小説家と珈琲屋

黒秋

不思議な不思議なお話

昔々…とは言えない

古典的な車が道を走り、

LEDではないものの街灯も存在した時代。

とある男がいたそうな。


彼は売れない小説家であった。

というのも彼自身の実力はそこそこなのだが

当時の小説の最高峰である作品のレベルが

とてつもなく高く、

彼以外の無数の作品も

その作品に押さえつけられ、

芽すら出せれない状況であった。


「お兄さん、どうしたんだい?

そう頭を抱えて…

あぁ小説に行き詰まっているのか」


とある古びた喫茶店の店主は

常連であり、少ない常連客の一人である

彼に話しかけた。


「いんや、そうじゃないんだ。

この作品を読みたまえ」


店主は老眼鏡片手に

質の悪い用紙を手にとって読む。


「ほう、良い作品ではないか。

ちゃんと完成している」


「そうだ、だが…なにぶん売れない。

新聞に幾度か作品を載せても、

大きく載せられた あの小説 ばかりを読み、読者は小さく載せられた私の小説を

全く読んでくれないのだ」


「成る程、いくら良い作品が出来ても…

それを見るものがいなければ

商売が成り立たないというわけか、

大変だのう」


「親父さんもそう言ってられんだろう。

この珈琲屋、 ガラガラじゃないか。

私以外だあれもいないじゃあないか!」


「あぁそうだ。いくら良い豆を用意しても、

美味しいサンドウィッチを作っても

人が来なければ意味が無い。

…商売というものは難しいんじゃな」


頭を抱える人間が二人になったとき、

第3の男が姿を現した。


「やぁお兄さんたち、お困りのようだね」


「なんだいあんた?いつからいた?」


「なにそこはさて置きだ。

お兄さんたちのお話は聞いた、

俺の言う通りにすれば、

問題は解決する、聞いてみるかい?」


突然現れ、そう自身満々で言う胡散臭い男。

だが結局、暇で暇で仕方ない彼らは

話のみ聞いてみることにした。


そして、男が話した通りのことを

翌日から行うことにした。


ーーー


ある二人の女が道端で話していた。


「何か、美味しいものが食べたいねぇ」


「たまには贅沢して

外国の料理でも食べたいけど…

ま、そこらの食堂に行きましょう」


「ちょっとそこのお嬢さん方、

ランチなら良いお店を知っている」


「まあ、お嬢さんだなんて…お上手ね」


「良いお店って?」


売れない小説家は話を続ける。


「この通りの裏にある喫茶店さ。

そこはエッグサンドがとても美味しくてね、

外国料理みたいな珍しさは無いが

美味しさではむしろ上回っている。

そして何より食後の珈琲だ。

あの舌触りあの程よい苦味、

一口飲めば他の珈琲は飲めない」


小説家は持ち前の文才を

音に変え、あの店の宣伝を行った。

小説が溜まりに溜まるほど暇な彼は

朝は良いモーニング珈琲があると言い、

昼は食後の珈琲が美味いと言い、

夜は贅沢で上品な時を迎えられると言って

一日中街を歩いた。


すると少しずつ、やがて大きな波となり、

その店にはじめての客が増えていった。


「いらっしゃい、ご注文は?」


「ホットサンドと、食後に珈琲を」


「分かりました。それではコレを」


客はとある紙を渡された。


「なんだい、コレ」


「サンドを出す少しの間の暇つぶしに

小説を書いた紙を渡しているんですよ、

それを見ながらそこの席で待ってください」


「ほう、新しいな」


店主の渡したその小説は

勿論、例の小説家の作品である。


サンドが来るまでの

暇つぶし、として渡された作品は

サンドを食べている最中も

空いた片手で読まれ、珈琲を飲みながらも

客の手から離されることは無かった。


そして会計の時に客の皆口を揃えて言った。


「この小説の続きが気になるんだ、

どこで売ってあるんだい?」


すると店主はこう言った。


「この作品はこの店だけで売ってまして、

今はこの一冊のみ売っています。

そしてこの店で注文する時に 話数 を

言ってくれれば最新の話から

今日読んだ続きの話まで

好きな話の書いた紙を渡します」


「なんと、面白いシステムだ」


客は売られている小説を買うか、

近い日に訪れ、サンドと珈琲と共に

続きを求めたという。


そしてその街全体に

その小説の名は知れ渡った。



ある日の新聞に

その小説の本文と、珈琲屋について、

さらに作者への インタビューが合わさって

一ページ丸々を埋めて載ることに成功した。


大きく載せられた小説の中身、

困っている人間を救う何でも屋という

その時代で画期的だったストーリーは

人の目を集めた。


そして主人公の好物を珈琲としたことで

更に珈琲屋との関連性を強める。


そしてインタビューの中に

こんな話を入れた。


「私の小説の主人公はこの珈琲屋を

舞台とした場所で珈琲を飲み、

そこで困った人間の話を聞いて

人助けをしている。

さらに言えば私がこの小説を書けたのは

この珈琲のお陰である。

紙とペンとここの珈琲、

3つが合わさることでこの作品は誕生した」


この内容は周囲の市区町村の人々の

心に大きく残る。


数日後、珈琲店は満員大行列になり、

小説家の作品は飛ぶように売れ、

当時小説家を押さえつけていた作品を

上回る大ブームを巻き起こした。


さらには験担ぎのような物として

売れない小説家がこぞって珈琲屋に通い、

サンドと共に上質な珈琲を飲みながら

それぞれの小説を書いたという。



ーーー



「まさかここまで売れるとは」


深夜、閉じた店の中で

眠気を珈琲で消している男達がいた。


「しかしありがとうよお兄さん、

あんたが教えてくれたお陰だ、

お礼はたんまりとするよ」


「いえ、お礼はいりません」


店主と小説家は口に入れた珈琲を

吹き出すのを我慢しながら

その男の顔を見上げた。


「私の力ではありません。

インタビューで小説家さんが

言ってたじゃないですか。

ペンと紙、珈琲が合わさったことが

大事なんですよ。

小説と珈琲、二つの特別があったからこそ

この結果は生まれたんです。

ですから私の力なぞ関係ありません」


「そう言いなさるな、

アイデアはお兄さんが出したのだから…

お兄さんは報酬を受け取る義務がある」


しばらくその男は考え、こう言った


「それでは、報酬として、

生涯このお店を続けてください」


どういうことかと二人は尋ねた。


「私はこの珈琲が好きです、

そしてこの物語に 恩義 があります。

どちらも私の愛するものであり、

無くなるのはとても悲しいことです。

ですので私はアイデアを出しました。

これから先、ずっと ファン でいるので

どうか仕事を続けてください」


二人は彼の言葉を快く受け止め、

彼が夜の闇に混ざるまで、

ドアを開けて見送った。


闇の中から

「いつも見守っています」

と声が聞こえたような気がした。



「なぁ店主よ。あのお兄さん、

初対面じゃなかった気がするんだ」


「私も、そういえばどこか

別のところで会った気がする」


心の中に浮かぶ疑問は共通していた。

しばらくしてハッと小説家が気づく。


「彼は私の作品の主人公だ。

弱気を…つまり困っていた私たちを

助けてくれたのだ」


「まさか…そんなことが…

そうか、作品への恩義とは

自らを産んだことへの恩義か」


二人はこのことを死ぬまで、

いや死んだあともこのお話を残した。


珈琲屋は現代まで残る

大型のチェーン店として現存しており、

秘伝の安くても上質な味で

人々を魅了し続けた。

小説家は巨大な出版社を作り、

多くの小説家を育てた。


今でもこの二つの会社の社長室には

二人が遭遇した 主人公 の

絵と物語が飾られているという。


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小説家と珈琲屋 黒秋 @kuroaki

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