垂直落下式ワルツ

エリー.ファー

垂直落下式ワルツ

「恋が実るのは、いつも、誰かの笑顔がそこに実ったときなんだそうです。」

「そうなんだ。」

「先輩も好きな人ができるといいですね。」

「俺の恋人は、この紙とペンだからさ。」

「先輩はその紙とペンといつも一緒ですもんね。」

「まぁね、この欅坂高校美術科に入学するときも必要になった大事なものだからさ。」

 俺はそんな嘘をつく。

 後輩の目を見つめる。

 違うんだ。違うんだよ。

 俺が本当に好きなのは。

 俺が、本当に大好きなのは。

「先輩、わたしのこと見つめてどうしたんですか。」

 フォトショだ。

 フォトショが一番使いやすくて好きだ。

 ネットで、ぬっちゃりゃさん、で投稿した作品が割と好評で正直、そっちでばっかり、作品を上げている。

 自分をモデルにした画像を加工して、上手く二次元のキャラに似せていくのが面白すぎる。少なくとも、紙とペンなんかにできるわけない。

「先輩のそういう昔ながらの紙とペンで描くこだわり、わたし大好きなんです。」

 別にこだわってない。

 ここ二日間まともに紙とペンに触ってない。

 二日目より前に触った時だって、机の裏に落ちた学校の保護者懇談会のプリントを引っ掛けて取ろうとしたときに使った。久しぶりに触ったらなんか、指にくっついてきて気持ち悪かった。

「先輩の絵って、とても繊細でとても清潔で、なんていうか。その女の人でも男の人でも一緒の気持ちで見られるものですよね。」

 ぬっちゃりゃさん、で投稿しているのはもう見せられなくなった。

 終わった。

 小さい子は見ちゃいけないタグがついている絵だ。もう終わった。この後輩と仲良くなることはできない。こんなに慕ってくれているのに、本当に申し訳ない。

「だから、そんな先輩がいるってここの学校の先生に聞いたから、確かに無名かもしれないけど、この欅坂高校の美術科をあたしも受けたんです。確かに、都心からは遠いし有名な美術家がここから排出された訳でもない、特殊なカリキュラムも、有名な先生もいない。でも、ここでなら、有名なところで美術について学ぶよりも、伸び伸びと自分の絵を探求できるって。」

 受験校書き間違えたって言えない。

 欅坂高校美術科じゃなくて、超名門の襷坂高校美術科に行きたかったのに、書き間違えたって言えない。木偏と示す編を間違えたって言えない。

「先輩が入学してからずっと、下駄で登校して、大理石の敷き詰められた正門じゃなく必ず裏門のアスファルトの上を颯爽と歩いて登校している所も、本当に、本当に、あたし、すっごく好きなんです。」

 入学初日におかしなテンションで作った下駄を履くキャラを辞められず、恥ずかしいあまり正門から入れずに、こっそり裏門から入っているだけだなんて言えない。

 肩幅と背丈、そして足だけは長いから、こっそり見つからないように入っているのに、颯爽と歩いているように見えているだけだなんて、絶対に言えない。

「わたし、先輩のこと尊敬してて、その、あの、だっ、大好きです。」

 言えない。

 俺も会った時から大好きだなんて、口が割けても言えない。

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