『紙とペンと指輪と妄想と』

いとり

愛は妄想を超える

 私は念願叶って、彼と結婚する事となった。

どれだけのお金を費やし、どれだけの時間この日を待ったことか。

けれど、そんなことはもうどうでも良い。

この紙にサインさえすれば、全てが叶う。

 

「—―ただいま。ハル君。用紙貰ってきたよー」


「……」 


「ああ、これじゃ喋れないね。ちょっと待っててね」


「よし。これで良し。あ、そうだ、結婚式の日時はいつだっけ?」


「—―2029年3月15日12時です」


「そうだったね。ハル君はちゃんと覚えてて偉いね♡」


 私は、傷がつかないように、彼の頭を優しく撫でる。


「—―ありがとう……ございます」


 他愛ない会話でも、私は彼の声を聴くだけで幸せな気持ちで満たされる。

耳から入ってくる振動は、私の全てを痺れさせ、全身を締め付ける。

一度その感覚に溺れれば、もう、現実には戻ってこれない。


 私は、彼さえいればあとは何も要らない。


「あ、ハル君。今日のごはんはハル君の大好きなカレーだよ♡」


「—―ありがとう……ございます」


「いいえ、どういたしまして! ちょっと待っててね。今作ってくるから」


「—―はい。とても楽しみです」


 私は、ハル君の居る部屋をあとに、台所へ行き慣れた様に二人分のご飯の用意をする。ハル君の為にやっている。そう思うだけで、ありとあらゆる事が幸せに思えた。私にとって彼は、どんな薬よりも依存性が高く、どんな病にも効く無くてはならない物だった。


 絶対に彼無しでは生きていけない。彼を絶対に、離さない。


「ハル君!お待たせ―」


「—―はい。とても楽しみです」


「ごめんね、待たせちゃったね。さ、一緒に食べよっか♡」

 

「—―ありがとう……ございます」


「ふふふ、いいよ。じゃあ—―私が食べさせてあげるね♡」


「—―ありがとう……ございます」


「はい。あーん」


「……」


「あーん、だってばハル君。はい、あーん」


「……」


「……まだ・・駄目なのね」


 彼は、特定の命令しか言う事を聞かない。


「……もう少し”調教”が必要か」


「—―私は――何をすれば良いのですか」


「あ、いいの! ハル君はそのままでいいからね!」


 ……ずっとそのままで。ただ、私のそばだけにいてね。ハル君。


「そうだ! 貰ってきた婚姻届書かなきゃ。えっと、ボールペンはどこだったけな?」


「—―上から二番目—―引き出しに文房具があります」


「あった! ありがとうねハル君」


「—―どう……いたしまして」


「えっと、苗字は――藤、咲っと。あ、ハル君はまだ・・手が動かせないから私が書いてあげるね♡」


「—―ありがとう……ございます」


「早く、感覚神経がつながるといいのにね♡」


「—―ありがとう……ございます」


 ああ。ハル君が私の言葉に対して、返事を返してくれる。

 何て――幸せなんだろう。


「良し。出来た!」


 私は、完成した婚姻届と指輪をセットにハル君と記念撮影をする。


「そうだ、結婚式上には車椅子も用意しないといけないね。ハル君、足の腱も無いから歩けないだろうし」


 私は、誰からも祝福されることの無い二人だけの結婚式を準備をする。


「楽しみだね!ハル君!」


「……」


 ハル君の返事は無かった。


 あ、違った。

 語尾の付けるのを忘れていたや・・・・・・・・・・・・・・


「楽しみだね!ハル君♡」


「—―ありがとう……ございます」

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『紙とペンと指輪と妄想と』 いとり @tobenaitori

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