる王族の末裔である』などと意味不明な発言を続けており、詳細不明。今からそちらに連行しますよ」
*
そうしてエミィは為す術もなく、古ぼけた工場跡地のような、ガラクタの寄せ集めで作られた仮設住宅のような大氷河警備隊の営業所まで連れられていった。
「あんまりキョロキョロすんじゃないよ」
警備隊営業所の施設内部は外装から想像出来るようにオンボロそのもので、錆びついたパイプが無尽蔵に張り巡っており、床は重機から漏れたオイルで汚れ、兵士とも作業員とも、工場に住み着いた浮浪者とも取れる警備隊の人間達がくたびれて、ブリキ缶をイス代わりに休憩しているその光景は……エミィにとってそれら全てが極めて異端であり、目を白黒とさせてはキョロキョロと見回す他に無かったのだ。
そのうえ施設に蔓延る工業用アルコールの滲んだ空気はエミィにとって信じがたい悪臭であり、自らとの文化圏の違いを強く思わせるものだった。
「なんなんだこの匂いは……マンドレイクの酢漬けでも作っているのか……?」
「いいからとっとと歩きな、お嬢ちゃん」
兵士に肩を押されるエミィ。
(ちっ……こんな雑魚共、我が魔術さえ解放出来ようものなら全員始末出来たはずだ……。なのに一体、我が身に何が起きたというのだ……?)
エミィが連行された先は営業所内の事務室だった。
来客用の革張りソファにエミィは座らされ、対面するように雪焼けした白人の中年男が訝しげにエミィの顔を覗き込む。
「お嬢ちゃん、名前は?」
「貴様に名乗る筋合いはない」
エミィはシラを切った。
「極道のエバーレンティアって自分から名乗ってましたよ、この子」
「獄炎姫エヴァレンティアだ! 愚か者が!」
連れの兵士に怒鳴りつけるエミィの顔は真っ赤だった。
「まーまー落ち着いて。エヴァレンティアちゃんって言うのね。俺はね、コンラッド。この愚連隊の長を務めているんだ」
白人の中年男はコンラッドと名乗り、暖かいコーヒーをすすりながらエミィへの事情聴取を続けた。
「この辺では見ない類の亜人さんだね。エルフって言ったら大体……こんな寒冷地なんかよりもっと過ごしやすい地域に住んでいる。金髪でさ、すっげーずる賢いの。でも君は……あまり例を見ない赤い髪をしているねえ。エルフの連中って赤色を嫌うもんだと思ってたけど」
「そんな話はどうでもいい」
コーヒーをすすりながら含み笑いするコンラッドをよそに、エミィは問いただす。
「ひとつ聞こう。いまは聡星の年か?」
「は?」
「聡星の年かと聞いているんだ」
何を言っているんだこいつは、と言わんばかりの表情を顕にするコンラッドの後ろからナディシャが助言した。
「首長、たぶん暦の事ですよ。ソウセイが何かは判りませんが……彼女のエーテルの流動からして、意思だけはちょっとだけ」
浅黒い肌のナディシャは警備隊きってのうら若き『魔法使い』であり、如何にもといった呪術師のごとき容姿をしているが……同時に作業着を着崩しているために何かと中途半端な格好であり、やはりエミィには彼女も異形の者に思えた。
「やっぱり魔法使いが居ると助かるよ、ナディシャ。よし、暦が何だって?」
「暦とはなんだ?」
堂々巡りだった。
「……西暦2120年。たぶん11月か12月だ。都市部の連中なら正確な日にちを記録していると思うが、何ぶんド田舎でね。おおよそのシーズンと日昇と日没しか役に立たないよ」
コンラッド達の文化圏の暦が理解出来ず、エミィはキョトンとした。
「せいれき……?」
「そう、西暦。まるで別世界からいらっしゃったかのような事を言うけど、端的に言うよ。ウチに何しに来たの?」
「何って……攻勢を見せてきたのはお前達の方だろう。我は眠りに落ち、意識を取り戻した時にはこの寒冷地に……ん、待てよ? 何故に我は眠りに落ちていた? まさか死霊術師共……ちっ、あの下劣極まりないアルグールめ、我を裏切りおったな!」
警備隊の一同は呆れた。
「あ痛てててて! やめろ! 耳を掴むな!」
「いいか、よーく聞けよ。君は俺らの中で敵対種の亜人と見なされている。場合によっては射殺も十分に検討している。発言に気をつけろ」
首長コンラッドの殺意に満ちた鋭い眼差しで、エミィはいま自分が恐ろしく不利な状況に置かれている事を理解した。
「これから君のエーテル検査を行う。こちらのナディシャが着手するから言うことをちゃんと聞くように。いいね?」
エミィは小さく頷いた。
*
そうしてエミィは事務室の片隅で壁と向かい合うように立たされ、手錠が外される事のないまま衣服の脱着を要求された。
「ふ、服を脱げと……?」
「ごめんね、規定でそうなってるの。もし貴方に敵意が無くてもエーテルという魔力持ちが確認出来る以上、指揮官の監視下で全身検査を行わないといけない。なるべくすぐ終わらせるけど、手錠は外せないから……この素敵なドレスも破っちゃう事になるわね」
ナディシャはエミィを諭すように接するが、仕事は冷淡であり、既にドレスにハサミを入れていた。
「うっ、うぐぐ……ちくしょう……」
「我慢してね。各リンパ節のエーテル圧量を見るだけ。被害ゼロとは言え、私達への攻撃もあったから規定で衣服、所持品共に没収する事になってる。せっかくのドレスだけど……こちらで保管、もしくは焼却処分。可哀想だけど、我慢してちょうだい」
エミィにとっては屈辱的な処遇だった。
魔界マレボルギアにおいては暴虐の象徴として同胞の魔神達からも畏怖され、数多くの戦争に悪魔達を率いては勝利し、敵対する異種族を滅亡へと追いやるほどに冷酷で、残酷な魔界の領主として知られたエヴァレンティア。
そんな彼女がオンボロの事務室の一角で人間如きに屈服し、服を脱がされるという行為はまさに敗北者そのものだった。
「……うちのエースに負けず劣らずのモノを持ってますね、あの子」
連れの兵士のひとりが物珍しそうに、かつ卑猥な視線でエミィの開けた白い肌を眺め、呟いている。
「おいおい、見せもんじゃないんだから。でも見れるのは今のうちかもなあ……。あの子、エーテル検出値の度合いにもよるが良くて釈放、最悪殺処分。どのみち彼女を拝めるのも1度っきりだろうな」
ポポヴィッチ伍長が耳打ちするように兵士と話した。
「ヴィクトル(ポポヴィッチの名前)、丸々聞こえてるよ。ウチなんて他と比べたら人道的組織じゃないか。ニュートロンド市警みたいな蛮族に捕まろうものならもっと酷いぞ。連中、金にさえなれば何だってするんだから。それに比べりゃあ、マシな処遇だと思うがね」
ヒーターの効いた暖かな事務室で交わされる首長コンラッドと兵士一同の緩い雑談とは裏腹に、エミィの心は屈辱のどん底に落ちていた。
「うわあ……すごいエーテルの流動。首長、見てくださいよ。この子のおっぱいってこんなに凄いんですよ」
「ナディシャ、あんまり揉むな揉むな。可哀想だろうが」
エミィにとって、このように他者と肉体が触れ合うような行為自体が、夜魔の帝の寵姫に恋し、愛の渦に耽り落ちた時以来であり……それほどに稀で、神聖であるべき行為だった。
それも今や得体の知れない異世界の人間達の手によって破られ、一糸まとわぬ姿を晒す羽目になったエミィは、今まで味わった事の無い敗北感に満たされては涙を堪え、耐え凌ぐ事に必死になっていた。
そんなエミィを見たナディシャは、エミィの肌伝いに『魔法使い』の魔力を介したメッセージを伝達した。
(怖がらないで。首長ったらあんな事言うけど、よっぽどの事が無い限りは処刑なんて選ばない人だから。だから、今は出来るだけ協力して)
(……だったらこんな検査などと言う羞恥行為は、早く終わらせてくれ)
(うーん、それはどうかな? 善処してるつもりだけど、貴方の協力次第ね)
(くっ……)
エーテル検査は粛々と続いた。
事の急変はナディシャのエーテル検査も終盤に差し掛かり、股関節にかけて陰部への目視が始まった頃だった。
穏やかだったナディシャの表情が強ばり、深刻な面持ちで首長コンラッドへ事の結果を打ち明けたのだ。
「……首長、大事なお話があります」
「へ? 何が?」
「率直にお伝えしたい事があるので、ポポヴィッチさん達にご退席をお願いしても宜しいでしょうか」
「あ、ああ。分かった。ヴィクトルにみんな、そういう事らしい。すまないね」
ポポヴィッチ伍長率いる兵士達は事務室を後にし、バスタオルに身を包めたエミィと首長コンラッド、ナディシャの3人だけが部屋に残った。
そうしてナディシャは静かに打ち明けた。
「率直に申し上げます。私の当初の見込みでは、彼女はレベル2級と見ていましたが、大変な事が分かりました」
その言葉を聞いた首長コンラッドは、慌てて割り込んだ。
「ちょ、ちょっと待って。それって彼女にも教えていい話か?」
「どのみちエーテルを介せば彼女にも知り得る話です。ウソはつけませんよ」
「……分かった。続けて」
ナディシャは一呼吸置いて、こう続けた。
「彼女は……エヴァレンティアさんは、レベル5です。エルフじゃありません。レベル5級の魔神です」
首長コンラッドは硬直した。
「ど、どうして魔神がここに……?魔神って言ったらさ、アレだろ?アレとか、あのお方とか……」
「……そういう事になります」
深刻そうな面持ちで話し込む2人を見たエミィは状況こそ把握出来ないが、何となく勝利した気分になっていた。
「そうだ。我は獄炎の化身として名だたる魔神エヴァレンティアその者よ。お前達が相手している存在が如何に強大なものか理解出来たのなら、早急にこの手枷を解く事だな」
「いやです」
エーテル封印型手錠で力を抑制出来る以上、エミィの手錠が外れるはず無かった。
「不敬にも程があるぞ貴様ら! これ以上に我を怒らせようものなら、のちにどうなるか判っているのだろうな!?」
「レベル5級の力があるのなら既に手錠如き、解けているはずですよ。私には貴方が出し惜しみで勿体ぶっているとも思えませんし、かのお方のように気紛れでふざけているようにも思えませんね」
ナディシャは冷静であり、傲慢なエミィにも率直に返答した。
「エヴァレンティアさんに誤解されないよう申し上げます。計測上、確かに貴方はレベル5級の力を持つ魔神様ですが……残念なことに、貴方はご自身の力を引き出せる程の能力を持ち合わせてはいません」
「へえっ!?」
エミィは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「私達が深刻に思っているのはむしろ、貴方が『ここ以外』の組織に捕縛される事のほうがよっぽど深刻なんです」
勘違いするな、と言わんばかりに答えるナディシャ。
「あ、ああ……そういう事なら、確かにそうだな。ウチで見つかって良かった。ましてやニュートロンド市警や、星間旅団に身柄が渡ること無くて良かったよ。本当に良かった」
安堵する首長コンラッドをエミィは怪訝そうに伺った。
「その『他の連中』が我が正体を認知した所で、どうという事態が起こるのだ?」
「まず『悪用』するが為に戦争が起こるかもしれないな」
エミィは鼻で笑った。
「お前達人間が我が力を求めて戦争を起こすのなら起こせば良い。血を流せば良かろう。闘争心を燃やした人間共が着々と戦火を広げ、国が滅んでゆく様はいつ見ても愉快だ。くっくっくっ……お前達も我が力を欲するのか?」
エミィはバスタオルに身を包みながら不敵な笑みを浮かべていた。
この大氷河警備隊も所詮は戦争の為に力を欲し、今までの数多く滅ぼしてきた愚かな人間達と同類の連中であると思い込んでは、嘲笑するばかりだった。
そんなエミィの態度を目の当たりにした首長コンラッドは唖然とし……彼女を諭すよう、静かに問いかけた。
「……うーん、君は自分の置かれた立場を理解してないようだな。我々はね、まず君を『悪用』しようとする連中を遠ざけたいと思っている。これが何を意味するか、分かる?」
「我の強大たる火炎術の独占だろう」
「あんまりふざけていると俺も怒るよ!? 要するに君を処刑しなきゃならないって事だよ!!」
冷静沈着で知られる首長コンラッドの久しい怒声だった。
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