第24話 決戦前夜


「シェリー、次の対戦相手が決まった」

「誰なの?」

「アリーシャだ」

「へぇ……運命を感じるわね」

「正直言って、負けてもプロになれる確率は高い」

「だから棄権しろとでも?」

「いや、勝ってほしい」

「……ふふ。そうこなくっちゃ!!」


 明日で今期の試合が全て終わる。現在の順位はアリーシャは3位、シェリーは4位とその順位を進めていた。正直言って、二人ともプロになれる確率は大きい。まだ確定ではないが、例えどちらが負けたとしても上がってくるプレイヤーはいないだろう。


 それでも負けて良い試合などない。捨て試合、消化試合はある。俺の時もあった。でもその時に気を抜いてしまえば、自分の剣が錆びついてしまう。これは感覚的な話というよりも、精神的な話だ。だからこそ、シェリーには意識して欲しかった。はっきり言って最近のシェリーはどこかおかしい。まるで昔の俺を見ているようだった。


「シェリーは大丈夫か?」

「何が? 技術的な話なら、もう最前は尽くしたと思うけど」

「いや、精神的な話だ」

「……大丈夫よ。私はアリーシャとの試合に勝って、堂々とプロリーグ入りするわ」

「……そうか。なら良いんだ」


 その日はそこまでにして解散した。もう言うべきことは何もない。


 この時はそう思っていた。



 ◇



「おい朱音、とうとう今日だな」

「……BDSの話か?」

「当たり前だろ! 今日で今期も終わる。プロリーグはあまり大きな動きはないけど……今回はアマチュアリーグが熱い。何と言っても、シェリーとアリーシャのカードだからな」

「どっちが勝つと思う?」

「……スフィアにもよるが、アリーシャの方が有利だと思う」

「理由は?」

「そりゃ秘剣だろ」

「だよなぁ」

「紫電一閃の領域に踏み込めば終わりだ。シェリーが勝つには、あの剣を封じる必要がある。でもそれをしながら、戦うのはかなり大変だ」

「……そうだな」

「いやぁ〜、でもやっぱり楽しみだな〜。実は俺、今回のチケット勝ってるんだぜ?」

「マジか。アリーシャとシェリー戦はかなり高かっただろ」

「あぁ。一万円は吹っ飛んだな。転売屋のやつも出しゃばってきて、本当に大変だったぜ……でも、レイの姿も見れるかもしれないからちょっと欲を出したぜ」

「……はは、それはまた奮発したもんだな」


 学校に着くと、早速涼介のやつがBDSの話をしてきた。皆、注目しているのだ。きっとそれはプロリーグよりも注目度は高いだろう。今回の対戦にはプロの解説と実況も入るらしいし、すでに観客席は満員。今は転売されているものしかチケットの入手方法はないが、それはかなり高額になっており一般人が手を出すには中々難しい。


 俺はシェリーからVIPルームのチケットをもらっているので、別に良いのだが……やはり今回の試合は多くの人間にとって特別なのだと思う。


 俺にとっても、有紗にとっても、そしてシェリーにとっても、今回の試合は大きな意味を持つ。



 そんなことを考えながらぼーっと授業を受けて、昼休みになった。俺は屋上に上がるとそこには菖蒲のやつがすでに座って弁当を食べていた。



「あ! やっときましたね!」

「いや授業終わってからすぐきたけど……お前が早すぎるんだ」

「そうですか? まぁちょっと急いできたのはそうですけど」

「何か用事でもあるのか?」

「今日、試合ですね」

「シェリーとアリーシャのことか?」

「はい。私は有紗ちゃんにVIPルームのチケットをもらっているので、観戦しに行きますよ」

「……そうか」

「先輩も来るんでしょ?」

「行くよ。俺はシェリーのコーチだからな」

「……先輩、シェリーさんには気をつけたほうがいいです」

「何かあったのか?」

「実は……」


 俺はそれから菖蒲の話を聞いた。でもその話を聞いて思ったのは、ショックとかそう言うことではない。やはり、と言うのが俺の感想だった。


 俺は違和感を覚えていた。シェリーとの出会いは偶然と思っていた……というよりも、今はそれが必然的なものでもよかった。彼女の人となりを知っている今だから言えることだが、俺は菖蒲の話を聞いた上でもシェリーのコーチを止めようという気は全く起きなかった。


 たとえそれが、複雑な問題を内在しているとしても。やはり今更見捨てることなどできない。


「先輩、いいんですか? あのままにしておいて」

「……別にいいさ。それに、やっぱりそうか……っていうのが俺の感想だからな」

「気がついていたんですか?」

「……片鱗は見せていた。シェリーは勝利に対する執着が強すぎるし、最近は相手を挑発するようなこともしていた。BDSはVReスポーツだ。だからこそ、スポーツマンシップに沿った行動が求められる。プロになればなおさらだ。でもシェリーはそんなことはどうでもいいって、その剣で語っている。シェリーもまた、昔の俺にどこか似ている」

「……なんか私がバカみたいじゃないですか。教えて損しました」

「いや、教えてもらって助かった。ありがとう、菖蒲」

「ふん! 優しくしても無駄ですよ! 私は簡単に落ちる女じゃないですから!」

「ははは……相変わらずだな、お前も」

「ねぇ先輩。今日の試合、一緒に見ましょうよ。先輩もVIPルームに入れるんでしょ?」

「と言ってもあれはほぼ個室だが?」

「私のチケットは二人入れるんです。どうですか?」

「いいよ。じゃあ、夜にBDSで待ち合わせな」

「はい!」


 俺は菖蒲とBDSのフレンド登録をした。名前は『アイリス』というキャラクター名だった。


「アイリス……菖蒲の花の英語名か」

「え……先輩が知っている?」

「バカお前。俺も最近は学ってやつが身についてきたんだよ」

「……はいはい。先輩は頭いいですねー」

「こいつー!!」

「きゃー!」


 二人でアホなやり取りをして、俺たちは解散した。


 あと七時間後には戦いが始まっている。そんなことを意識しながら、俺はその場を去って行くのだった。



 ◇



「……」


 今日はいつも通り、すぐに家に帰ってきた。別に最後の試合だからと言って、変にルーティーンを崩す必要はない。


 対戦相手はシェリーさんだ。はっきり言って怖い。


 彼女の強さは少しおかしい。兄の指導があったとはいえ、兄と出会う前とは別人だ。成長速度が桁違いなのだ。きっと才能がある人というのは、彼女と……そして兄のような人のことを言うのだろう。


 私はずっと取り残されている。あの日から、兄の立っている場所にたどり着きたいと思った。でも私よりも先にいるのはシェリーさんだ。


 私は……誰よりも努力してきたなんて言葉は言わない。他人の努力など知らないからだ。でも、自分の中では最大限に努力してきた。文字通り、全てを捧げた。


 月島有紗という人間を構成しているのは、兄とBDSだ。だから、私は……勝たないといけない……そうしなければ、兄をずっと一人にしてしまうし、私もずっと一人になってしまう。


「兄さん……」


 部屋に飾っている兄妹の写真を見る。それはずっと昔に撮った写真だ。家の玄関の前で、二人でにこやかに笑いながらピースをしている写真で、確かこれは……兄が世界大会を二連覇した時に撮ったものだ。


 懐かしい。でも私の時間はここから動いてはいない。


 ずっと時の牢獄に閉ざされている。


 進んでも、進んでも、進んでも、自分は後戻りしているのではないかという錯覚に陥る。


 でも、それでも、歩くことだけはやめなかった。そうしたら、ここにたどり着いていた。BDSアマチュアリーグの中でも最高峰のプラチナリーグ。私はきっとプロになるだろう。まだ確定ではないが、今回負けたとしてもプロにはなれるだろうけど……それ以上に私は負けたくなかった。


 兄の影をまとっている彼女にだけは負けたくなかった。その場所は私だけのものだから。


「よし……」


 そう言って、私はBDSの世界に潜って行く。


 さぁ、決戦の時だ。

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