神と、ペンと、傲慢な神

洗井落雲

1.

 容易く人の人生を破壊する方法とは何だろうか? 簡単なことは、紙とペンを用意することである。

 別に、実在する人物の人生、それを破壊するわけではない。これを用意して描くのは、架空の人物の物語だ。描くのでも、よい。書くのでも、よい。いずれにしても、頭の中に浮かんだ物語、それを描けば、よい。その果てに、生み出された人物の人生は、破壊される。

 別に、サディスティックな好奇心を満たすための行為ではない。まぁ、そういう人もいるにはいるし、そう言った人たちの嗜好をことさらに否定するつもりはないが、私は、違う。重要なのは、ドラスティックな物語、それを作り上げるためには、悲惨さが絶対的に必要である、という事なのだ。

 例えば、家族を殺された若者が居たとしよう。それだけで、この若者の人生を描く物語にぐっと奥行きが生まれる。この若者は、独り、世界に放り出されたときに、どのように感じ、はてどのようにこれから歩みだすのだろうか。底に落とされた物の行く末、それに並々ならぬ興味が注がれる。

 その末路が悲劇的になろうが喜劇的になろうが、若者の一挙手一投足に、多くのものが一喜一憂するだろう。それが物語るという事である。

 あるいは――充分に読者に印象付けた人物を、殺したとしよう。読者は多大な喪失感を覚えるだろう。その喪失感はさらなる執着となって、物語に読者をのめり込ませるはずだ。また、作品内登場人物にとって、その、殺した人物が重要であればあるほど、またさらなる心の変化を描く余地が生まれ、さらなる物語の展開へと発展する。

 登場人物の喪失によって生まれる寂寥感、そう言ったものを、読者は好む。実際に身内が死ねば、それを楽しむ余裕などないだろうが、架空の人物であれば、その悲劇を楽しむことができる、という事だ。

 また、底から這いあがるカタルシスも、読者の好むものだ。登場人物が悲惨であれば悲惨であるほど、そこから何かを勝ち得る瞬間に、読者は熱狂する。

 究極、登場人物とは、死ぬべきであり、その経歴は、悲惨であるべきなのだ。

 だから私は、そのように物語を描き、書き続けた。幾人もの悲惨な人生を描き、幾人もの幸せな人を殺した。

 様々な国家の存亡を描き、様々な世界の破滅を描いた。

「楽しんで?」

 と、目の前の少女が言った。

「結局あなたは――楽しんで、そうしたのでしょう?」

 と、少女が言った。私はその少女に、見覚えがある。

 最初に書いた物語の、主人公の少女だった。

 最愛の姉を悪漢に殺され、その復讐を誓った――そんな設定だった気がする。

畢竟つまるところ――一番楽しんでいたのは、あなただろう、という事よ。読者がどうのこうのと逃げないで。だってあなたは、あなたが面白いと思う話を書いていたのでしょう? だったら、あなたが真っ先に、私達の人生を楽しんでいないと、筋が通らないわ」

 ――まぁ、どうでもいいんだけれど。

 少女はつまらなさそうにそう言うと、手にした金づちを放り投げた。堅い音がして、私の部屋の床に落下する。金づちにこびりついた血は、私の頭部から流れ落ちたものである。

「物語……と、あなたは言ったわよね。カミサマ。あなた達は、フィクションの物語を、好き放題に書いて、読んで、ああ面白かった、ですむかもしれないけれど、あなた達が腹を空かすたびに生み出されて、ろくでもない人生と現実を突きつけられる私達は、たまったものじゃないわ」

 少女は心底からの軽蔑を称えた瞳で、私を見るのだ。

「正直うんざり――というわけで、私達は復讐に来たわけなの。まぁ、良いわよね。悲惨な人生は物語のスパイスだし、作者カミサマであるあなたも、ちょっとはつらくなってもらわないと、割に合わないわ。それに、神殺し、って書くと、すごく、物語的じゃない?」

 少女はにっこりと笑って、私の腹を思い切り蹴りつけた。鋭い痛みが最初に走って、それから鈍い痛みが断続的に続く。

「本当はもうちょっと痛めつけてやりたいし、できればずぅっと、こうしていたい所なんだけれど、あなたって働き者だから、あとが使えてるの。あと、586の世界が順番待ち。凄いわね。大人気よ、あなた」

 少女は、手にした麻縄で私の首をくくり付けると、ぐ、と力を込めた。すぐに私の喉笛が潰されて、左右の頸動脈と、気道が、ふさがれる。

 酸素を求めて、心臓が跳ねあがった。苦痛に耐えきれず、縛り付けられた手足が無様に、無意識に、暴れまわる。

「はい、一回目ね」

 一瞬だったのか、永遠だったのか分からぬ、死に落ちるまでの時間。それが終わる時に、少女がそう呟いた。


「おはようございます」

 次に目を覚ました時、目の前にいたのは、一人の少年だった。

 二作目の、主人公だった。

「では、二回目です」

 少年はそう言って、私にナイフを突きつけた。

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