紙とペンと終わる世界

一繋

紙とペンと終わる世界

 砂埃が舞う中を横滑りするように移動していく姿……自転車だろう。


 スコープを覗くとターゲットはガタガタと揺れていて、照準が合わせにくい。こんなことも想定して周辺の瓦礫はできるだけどけておいたから、大きくブレることはないと思うけれど。


 風が凪いだ。


 呼吸を最小限に。


 ターゲットの速度はほぼ一定。


 引き金に指をかける。


「当たったよ!」


 双眼鏡から目を離したイオウが叫んだ。


 強張った体を伸ばし、銃撃の反動を残す手を振った。


 今どき乗り物を使ってるやつは珍しい。大事なものを運んでいる可能性は高い。


「フミト、さすがだね!」


「あまり騒ぐな。ターゲットがまだ生きてたら、撃ち返されるかもしれない」


 いまオレたちがいる丘以外、周辺に高台も遮蔽物はない。見渡す限り砂利だけの殺風景。他のグループから狙撃されることはなさそうだが、ターゲットが生きていた場合は危険だ。


「ターゲットが死んでるか……本当はもう少し様子を見たいところだけれど。銃声を聞きつけてくるやつもいるかもしれない」


「オレ見たんだ! フミトの弾はあいつの頭に当たってたぜ!」


「そう信じるよ」


 弾がせっかくの荷物を傷つけてしまっては元も子もないし、一度で殺すにはやはり頭に当てるのがいい。


 できるだけ身を屈めつつ、ターゲットに近づいた。


 倒れていたのは、同い年くらいの男だった。耳の真横に赤黒く濡れたできたての穴が空いている。


「持ってるといいな!」


 イオウはためらいもなく死体からリュックを剥ぎ取り、中身を漁り始めた。


 缶詰、ナイフ、汚い布切れ、空の水筒。そして、望み通りのものが出てきた。


「大当たりだな!」


 紙とペン……しかもこれはメモ帳という紙が束になってるやつだ。今日はとことんツイている。


「へへっ缶詰は食っちまおう!」


「『北』で拾ったものじゃないといいけどな」


 「北」のものは汚染がとくに酷い。食い物だけじゃなく、「北」で拾ったものを持ち歩いていると死ぬなんて噂もある。


「オレだってそれくらい知ってるんだから、『北』で物を拾うやつなんていないだろ!」


「それもそうか」


 こんなときだけ手先が器用になるイオウは、さっさとナイフで缶詰を開けた。乾パンだった。


「あーこれはハズレだったな! でも腹が膨れるからオレは好きだ!」


「そうだな。腐ってることもないし」


 略奪を終えて、二人で乾パンを噛み締めながらボスのいる住処へ戻る。


「どうしてボスは、食えない紙とペンなんかが欲しいのかな」


「さあな。『東』の連中も欲しがってるってことは、頭のいいやつにとっては大事なものなんだろうよ」


 もうこの世界には、何かを作り出す力はない。前時代の残っているものを使い切るだけ。


 だから、食えるものと飲める水を独占しているやつが一番偉い。


 そしてその偉い連中は、紙とペンを欲しがって奪い合っている。オレたちみたいな「持っていない者」を使って。


「なんかさ、『残したい』って聞いたことがあるぜ!」


「残したい?」


 初めて考える言葉だった。


 残すなんて、生きるために不必要だ。食べ物を残したい……ありえない。銃弾、服、自転車……どれも使うことで意味があるものだ。


 武器にも食べ物にもならないもの。けれど、残すことができるもの?


 歩みを止めて、先ほど奪った紙とペンを取り出した。


「フミト、どうしたんだ!」


「少し待っててくれ」


 まだ小さかったころ……集落があったころ。


 ガキどもに読み書きを教える、変なジジイがいた。オレもそのガキのうちの一人で、意味もわからずにジジイのところへ通わされていた。


 ペンを握り紙を前にすると、ジジイがよく話していた意味のわからないことを思い出した。


「思いが走り出すのが紙とペン。湧き出るものを冷ますんじゃないぞ」


 引き金ならうまく引けるのに、線を引くのに妙な力が入ってしまう。


 どれくらいぶりだろうか。字はこれであっていただろうか。


 たった4文字を書くのに、少し時間がかかってしまった。




 ボスに戦利品を渡し、報酬の水と食料を受け取る。メモ帳はやはり貴重品らしく、ボスは上機嫌だった。何日かは食うものにも困らなそうだ。


 けれど、オレたちはまた略奪の旅に出る。それが「持っていない者」の生き方だから。


「フミト、今度はどこに行くんだ!」


 もう住処の周りで見つかるものは取り尽くしてしまっている。


 そろそろ「東」の連中が支配する場所か、地面が爆発する「西」に行かないといけないだろう。


「そういえば、どうしてボスにペンを渡さなかったんだ! オレは飯が食えるからいいけどさ!」


 イオウがヘラヘラと笑いながら問いかけてきた。


 正確には、ボスに渡したのは紙の半分だけ。ペンと残りの紙は手元にある。


「興味が湧いたんだ」


 紙とペンがあれば、自分でもよくわからないまま書いた言葉の意味がわかるかもしれない。


「それで飯が食えるなら、オレにも教えてくれな!」


「わかった。でも、期待しないでくれ」


 追いかけたところで、見つかるものでもないのかもしれない。


『いきたい』


 世界が終わる前に。


 この命が尽きる前に。


 この言葉を書いた意味は、わかるのだろうか。

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