第30話 空に舞う鳥
天才で在ろうと努めてきた。でも本当は別に天才でなくても良かったのだ。俺はただ、あの頂点に立ちたかった。周りの声を気にして、自分の立ち位置を気にして、自分自身に振り回される必要など……なかったのだ。
「で、私たちに頼るなんて……どういう風の吹きまわしなのですか?」
「俺も連絡が来た時はビビったぜ」
「頼む。少しの時間だけでいい。力を貸してくれ」
プライベートルームにいるのは、俺とカトラとアレックスの三人。とうとう明日から始まる、裏口。今年は例年に比べればかなり少なく、参加人数は128人。それをトーナメント方式にすると、7回ほど勝てば優勝できる。だがしかし、その日程はたった一日で消化される。一回の試合でもかなりの疲労が伴うというのに、勝てば勝つほどその辛さは顕著に現れる。世界大会でもここまでの過密な日程はありえない。これが裏口が人気のない理由でもある。
だがそれでも、俺はたどり着く必要があった。
もう一度プロの世界に戻ると誓ったのだ。中途半端にはできない。それに全盛期の力が取り戻せないとしても、俺には……今の俺には戦う理由があるのだから。
「……仕方ありませんね」
「レイの頼みなら、断るわけがねぇ! 任せとけ!」
「ありがとう……二人とも……」
そうして俺は二人相手に実戦形式のトレーニングを積んだ。それで分かったことだが、やはり今の俺には以前のような力はない。カトラとアレックスに善戦はするも、勝てることはない。俺の引き出しは確実に少なくなっているし、剣戟でさえもスピードが落ちている。
以前の俺だったならば、この現実から目を背けて諦めていただろう。
しかし今の俺は……現実を受け止めた上で進もうとしている。
天才ではなくなったのかもしれない。あの強さはもう戻ってこないのかもしれない。でもそれは可能性だ。俺には別の可能性もある。
このどこまでも透き通る空にもう一度羽ばたいて行ける可能性。
俺はそれに賭けた。別に想うだけならば、自由だ。
怖いと思うこともあるし、負ける恐怖は未だに俺の剣を鈍らせるかもしれない。そんな中でも、迷いと憂いだけはなかった。ただ進むしかない。ただ愚直しに前に、前に、進む。それは一人ではない。俺には仲間と呼べる、大切な人たちがいるのだから。
技術さえ高めればいい。圧倒的な強さだけがあればいい。
そう思っていた。でも戦っているのは人間で、必ずしも感情とそれに伴ったしがらみが存在する。BDSは対人戦なのだ。人と人が戦っているのだ。ならば、人の感情というものを無視していいわけではない。そして自分の感情も、無視していいわけではない。
全てに向き合ってこそ、俺たち剣士は戦えるのだから。
「……はぁ……はぁ……はぁ……」
剣はもう、戻らないかもしれない。それでも成すべきことは成した。
あとは天命に任せるのみだ。
「レイ、あなたがもう一度戻ってくることを信じています」
「絶対に戻ってこいよ! そして次は俺が勝つ!!」
そしてカトラとアレックスは去って行った。
俺はまた飛べるのだろうか。あの剣戟の世界で、もう一度……。
◇
「さぁ、やってまいりました! To pro league tournamentの開催です! 果たして、この大会で優勝しプロへの切符を掴むのは誰なのか!? そして、今回はなんと……出場者の中にあの『レイ』がいます! 囁かれていた噂、あれは本物なのか、それとも偽物なのか、それが今日……全て分かるでしょう!!」
実況の声と共に、俺は会場入りした。そして全員が俺に注目している。すでに顔はバレているので、至極当たり前のことだろう。
この大会は、たった1日で終わる。明日になれば、誰かがプロリーグ入りしているのだ。
「……」
天を仰ぐ。そこには青空などない。ただ無機質に広がる電脳空間。
なんとなく、懐かしさを感じる。何百、何千回、何万回とここにやってきて剣を振るった。その度に死力を尽くして戦ってきた。初めは純粋な楽しさから、それから先はただ苦しみから逃れるために戦ってきた。
そして今は……。
「今回のスフィアは、森林に決定しました」
早速第一試合。相手は名前も知らないアマチュアプレイヤーだ。きっと記念程度で参加したのだろうが、妙に俺の方を睨んでいる気がした。でもそれもそうだろう。あのレイと、本物か偽物かは別にして、戦うのだ。それになりの戦意は見せるのが至極当然。俺はそんな気迫に何を感じるのか。
「試合開始」
疾走。俺はただ直進した。まっすぐに相手の場所に向かっていく。剣技とスキルはかつての領域にまだ届いていないが、経験だけは生きている。そして森林で戦う場合は、俺は絶対に後手に回らない。先手必勝。それが後にも先にも、俺自身を構成しているプレイスタイルだからだ。
駆ける、駆ける、駆ける。駆け抜ける、この壮大な世界を。
懐かしい。本当に懐かしい。俺は今、プレイヤーとして生きている。
再び戻ってきたのだ。俺は再び剣戟の世界に舞い戻ってきたのだ。
「……うおおおおおおおおおおおおおおおッ‼︎」
相手もスキルを使用して俺の位置を把握したのか、こちらに向かってくる。
受けて立とう。この刀に誓う。俺は、レイは、再び世界の頂点に立つのだと。
「……」
そして、一閃。
鞘に収めていた日本刀をなんの迷いもなく、抜刀。その所作はすでに何万回と繰り返してきた結果。剣技、スキルが失われようとも、俺という個人は変わりはしない。そして俺はそのまま……相手の首を刎ねた。
「勝者、レイ」
淡々と告げられるアナウンス。俺はそれを聞いて、スフィアを後にする。一回戦は無事に突破できた。だが数分後にはまた試合がある。それを覚悟して、スフィアを出るとアリーシャが俺の前に現れた。
「兄さん、お疲れ様です」
「……とりあえず、勝ったよ」
「この先からはセミプロも上がってきます。大丈夫ですか?」
「……感覚はまだ鈍い感じがする」
「そうですね。さっきの試合も、全盛期と比べるとまだまだですね」
「あぁ。お前にも届かない程度だ。せいぜい、アマチュア上位レベル。プロに達するにはギリギリ届かない技量だと痛感したよ」
「剣技とスキルは、戻らないんですか?」
「……ある程度は解放できたが、ツリー制だからな。そうそううまく解放はできない」
「……それでも私は信じてます。絶対に私と同じところに来てくれると」
「そうだな。お前にいいところを見せないとな」
「頑張ってください、兄さん」
アリーシャはにこりと笑うとそのまま去っていった。すると今度はカトラの奴が入れ違いでやって来るのだった。
「レイ、お疲れ様です」
「カトラか。お前たちのおかげで試合の感覚は多少良くなった気がする」
「それはこちらとしても、協力した甲斐があるものです。それで、あと6回勝てば優勝ですが、行けそうですか?」
「お前はどう思う?」
「今のあなたなら、難しいかと。アマチュアの中でも上位陣が参加しているので、それと当たれば負けるかもしれません」
「……冷静な分析だ。俺もそう考えている」
「でも……」
「?」
「レイは必ず勝てると信じています。だってあなたは、誰よりも強い最強の剣士なのですから」
「最強か……懐かしいよ、2年前が」
「あの時は完全無欠で、冷徹。誰も寄せ付けない強さがありました。でも今のあなたは少し違う。新しいレイ、期待しています」
「……ふぅ。期待が大きいとプレッシャーだな」
「あら? あなたもそんなことを感じるのですか?」
「人並みに、な」
「ふふ。では、次の試合も頑張ってください。月並みな言葉になりますが、応援していますよ」
「あぁ……」
次の試合がもうすぐ始まる。
俺の翼は今度こそ、飛べるのだろうか。この先の彼方へ、そしてあの頂点へと。
そんなことを考えながら、俺はスフィアへとその足を進めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます