Blade Dance Sphere-ようこそ、剣戟の世界へ-
御子柴奈々
第1話 抜け殻の天才
眼前に迫る剣を躱す。そして俺はその隙を見逃さずに一閃。相手の袈裟を裂くようにして、自身の持つ刀を振るった。
そして相手のHPがゼロになるのを確認したと同時に、大きな歓声に包まれるのを感じた。
「試合終了おおおおおッ!!! 勝者は、レイッ!! 前人未到の世界大会3連覇という偉業を成し遂げましたああああああああああああああああああああ!!」
俺は自分の右手をじっと見つめる。そこには震えながらもしっかりと刀を握っている右手があった。まだ実感がない。でも、俺はやったのだ。VReスポーツ界最高峰の大会であるWorld Blade Dance Sphere、通称W-BDSで3連覇という偉業を成し遂げのだ。そう、俺は天才だった。あの時が、あの日が来るまでは……俺は完全無欠の天才だったのだ……。
◇
ピピピピという音が室内に響く。
「ん……あぁ……朝か」
またあの日の夢を見た。だがあれはもう過去のことだ。俺は平凡に生きる。そう決めたんだ。未練なんか……ない。
「兄さん、起きてください」
「有紗か。いつの間に……」
「朝ごはん、できてますよ」
「わかった」
妹の有紗は淡々とそういうと、俺は手早く制服に着替えてそのまま下の階のリビングに向かった。
「では次のニュースです。今回もVReスポーツ特集です。現在最も人気のあるVReスポーツ、ブレイドダンス・スフィアですが……」
モニターに映し出されている映像を見て、俺は何も見ないふりをした。あの輝かしい世界で、あの剣戟の世界で、剣を振るっていた俺はもう……いないのだ。
「ごちそうさま」
「兄さん、一緒に行きませんか?」
「……いいよ」
そして俺と有紗は一緒に学校に向かうのだった。
2045年。シンギュラリティにより、世界は大きく変わった。と言っても生活様式などに大きな違いはない。大きく変わったのはこの世界が二つになったことだ。
現実世界と仮想世界。シンギュラリティ……つまりは人工知能が人間を超え、この世界に新たな世界を生み出した。それが仮想現実。Virtual Realityを略してVRと言い、現在ではVRは生活に欠かせないものになっている。
クオリアハッカーと呼ばれるデバイスを用いて、人間は新たな世界を手に入れたのだ。
そしてそのVR技術を応用して生まれたのが
そして
競技性の高いゲームは昔からeスポーツと呼ばれ、世界的に人気を誇っていた。FPSや格闘ゲームなどがそれに当たるが、VReスポーツでは全くの別ジャンルが人気になった。
それは2050年にリリースされた、『Blade Dance Sphere』というタイトルのゲーム。純粋な剣技と特殊なスキルによるゲームは一瞬で世界的人気に。そしてプロリーグ設立と共に、世界大会の開催。ブレイドダンス・スフィアは2056年現在も世界トップのVReスポーツとして君臨している。
そして俺もまた、あの剣戟の世界に魅了されたプレイヤーの一人だった。だがそれはもう……過去の話である。
「兄さん、大丈夫ですか?」
「有紗、別に俺は……」
「BDSの件、気にしているんでしょう?」
「……もう割り切ったよ。俺は平凡に生きる。高校を出て大学に行って、公務員にでもなるさ」
「兄さんがそう言うならいいですけど……」
有紗は俺に妹にしては出来過ぎな妹だ。容姿端麗、眉目秀麗。黒髪長髪で、鼻はスッと通っており何よりも目が綺麗だ。まつ毛が特に長くて本当に綺麗な目元をしている。
俺と同じ遺伝子を持っているのかと疑問に思うほどに綺麗で、そして何より優秀だ。学業は抜群で校内模試だけでなく全国模試の上位常連。一方の俺は学業も何もかも普通。ただの平凡な人間だ。下手に背伸びをせず、欲張りもせず、普通に暮らしていければいいと思っている。それこそが俺に残された全てなのだから。
そして妹と別れた俺は教室に向かう。
「おはよ、
「誰目線だよ……、
「それよりも今朝の特集見たか?」
「いや……」
「お前は本当に興味ないよな、BDSにさ」
「VRはイマイチ感覚がな……」
席に着くと同時に、前の席にいる
涼介とは高校一年の頃から同じクラスで、二年の今でも同じだ。高校二年の五月になって席替えがあり、俺と涼介は一番後ろの窓側の席で前後になった。それを機にさらによく話すようになったが、こいつはVReスポーツフリークと自称しており、特にBDSが大好きなやつだ。出会った頃からずっと、その熱意を語られたりしたからよくわかっている。
「それにしても、レイはどこに行ったんだか……また復活しねぇかな〜」
「消えた人間は戻ってこないだろ」
「そう言うもんか? ふら〜っと帰ってきそうな感じはするけどな〜。今朝の特集もレイの世界大会三連覇だったし……早く帰ってきてほしいぜ。ほら、これ見ろよ」
涼介はそう言って俺にモニターを見せてくる。現在はScreen Less Displayという端末が主流で、現代人はほぼ全員が有しているデバイスだ。俺は涼介の見せてきたモニターをチラッと見る。そしてそこには、ブレイドダンス・スフィアで三連覇を果たした『レイ』というプレイヤーの特集が映し出されていた。
「プロリーグ設立と同時に、プラチナリーグ入りして世界ランク一位に君臨。そして化け物揃いの世界大会で三連覇!! 三連覇だぞ!? BDSはかなり競技性の高いVReスポーツだってのに、三連覇もするなんて……やっぱりレイは天才。俺はまた見たいよ、本当にさ!」
知っているとも。
プレイヤー名【レイ】。別名【疾風迅雷の剣客】。
プロリーグ設立とほぼ同時に、最高峰のプラチナリーグまで一気に駆け上がる。さらにそこで全戦全勝を重ねて世界ランク一位を獲得。世界ランク一位はレイがいなくなるまで、ずっと彼がその座に君臨。公式戦での成績は勝率9割を優に超える。
さらにはトーナメント制の世界大会で三連覇。圧倒的な超高速の剣技を得意とすることから、【疾風迅雷の剣客】の異名を有してBDSの世界で絶対的な覇者になった。
そう、誰よりも俺は知っている。レイのことなら俺は誰よりも……何よりも……知っているのだ。
「ま、また出てきたら俺も見てみるさ」
「そうしろ!
生で見る? きっとその時はもう……永遠にないだろうな。
そして朝のホームルームが始まる前に、転校生の紹介があった。この5月に転校とはまた珍しいものだ。
「はじめまして、シェリー・エイミスと言います」
金髪碧眼の少女。しかしその金髪はどちらかといえば、白金に近い。肩にかかる程度の髪はまるで絹のようだった。また容姿も真っ白な肌に澄んでいる目を見れば、よく優れているのがよくわかる。だがこの学校に外国の人が来るのは珍しくない。過去の移民問題で日本はヨーロッパの移民を受け入れることに決定。そしてこの街は移民の受け入れ先の一つで、日本で生まれ育った人やこちらに仕事できている人も数多くいる。うちのクラスには初めての外国出身の人だが、別に珍しくもないし普通のことだ。俺はどうせ関わることもないしな。
そしてシェリー・エイミスとやらは挨拶をしてそのままクラスの人気者になった。休み時間のたびに周りには人だかり。母親が日本人らしく、日本語には不自由してないとのことだ。みんなとも普通に話せている。
俺とは席も離れているのでいいことだが、妙に俺をチラチラ見ていたのは気のせいだと思いたい。いや、気のせいだろう。だって俺には……何もないのだから、見る必要もないだろう。ただの平凡な高校生だ。
そして放課後。家に帰ってすることもないので、教室に残って宿題をやっていた。この学校は放課後の数時間なら教室に残ってもいい。家ではくつろぎたいしな。それに勉強をしていれば、考えたくないことを考えなくて済む。
「はぁ……」
疲れた。じっとモニターを見つめての勉強も疲れてきたところだし、キリがいい。帰ろうか、そう思って荷物をまとめてもう誰もいない教室を出て行く。
窓越しに外を見ると、野球部、サッカー部、テニス部などの人間が沈みかかっている夕日に包まれながら一生懸命にそのスポーツに取り組んでいる。
俺はじっとその姿を見つめながらも、そのまま去ろうとすると……目の前にあの転校生が現れた。
こんな時間に残っている人間はほとんどいない。だというのに、なぜか彼女はいた。さらに俺を見定めるようにして挑発的に見てくる。あの教室では見なかった顔だ。いったい何の用だ……?
「ねぇ……あなたの名前は?」
「
「シェリーでいいわ、朱音」
「で、シェリーさんは俺に何か用事が? ないなら通してくれ」
「シェリーと呼び捨てにして。で、こんな学校で何を燻っているの……レイ」
俺はうつむいて顔をバッとあげた。
こいつは今なんて言ったんだ?
「……何を知っているんだ?」
「何を知っているですって? 私はなんでも知っているわ。貴方の事ならなんでもね。BDSリリース開始と同時に公式戦で連戦連勝。その成績からプロリーグに入り、ブロンズ、シルバー、ゴールドに続いてプラチナリーグへと一気に駆け上った……そして9割以上の戦績を維持し続けた。さらには世界ランク一位も引退するまで保っていたわね。でも特筆すべきなのは、世界大会三連覇。世界大会はプロリーグと違ってトーナメント制だから、ジャイアントキリングも容易に起こり得る。それが楽しみな観客もいるしね。でも、レイはそんな中でも揺るがなかった。前人未到の世界大会三連覇を成し遂げた。特に三連覇目の決勝は異次元だったわ。あれは完全に人間の域を超えていたわね。でも、それを最期にレイは引退。忽然と姿を消した……けど、あのレイがこの島国の少年だったなんて驚いたわ。どう? 月島朱音くん。BDSではプレイヤー名……レイ、だったわよね?」
「……」
黙って話を聞いていると、シェリーは本当に俺について知っているようだった。
「ねぇ、ちょっとお茶でもしない?」
俺は黙って頷いて、彼女の後について行くのだった。
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