第23話 驕り


「シェリー、とうとうここまで来たな。今日の試合と、次の試合に勝てばプロ確定だ」

「……そうね。やっとここまで来たのね」

「あぁ。自信持ってやってこい!」

「……任せて、今日も勝ってくるわッ!」


 シェリーの今期の試合も残すところ、あと二試合。ほぼプロ昇格圏内にいるが、あと二つ勝てばそれが確実になる。


 今日の試合は特に負けられない。でも……今回の相手は……。


「ニコラの対策はバッチリか?」

「……バッチリよ! と言いたいところだけど、氷のスフィアが来たらやばいかも……」

「……そこは天命に任せるしかないな」

「えぇ」


 ニコラ。それが今回の対戦相手だ。でもこのニコラというプレイヤーもこの場にいるだけあって、かなり強い。ライトタイプ、スキル型の女性プレイヤーで武器はレイピアを主に使う。


 レイピアは刺突に特化した片手剣で、斬るよりも突くことに特化している。片手で扱うので軽さが重視され、刃渡りは80センチから1メートル程度である。


 だが問題なのは、そのレイピアではない。


 彼女のスキル。特に氷系のスキルは全て解放しており、その中でも広域干渉スフィア系のスキルが厄介なのだ。これは剣技で言うところの秘剣と同じ扱いであり、スキルを10段階解放してその先に進むと広域干渉スフィア系のスキルが獲得できる。これは秘剣よりも所持者が少なく、プロでも持っているのは片手で収まる。だが、ニコラというプレイヤーは氷結世界グラツィーオスフィアという広域干渉スフィア系のスキルを持っている。これは生み出した氷、またはすでに存在している氷を意のままに操るというスキルだ。


 もちろん、燃費が悪いし、スフィアの相性にもよるがニコラが氷のスフィアで負けたことはない。


 だからこそ……俺とシェリーは願っていた。どうか、氷以外のスフィアが来るようにと。


 でもどうやら、神とやら俺たちに試練を与えたいらしい。


「今回のスフィアは、氷上に決定いたしました」


 無慈悲な宣告。でもすでにスフィアに立っているシェリーの顔は絶望には染まっていない。


 きっと勝てる。俺たちが重ねた努力ならば、きっと超えられる。


 俺はそう、願うしかなかった。



 ◇



「……ふふっ」

「どうしたの? 負けるのが確定したから笑うしかないの?」

「いえ。どうしてこうも、運がいいのかなぁと思って」

「運がいい?」

「えぇ。だってこれで負けたら、あなたのアイデンティティは崩壊する。それを思うと嬉しくて」

「……」


 つい挑発してしまうが、それは本心だった。私は実はこのプレイヤーとやるなら、氷のスフィアがいいと思っていた。なぜなら、この女の傲慢な態度が気にくわないからだ。スフィアが決定した瞬間に私を見下したような視線を向けて来るその態度が、本当に腹立たしいと思った。


 だからこいつには最大の屈辱を与えて殺す。


 秘剣や広域干渉スフィア系は派手で強い。でもBDSの本質はそこでない。避けて斬るというシンプルな動作を極めれば、勝てる。レイの教えを、今見せてやる。


 そして世界に証明するのだ。


 シェリー・エイミスはここにいるのだと。




「試合開始」



 その音声を知覚した瞬間、私は一気に距離を詰める。先手必勝。私はフランベルジュに炎を纏わせて、ニコラの胸元へと飛び込んだ。


「……くッ!!!」


 ほら。詰めが甘い。だからいきなりHPを20も削られるのだ。そして私は怒涛の連続攻撃を繰り出す。上下左右、全ての方向から剣戟を繰り出す。


「調子に乗るんじゃないッ!!」


 ヒステリックにそういうと、ニコラは解放した。


 どこまでも凍てつく、氷の世界を。


「……氷結世界グラツィーオスフィア


 そう呟くと同時に、ニコラを囲むようにして氷が生成される。さらに周囲の氷はその形を変形させ、全てが剣の形状に変化していく。


 知っているわ。この氷の世界では全てが意のままに操れる。


 無限の氷の剣を生成して、その圧倒的な火力で相手を殺すことから氷の魔女の異名を持っている。氷のスフィアだけに限定すれば、その実力はプロリーグでも最高峰だとも言われている。でも……この女は分かっていない。持つべきものだからこそ、驕っている。レイとは違う。レイは秘剣を剣技の一つとして試合の中に組み込んでいた。普通の剣技も、秘剣も同じように使っていた。適材適所というやつだ。でもこの女は違う。VRの世界でも感じ取れる。


 私の世界で勝てると思うなよ?


 そう奢っている姿が見える。ニヤリと微笑むあいつは、きっと勝利を確信しているのだろう。でも……私には切り札がある。レイとの特訓で身につけた、最高のスキルがある。


「さぁ、私の世界で踊りなさいッ!!」


 ニコラがレイピアを指揮棒のように振るうと、数十本の氷の剣が宙に舞い……そのまま私を襲って来る。私めがけて宙を舞う剣をじっと見つめると、迎撃体制に入る。



「……」


 迎撃。ただ淡々と撃ち落とす。これぐらいならば、スキルを使う必要もない。きっと私を舐めて本気を出していないのだろう。それがさらに私の怒りを加速させるが、今は感情に身を任せている場合ではない。


「これはどうかしらねッ!!」


 さらに数が増える。ざっと見て、50程度だろうか。でも私は冷静に対処する。炎を纏わせたフランベルジュを振るい、その炎で氷の剣を打ち消す。でも、さすがに量が多くて全てを消すことはできない。


「ぐうううううッ!!!!」


 ダメージが徐々に入ってしまう。でも……それでも私は冷静だった。



「アハハハハハハ!!! 威勢がいいのは初めだけだったようねッ!!」



 驕っている。自分の力に酔っている。そんな姿を見て、私は舌なめずりをして微笑む。


「……なに? その余裕は? もういいわ……死になさい」


 弧を描くようにして、空から大量の氷の剣が降り注ぐ。私は全力で氷のスフィアを駆けているが、徐々に追いつかれ始める。後方に次々と氷の剣が地面に突き刺さっていく。


 もう少しで捕まる……あと少しであの凶刃は私の体を貫通する。


 でもそれは……誘っているだけだ。


 瞬間、私はスキルを発動する。


「……未来予測プレディクション


 私は未来を視た。これはレイとの特訓を経て身につけた五感拡張系のスキルだ。でも未来予測プレディクションは使い勝手が良くない。一度見た未来と現実のギャップを同時に認識する必要があるからだ。それも超高速の戦闘の中でそれを使えば、まとも機能させるのは難しい。でもレイはこの先のためにも絶対に必要なスキルだと言って、これを私に授けてくれた。苦しい訓練の末に身につけたスキル。それは数秒先の未来しか見えないが、それだけで十分だった。


 脳内に浮かぶイメージをしっかりと確認すると、ニコラはその場から動かない。それがしっかりと分かった。その情報があれば、十分すぎる。私は走っている角度を90度変更すると、加速のスキルを使用。たった一歩でその間合いを詰める。


「……なぁッ!?」


 ニコラも操作している氷の剣を私の方に向けているが……練度が甘い。急激な変化にはついていけないようで、それは的外れの方向へ飛んで行っている。そして、諦めたのかやっとレイピアを構え始めるが……もう遅い。


 フランベルジュを地面と平行に低く構えると、私は自分の加速を殺すことなく……一閃。


 ニコラの上半身と下半身がズズズっとずれて行くと、そのまま砕け散って消えていった。パラパラと氷上に舞うポリゴンの欠けら。その幻想的な光景はまるで、私の勝利を祝福しているようだった。

 


「勝者、シェリー」



 そして燃える盛る炎の剣を高らかに掲げると、観客たちが湧き上がる。


「ほんと、馬鹿ねあなた。驕りすぎよって……もう聞こえてないか」


 バカがまた一人負けた。私の踏み台になってくれた。これでまた、シェリーの名前はBDSの世界に刻まれるだろう。


 私は……絶対にたどり着いてみせる。あの頂点の世界に。

 

 それが例え、どんな苦しみを伴おうとも……成し遂げてみせる。



 ◇



「シェリー、完璧だったな」

「えぇ。造作もないわ」

「でも、試合前に相手を挑発するのはあまり関心しないな」

「あら? ダメだったかしら?」

「……正々堂々とまではいう気はないが、あまり褒めれたものじゃないだろう」

「そうね。今度から気をつけるわ」


 俺は遠目から見ていても、シェリーが度々相手を挑発しているのがよく分かった。俺も現役時代に同じようなことをされた記憶があるからだ。と言っても相手の挑発で負けるようなプレイヤーはそこまでだ。でも、挑発をするプレイヤーで超一流の人間はない。所詮、三流止まりだ。


 何が何でも勝ちたい。その気持ちは理解できるが、俺たちは剣戟の世界で生きているのだ。語るべきは己の剣のみ。言葉は不要だ。


 でも、最近のシェリーをみているとどこか危ういような……そんな印象を持った。


 こうしてシェリーは勝利した。残すのは、あと一試合だ。

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