あっち向いて……

八谷彌月

ほい

「あっち向いてホイって遊びあるじゃん」

「無いわ」


 私はそう答えて本を読み続ける。

 面倒くさいやつに絡まれてしまった。

 席替えで隣同士になったくらいで話しかけないでほしいし、たいした用事でもないのに人が本読んでるところを邪魔ないでほしい。


「いや、あるじゃん。もしかして知らないの? 緋乃ひのって友達いなさそうだもんな」


 おまえに遊ぶ相手なんかいないだろということだろうか。

 馴れ馴れしく下の名前で呼んでくる上に、心を抉るようなことまで言ってくる。

 否、抉られてない。うん。私の心は傷ついてないわ。だって私の心はダイヤモンドだもの。

 クレイジーな彼女がどんなことを言ってもダイヤモンドは割れないわ。


「いいか、あっち向いてホイってのはなあ――」


 説明されなくともどういう遊びかくらい知っている。


「二人でじゃんけんして勝った方が指を、負けた方が顔を、上下左右のどれかの方に向ける。その方向が一致すれば指を動かした人の勝ちだし、しなければやり直し」

「なんだ知ってんじゃん」

「ねえ登代沱とよださん。あっち向いてホイより今は何の時間か知ってる?」

「知ってるぞ。国語の授業だろ」

「だったら誰も授業聞いてくれなて、怒って職員室に行っちゃった先生を呼び戻しに行くくらいした方がいいわよ」

「緋乃だって我関せずってかんじでずっと漫画読んでるじゃん」

「実際、先生が教室出ていくまで真面目に授業受けてたし、私が原因じゃあないわ」

「そういう態度が友達のいない原因ではありそうだけどな」

「あ? 喧嘩売ってるの?」


 私はついに本を閉じて登代沱さんの方へ向く。

 こいつはいちいち人を挑発しないと生きていけない人種なのかしら。


「そうじゃなくてさ。クラスメイトである以上、緋乃にも先生をお迎えしに行く資格はあるんじゃないのってこと」

「まあそれは……少しくらいはあるかもしれないわ。でも登代沱さんだってそれは同じでしょ」

「そうだな。だからこの話はおしまいにしよう」

「あらそう。じゃあもう二度と私に話かけないで」


 私は閉じていた漫画を再び開く。しかし閉じる時に栞を挟んでいなかったため、どこまで読んだか忘れてしまった。

 ぱらぱら捲っていると、また左隣から声がかかる。


「ほら、そこの作家と少年がじゃんけんするシーンまでは読んでたよ」


 うるさいなあ。


「あなたの左隣にも人はいるでしょ。そちらとお喋りして」

「いやあだって、太刀河たちかわは寝てるし」


 私だって本を読んでるわ。

 なんなら前後にも斜めにだって人はいる。そいつらだって先生を呼び戻す気はないのかスマホを弄ったりしているが。


「んで、じゃんけんで思い出したけど、あっち向いてホイって遊び。あれ、変だと思わない?」


 私は無視し続ける。


「なんであれ、攻める側か守る側かをその都度じゃんけんで決めてるのかな。不公平じゃない? そのまま名前にもなっている通りってするのがメインの遊びなのに、これだとじゃんけんがメインでがオマケみたいになってるし」


 うるとらはいぱーどうでもいい。

 というかこいつの言う通り、じゃんけんの延長線上であっち向いてホイが出来たのだった気がするけど。

 野球拳とかと同じ部類だろう。


「だからよ、カードゲームみたいにじゃんけんで先攻後攻決めて、指と顔を交代で動かすっていうルールに変えた方がいいと思うんだけど」

「勝手にどうぞ」

「やっぱ緋乃もそう思うよな。ためしにこのルールでやってみようよ」


 なんか都合のいいように解釈された。

 これつきあってあげないと一生話しかけられるのかな。さっきから漫画の内容が全然頭に入ってこない。


「わかったわ。一回だけ遊んであげましょう。あなたがいかに愚かな過ちをしたのか思い知らせてあげるわ」


 今度は忘れずに栞を挟んでから漫画を閉じる。


「ノリノリだねえ。ルールはさっき言った通り。先攻の人が先に指を動かす。一致してもしなくても次は後攻の人が指を動かす側になる。これを1セットとする。10セットの間に一致させた数の多い方のプレイヤーが勝利で」

「おーけー、理解したわ。でもただ遊ぶだけってことはないわよね。やるからには何かを賭けないと」

「うーん、いいけどさ。でも賭けるって言ったって何がいいか思いつかないな」

「こんなのはのどう? 国語の先生を迎えに行く。そして教室に戻ったら皆の前で先生に向かって土下座するの」


 そう。醜態を晒すことでお前も友達を失うがいいわ。


「いいぜ」


 えっ、いいの。軽い冗談で言ったつもりだったのに。


「よし、じゃあまずはじゃんけんだな」

「う……うん」


 もし、私が負けたら……。いや、友達なんてもともといないんだ。失うものは何もないわ。

 勝負は勝つことだけを考えるもの。とにかく流れをつくるのが大事。

 それには最初のじゃんけんに勝たなければ。


「「じゃーんけーんぽんっ」」


 私はパーで、登代沱さんはグー。


「よし、勝ったッ。私からね」


 いいわ。流れがきてるわ。


「あっち向いて……ホイッ」


 私の指は下。登代沱さんの顔も下へ向いている。

 まずは私の勝ち。このまま私がリードさせてもらうわ。


「次はわたしの番。いくよ。あっち向いて……ホイ!」


 私は上。登代沱さんは右。

 いい。非常に非常にいいわ!

 あと9セット。この流れが続けば私は勝てる!

 周りの皆がしらけた目で見てくるのをひしひしと感じながら、登代沱さんとあっち向いてホイをしあう。


 10セット目。私は負けそうになっていた。

 私は最初の1回だけ、それに対して彼女は2回勝っていた。

 私が勝つことはもう無いが、せめてここでポイントを取って引き分けに持ち込まないと、土下座させられる。

 登代沱さんはもう負けはないとわかってかドヤ顔だ。

 いやだっ。こいつに負けるなんて、それだけは避けたいわ。

 こうなったら奥の手を使うしかないわね。


「10セット目先攻やるわよ」

「うん」

「あっち向いて……あっ、先生が戻ってきたわ……ホイッ」


 私の指と登代沱さんの顔が同じ方を向く。

 っしゃあ。ひっかかったわ。


「おいっ、ずるいぞ。のーかんだ。のーかん」

「いやだわ。不注意なあなたが悪いんですもの」


 よしよし。これであとは登代沱さんが外せば私は負けることはない。これにも秘策があるわ。


「ぬう、まあでも次にわたしが勝てば緋乃は土下座だからな。いくぞ。

 あっち向いて……ホイ!」


 登代沱さんは左を差す。そして私は右上を向く。


「だぁーかぁーらぁー、ズルするの止めろ!」

「あら、始める前に上下左右のみとは言ってないわ。私たちの地域では、斜め方向を差すのもいいのよ」

「そんなの初めて聞いたぞ」

「あのね、全ての事象にはルールがあるの。でもそれをお互いに既知のものだと思い込み、全体での確認を怠る。そうやって、それぞれの主観ルールが擦れあって争いが起きるんだと私は思うわ」

「よくわかんないけど、わたしが今猛烈に緋乃を殴りたいっていうのはわかる」

「だからお互いにルールを事前確認することは大切だわ。どこかにグーがパーに勝てる世界があるかもしれないんだもの」

「わかった。わかった。引き分けでいいよ」


 あぶなかった。これで土下座しなくて済むわ。


「それにしてもつまらなかったわね」

「緋乃がズルしたからな。まあ、それを抜きにしても確かに一般的なルールと比べて何か物足りないような気がする。……やっぱり、じゃんけんは必要なのかな」

「そうね。あっち向いてホイで勝つには、まずじゃんけんで勝たないといけないっていう不公平感はあるかもしれない。でも逆にいえば、じゃんけんで負けてもで負けなければまだチャンスはあるってことだわ。そういう緊張感も含めてあっち向いてホイはあっち向いてホイたり得るのじゃあないかしらん」

「うーん、言ってることは理解できなくもなくもないな。だったらそのじゃんけんに代わるルールを考えればいいのか」

「無理してルールを変えなくても」


 というかいい加減誰かが先生を呼びに行かないと。きっと先生も誰かが迎えに来てくれると信じているから職員室に行ってしまったんだし。


「ん、思いついた。だったらあっち向いてホイを3回連続で当てないといけないっていうのはどうだろうか」

「3回連続って」


 難易度高そう。


「先生だって教室へ招待しないといけないし。次こそ決着つけようよ」

「いいわ。土下座しなきゃいけないってのも忘れないでね」


 こいつの土下座姿を見られるチャンスが再来したわ。なんとしてでも勝たなければ。


「次はわたしが先攻とるよ。一回でも外したら攻守交代」

「ふん。そうやって、いつまで余裕な態度をしていられるのか見物だわ」

「余裕な態度とってるつもりは無いけどな。じゃあいくよ。あっち向いて……ホイ!」


 私の顔は右。登代沱さんの指も右


「……もう一回わたしの番な。いくよ。あっち向いて……ホイ!」


 私は上。登代沱さんも上。


「「…………」」

「緋乃よっっっわ」


 落ち着け。二の倍数を数えて落ち着くんだ。にーしーろーやーとー……。うん。まだ次があるわ。次、当たらなければいいんだもの。秘策も奇策も無いけれど、きっと勝てる。


「三回目いくよ。あっち向いて……あっ先生だ」

「ふんっ。そんな私が既に使った手段には引っかからないわよ」

「いや、冗談じゃなくてホントに……」

「小細工を弄してないでルールは守りなさい。ルールは破るためにあるとか言ってるやつは若気の至りだわ」

「おう、そうか。じゃあルールだけじゃなく授業態度もちゃんと守ってもらわないとな」


 背中の方から声が掛かる。

 振り替えると国語の先生がいた。


「ふぇっ、せ……先生。おはやいお戻りで……」

「太刀河が迎えに来てくれたんだ」


 太刀河の席には誰もおらず、本人は教室の扉の近くに立っていた。

 どうして、さっきまで寝ていたはずなのに。


「君たちがあんなに大声で騒いでいたら、そりゃあ起きるよ。授業が進まなくて補習授業ってなったら嫌だから呼びに言っただけ」


 ひどく正論だ。何も言い返せないわ。

 私と登代沱さんは二人揃って、先生の方を向いて土下座するのだった。


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